55 歌

 そう、彼等は何も失っていない、のだ。

 全て、取り戻せる、のだ。

 失った仲間も、費やす時間も、帰るべき家も。

 確かに今は無理かもしれない、しかし未来は。最初は逃げるだけだったオークをこんなに簡単に倒せるようになったのだ、そのさらに先はどうなる?

「黙れぇ!」

 その一瞬の思考がしかし隙となった。アークロードの渾身の一撃で、白夜の剣は大きく上に跳ねる。

「希望などあるものかっ!」

 大きく態勢を崩す彼に、アークロードの大剣が再び天を向いた。

 ……いけない。

 白夜は焦った。あの大剣の一撃を受けたら今度こそ終わりである。

「死ね!」

 刹那、アークロードの首が横にぐいっと捻られ、反射的に剣が宙で止まる。

「究極魔法! らららあっち向いてホイっ!」

 小西の会心の魔法に助けられた白夜のブロードソードは、アークロードの大剣を弾き飛ばした。

「勝負ありだ」  

 切っ先を首に向けられたアークロードの顔は歪み肩が震えている。こんな下らない敗北はさぞかし悔しいのだろう。

「……お前達の望みなど適う者か! 俺と同じく絶望して立ち止まるだけだ」

 彼は白夜の目を睨みながらそう吐き捨てる。

「何言ってんだ! あんたは諦めただけじゃん! 折れただけじゃん!」

 それを聞いて激しく反応したのは小西歌だ。

「らららも落ちこぼれで何も出来なくて……前の世界で騙されて酷く傷ついたよ。でも負けなかった! あんたみたいに折れなかった。考えたら出来たんだよ? あんただってみんなと帰ることが。あのちびっ子賢者に助けと貰うとかしたら」

 アークロードが瞳に動揺を宿す。

「出来た? いや……しかし俺は……」

「これ、あんたの仲間のだよね?」

 らららはいつか拾ったラミネート加工されたカード。にゃめんにゃよのカードを出す。

「……それは……おり、えの、織恵の持ってい、た……」

「らららにはむしろ判らないよっ。なんであんた諦め切れたのさ?」

「俺は……諦めた? みんなの命を諦めたのか?」


 ……いつ諦めたのだ? いつみんなを見捨てたのだ?

 皆部白矢は自問し、あの時を思い出していた。  

 グランドジャイアントをかわし、皆の元へ。オーガーに襲われている幼馴染みでクラスのアイドル細木織恵(ほそき おりえ)の傍らに。

 だが間に合わなかった。

 オーガーの鉄塊のようなメイスが彼女の後頭部を潰し、仲間達は全て倒れた。

 ガルベシアは恐るべき場所だった。

 GAME IS OVER。

 ただその文字だけが頭に浮かぶ。

「ダメだったか。今度も」

 現れる赤いエルフ。つい先刻まで白矢達三年四組を『選ばれし者』と呼び恭しく仕えてきたエレクトラだ。

 だが彼女の美貌は、もう白矢に興味を失っているように、凍りついたかのように無表情だった。

「この世界でそれなりに経験を積ませるとしても、もっと才能のある者ではないと……否、ここまでたどり着いたのはこいつらが最初、それなり進歩はしている。後は運の要素か」

 あまりにも冷酷な分析。白矢はようやく自分達が騙されてきたと悟った。

 だが……彼は戦えなかった。

 一人では戦えなかった。

 だから剣を捨てて惨めにエレクトラに縋った。彼女の軽侮の瞳に何も思わなかった。

 駒として皆部白矢の誕生だ。 

 アークロード……何故なら、彼もまた聖騎士だから。ただし従うのは悪夢の神の聖騎士。

 悪夢の神……夢魔の王エレクトラ。

 彼女も一応神格を持っていた。

 夢魔の聖騎士として、アーク……曲がった者として白矢はただ従った。殺せ、と命じられた人を殺し、倒せ、と指示された怪物を倒す。

 エレクトラの茶番の人形になり、いつの間にかそれが当然となった。

 ……だが。

 顧みる。

 賢者ラスタルの名声を彼も知っていた。他の異端と呼ばれる魔法使い達とも出会った。

 何より彼自身、力をつけていた。エレクトラのお陰だとしても、妙な魔法さえなければ源白夜や仲間達を一人で全滅させるのも容易かったのだ。  

 ……そうだ……俺もやり直せた! 

 皆部白矢は視界を覆っていた霧が晴れたのを知った。

 同時に、自分があまりにも愚かだったと思い知らされた。

 ……この力があれば、俺一人だって……自分の可能性を信じてさえいれば、いつだってみんなを蘇らせる所にまで行けた。いつだって再出発できた。なのに何故、それを全く考えなかったのだ? 何故ただ黙って邪悪な嘘つきに従ったのだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る