二度あることは三度ある

また次の火曜日。

今日はなんだか、下駄箱に来るのが少し楽しみだった。

昨日の夜は、手紙が入っていたら良いなあなんて願っている少し興奮した自分を寝かしつけるのが大変だった。


いつものように自分の靴箱に向かう。

「おお。」と思わず声を出してしまった。

また、手紙が入っていたのだ。


もう何も臆することも、苛立つこともなく封を開けて、中身を読む。


――いつも人の幸せを願っているあなたのことが、好きです。

  渡辺今日子さんへ 水木悠太より――


「え。」

一瞬にして、感じたことのないくらいの動揺が走る。

悠太君から、だ。

しかも、渡辺今日子は私のことだ。学年に同姓同名はいない。


「おい、押すなよ。」

「照れてんじゃねーよ。悠太。」

「呼ぶなよ、ばれるだろ。」

また、裏から声が聞こえてくる。しかも、今、悠太って言った……?

こんなことをしてきた犯人は悠太君なの?

あんなにいつも面白くてみんなを気遣っている悠太君にこんなことをされるなんて。

いつからか私の気持ちに気がついていて、こんなことをしてきたのだろうか。

いたずらにもほどがあると、手紙を持つ手に力が入った。


悲しみと、衝撃、裏切られたという思いで頭が思うように動かない。

でも、今ここでなら、悠太君とこの手紙について話せるかも知れない。

逆に、今タイミングを逃すと、もう二度と目も合わせられなくなるかも知れない。


そうだ、混乱しているうちに、全部の真相を確かめるんだ。

いけ、今日子。声には出さずに、自分を鼓舞した。

そして同時に、悠太君がこんなひどいことをするはずがない、と心が叫び声を上げていた。


「悠太君、そこにいるの?」

勇気を振り絞って、裏の声の主に向かって声をかける。


すると、ガタガタガタッ、という音が聞こえて、悠太君を先頭に田中航貴と佐々木圭介が連れだって出てきた。


「ごめん、渡辺。本当は最初っから渡辺だけに書くつもりだったんだ。

いたずらとかでは絶対にない。信じてくれ。」

悠太君は真剣なまなざしでそう言った。

「うん、信じたい。」

私は心の声をそのまま口に出した。

すると、田中航貴と佐々木圭介も、もごもごと今回の経緯を話し始めた。


「初めは、悠太から渡辺さんに手紙を渡したい、って相談されたんだ。」

「でも話したこともないのにいきなり手紙を渡されたら気持ち悪がられるかも知れないってなって、まずは俺らの名前で手紙をいれることにしたんだ。」

「え、でも私、2人ともあんまり話したことないよね。」

「うん、委員会と掃除当番くらいかな。でも、それでも悠太よりは繋がりがあるかな、って思ったんだ。」

それを聞いた私は自分のクラスメイトとの関わりの薄さを反省しつつ、わき上がってきた疑問をぶつけた。


“なぜ、私は2人の目当ての人にラブレターを届けることができたのか。”


「2人は本当に里菜ちゃんと麻衣子ちゃんが好きだったの?」

これには

「そうに決まってるじゃん!」

「もちろんだよ!」

と間髪入れずに答えが返ってきた。

「え、でも私が2人の下駄箱に入れるとは限らなくない?すごい賭けにでたね。」

私は思わず、笑いながら言った。

「渡辺なら、いつもよく人のことを見ている渡辺なら、なんとなくそうしてくれる気がしたんだ。」

急に押し黙った2人の代わりに、悠太君が首の後ろを掻きながら答えた。

「それで、俺はそんな渡辺のことがずっと気になってた。

朝、聞こえてくるトランペットの音色も、俺のクラスでの発言を静かに笑ってくれているところも、恋バナで盛り上がる女子達に優しく微笑んでいるところも、全部気がついたら好きになってた。」

いきなりまっすぐ目を見て、想いを伝えてくれる悠太君を見て、夢なんじゃないかと思った。その目に嘘や迷いはなかった。

やっぱり悠太君は、私が好きな悠太君だった。

そんな悠太君が私の事を見てくれていたなんて、信じられなかった。

でも、今ちゃんと言わなければ、と全身で感じた。

「私もいつも悠太君のことを見ていたし、火曜日に朝早く自主練をしていたのも、私の演奏が悠太君に届けばいいな、って思ってたからなの。」

込み上げてくる涙を堪えながら、悠太君に精一杯の思いを伝えた。

「私も悠太君の事が前からずっと好き。」

この一言のあと、堪えていた涙がとめどなく溢れてきた。

そんな私を悠太君がそっと背中をなでて、落ち着かせてくれた。

呼吸が整った頃、2人はいなくなっていて、悠太君と私のふたりきりになっていた。


数日後、私はクラスの女子に囲まれていた。

「渡辺さんと悠太は全然接点ないと思ってた!すごい!こういうのもめっちゃ最高!」

「ね!ときめく~~~」

私は慣れないテンポの速い会話にうなずくだけで精一杯だったけれど、心の底から楽しんでいた。

悠太君と私がつきあい始めたことは、朝一緒に登校していることで周囲に広まった。

彼のおかげで、話す事はきっとないだろう、と勝手に思い込んで距離を置いていた子達と話す事が増え始めた。

本当は、もっとみんなと話してみたかった自分に気がつく事ができて、変な壁もとりはらった私の毎日は、なんだか前よりも明るい。


明日は火曜日。

もう私の下駄箱に手紙が入ることはないだろう。

落ち着いて準備をして、朝練をする悠太君に届くように私はまた一生懸命トランペットを吹こう。

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宛名のないラブレター 碧海 山葵 @aomi_wasabi25

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