鳳凰劇場 5

 夕刻。

 エドン公爵家の応接室に招かれたレオンはソファに優雅に腰かけている。

 同行したのは、サーシャのみ。第二皇子の外出としては不用心この上ないが、人目をできれば避けたいということなのだろう。

 サーシャはレオンの背後に立ち、辺りを観察する。

 部屋には最新式の魔道灯が灯されていて、昼間のように明るい。

 床に敷かれた敷布も、ソファも最上級のもので、非常に品がある。

 レオンの前にいるのは、ラビニア公女と、その兄のエリック公子だ。

 ラビニア公女は長い豪奢な金髪だ。緑色の瞳は切れ長で、やや釣り目。整いすぎた顔は、かなり冷たい印象を与える。赤紫のシンプルなデザインのドレスゆえに、体のラインの美しさが際立つ。

 エリック公子は公女と顔立ちはよく似ているが、髪は短く、眉や目に男らしさがにじむ。身長もかなり高い。

「それで、例の事件はどうなったのよ」

 ムッとした声を出したのは、ラビニア公女。

「現在取り調べ中だ。アルカイド宮廷魔術師が言うには、お前の犯行ではない」

「そんなの、当たり前よ!」

 レオンの言葉にラビニアは腹を立てる。

 皇族相手にずいぶんと気安いが、エドン公爵家は皇族と随分と近しく、レオンやマルスの両王子とエドン家の兄妹は、いわば『幼馴染』というやつだった、とサーシャは納得する。

「だいたい、なんで私があの子を階段から突き落とす必要があるのよ? マルスとの婚約はただの政略上のものだし。自分の手を汚すなんて馬鹿らしいわ」

 ラビニアは肩をすくめた。

「そんなことをするくらいなら、伯爵家を確実に仕留めるわ。裏から手を回す方がよほど私らしいと思わない?」

「まあ、そうだろうな」

 物騒なラビニアの言葉に少しもレオンは驚いた様子はなかった。

「それを私に言う必要はないと思うが。捜査責任者の私への心証ってやつをもっと気にした方がいい」

 レオンは大きくため息をついた。

「殊勝な態度で話したって、レオンさまは嘘くさいって思うでしょ」

「どう思う、アルカイド君」

「はい?」

 突然、レオンに話を振られ、サーシャは驚いた。

「今の彼女の様子を見てどう思った?」

「はあ。殿下と公女さまがとても仲良しということですかね?」

 物騒さを感じる会話ではあったけれど、たぶんそんな冗談を言い合える仲だということなのだろう。

 サーシャの言葉に、ラビニアはムッとした顔をし、今まで沈黙していたエリックが噴き出した。

「確かに。ラビニアと俺と殿下、皇太子殿下は、幼いころからよく会っていたからね」

 ニコニコと笑うエリックの横でラビニアは不機嫌な顔をする。

「私はそういうことを聞いたわけではないのだが?」

 レオンは幾分苛ついた声を出した。

 どうやら今の答えは、レオンとラビニアにとっては不快なものだったらしい。

「失礼いたしました。ラビニア公女さまはマルスさまの婚約者でいらっしゃいますね。誤解を招くようなことを申し上げてしまいました」

 サーシャは頭を下げる。

「公女さまは、立場的にも今回のような姑息な犯行をする必要のないお方ですし、お話を伺う限り、そこまでの憎悪をアリア・ソグラン伯爵令嬢に抱いているようにも思えません。ただまあ、今の会話を捜査の調書として残すとなりますと、世間体は悪くなるように思います」

「え? これって記録するようなものだったの?」

 ラビニアは驚いたようだった。

「私は捜査で来ている。必要に応じて音声記録をとるように指示はしているが?」

 レオンは何を言っているのだという口調だ。

「まったく。不意打ちだわ」

 ラビニアは肩をすくめたが特に困ってはいないようだった。多少心証が悪くなろうが、自分の無実は揺るがないと信じているのだろう。

「とりあえず、事件の当日について話せ」

「たいして話すことはないわよ?」

 ラビニアはふうと息をついた。

「あの日は、本当はお兄さまも行く予定だったのだけれど、お兄さまに突然お仕事が入ってしまったから、私は侍女のクレアと護衛の騎士のティナと一緒に出掛けたの」

「日程はいつ決めた?」

「公演が決まってすぐにチケットをとったわ。だから一か月ほど前ね」

 ラビニアは顎に指を当てて答えた。

「芝居が終わった後、支配人が挨拶に来て、しばらく話をしたわ。そのあと、退出したら、大騒ぎになっていたわ」

「失礼ながら、ボックス席を出てから、階段を降りるまで、覚えておられることを全部話していただけますか?」

 あまりにもそっけない答えに、思わずサーシャは質問をした。

 おそらくラビニアにとって、何もなかったからこその省略なのだろうけれど。

「そうねえ。ボックス席を出たところで、オールグ伯爵夫妻に会ったわ。ご挨拶だけして、私は階段を降りた。その時なんか大騒ぎしている声が聞こえてきたわ。二階では、階段のところに一人──多分侍女だと思う──いたわね。他は誰もいなかったと思う。階段の下では、なんだか大騒ぎだったわ。降りて行ったら、ホールに留め置かれて、親衛隊にいろいろと聞かれたわね」

「二階で他に何か気になることはありませんでしたか?」

「ああ、そういえば、劇場の従業員は見たと思う。ちょうど、階段を降りる途中で、奥に行くのが見えたわ」

 ラビニアは首を傾げながら答えた。

「従業員?」

「ええ。制服だから、間違いないと思うけど。ちょうど下で騒ぎが起こった後だったから、様子を見に来たのかもしれないわ」

「お前、そういうのは先に言え。前の聞き取り調査の時、何も言わなかっただろう?」

 レオンが呆れたような声を出す。

「だって、忘れていたもの」

 ラビニアは悪びれずに答える。

「観客が退席すると従業員は座席に忘れ物がないかを確認をするの。だからあの時間に従業員が歩いているのは当たり前よ。いつも見ている光景はどうしたって、忘れがちだわ」

「なるほど」

 サーシャは思わず唸る。

「その従業員の顔はご覧になりましたか?」

「見てないわ。というか、ちらっと視界の端に移った程度よ。護衛のティナに聞いた方がいいのでは?」

「……それはそうだな。エリックが一緒にいたら、もう少し頼りになっただろうに」

「まあ、それは否定しない。ラビニアは『前』しかみないからねえ」

 エリックはにやりと口の端を上げ、すぐに真顔になった。

「とにかくうちは協力するから、なんとか汚名をそそいでくれ。親父がブチ切れて強権を発しないうちに」

「わかっている」

 レオンは頷く。

「そのために、アルカイド君に来てもらっている」

 サーシャはレオンの後ろに立っているので、その表情は見えない。

 見えないが、珍しく人の悪い笑みを浮かべている──サーシャはそんな気がした。

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