第4話 放課後

 ずいぶん乱暴な推理だったけれど、その後市川くんは自分の勘違いを皆に謝罪し、5年2組の平和は守られた。


「今回はいくら必要?」

 図書室に本を返して帰ろうとする五反田くんを発見し、呼び止める。

「市川くんは、500円出したら話を合わせてくれたよ」


 どんな難事件も、5分休みのうちに『お金で』解決する。それが伊礼座いれいざ小学校の5分休み探偵五反田くんだ。探偵というのは職業だから、当然仕事をしてもらうには対価を支払わなければならない。だいたいいつもお金をはらうのは僕なのだが。


「では手間賃入れて800円でどうかな?」

 僕の提案に、五反田くんは苦笑しながらもうなずく。

「手間賃300円か……まぁ、いつも労働時間は5分だからね。それでいいよ」


 五反田くんは、学校の平和を守るためなら真実を隠蔽したり犯人を捏造したりする。今回のように、被害者に金品を渡して黙らせることもある。500円あれば消しゴムが5個くらい買えるわけだから、彼としてもそんなに不満はないだろう。


「真実を教えてくれたら、1000円出してもいいよ」

 僕は推理も取引も演技も苦手だ。だから五反田くんに投資をする。

「真実か……そんなに面白いものでもないし、あまり探りすぎるのも下品だと思うけれど」


 何だかごちゃごちゃ言いながらも、五反田くんは1000円札を受け取る。ちなみに、小学校に現金を持ち込んではいけないので、誰にも見られないように注意をする。僕はいつもボールペン本体の中に1000円札を仕込んでいるのだ。


「本当のところ、消しゴムはすり替えられていたんだよね?」

「まぁ、そうだね。市川くんもそれはわかっていて、皆に信じてもらうため、バーコードに自分で細工したんだ」

「いったい誰がすり替えたんだろう?」


 五反田くんは犯人がわかっていながら、あえて真実を隠してお金で解決した。市川くんの勘違いだったということにして、5年2組に平和を取り戻したのだ。


「君の話によると、20分休みの消しバトの最中、みんなの注意を『MONO』から遠ざけた人物がいる」

「羽生さんか……」


 男子顔負けの「なめんじゃねぇ!」というセリフとともに、羽生さんの『AIR-IN』がすさまじい勢いで飛んだのだった。飛ぶように机上を駆け、『レーダー』と『まとまるくん』を場外へ吹き飛ばしながら、自らも机の外へ。皆の視線はそちらに集中していた。


「でもその時にすり替えたということは、前もって準備していたということになるよね」

「もちろん、思い付きではできない。あらかじめ同じサイズの『MONO』を用意して、同じような感じに使い込んで、消しバトの最中は袖の中に忍ばせている必要がある」


「どうしてそこまでして……やはり最強の消しゴムが欲しかったから?」

 僕の的外れな推理を、五反田くんは声に出して笑った。

「ハハハ、まさかそんな理由ではやらないよ。ハイリスクローリターンだ」

「ではなぜ……」


 雨はまだ降っている。僕らは傘をさして校舎を出た。


「たぶんその消しゴムは、もともと彼女の『MONO』だったのだろう」

「え? 羽生さんは『AIR-IN』使いだよ」

「消しバトではね。おそらく普段授業のときなんかにはスタンダードな『MONO』を使っていたのだと思う」

「仮にそうだとして、それがどうして市川くんのもとに?」

「ある日の授業中に、落としてしまった。その後のことは、君が話してくれた通りだよ」


 僕が話した……? 昼休み、五反田くんに話した内容を思い出す。


「そうか、前田くんか。前の席の前田くんがそれを拾って、誤って市川くんに渡してしまったんだ。市川くんは市川くんで、『MONOコレクター』だからうっかり自分が落としたものと思い込んで受け取ってしまった……」

「そういうことだね」

「でも待って。その時に言えばいいじゃないか。『そのMONOはあたしのだ』って」


 男子チームに入っていても違和感のない強気な羽生さん。言えないことはなさそうだが。


「それが言えなかったんだよ。その前田くんが、消しゴムに書かれた名前を見ちゃったからね。彼は名前を見て、ご丁寧にカバーを元に戻して、市川くんに渡した」

「名前が書いてあったなら、ちゃんとその持ち主に返せばいいじゃないか。何をやっているんだ、前田くんは」

「消しゴムカバーをとったところに、『市川』って名前が書いてあったのさ」

「は? だってその『MONO』は羽生さんのものなんでしょ? なぜそれに市川くんの名前が……あ、なるほど」


 傘の影に隠れているけれど、五反田くんは微笑を浮かべていた。男子が消しゴムバトルに熱中する一方で、女子は消しゴムを使ったおまじないに夢中だった。


『消しゴムに好きな人の名前を書いて使い切ると、恋が成就する』


 女子の流行に疎い僕でも、それくらいは聞いたことがあった。


「だからこっそり取り戻す必要があったのか。羽生さんも女子だなぁ」


 五反田くんがお金の力で市川くんを黙らせていなかったら、彼女は自白したのだろうか。自白というか、それはもはや告白だ。しかし、状況としては告白にまったく不向きな状況だった。


「明日からも、何も知らないフリをしてあげなよ」


 5分休み探偵はそう言って、クールに去っていった。

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5分休み探偵五反田くん 美崎あらた @misaki_arata

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