Bonus Track

「ねぇバジルさん。李智、何か変わりましたよね」


 スキンヘッドの振付師にそう話しかけたのは、プロデューサーに復帰した伴南である。

 練習生達のレッスンが終わり、がらんどうのスタジオ。その広々としたリノリウムの床に二人はあぐらをかいて座っていた。


「そうですね。ウザさのなくなった圧倒的センターって感じですかね」


「100点満点じゃないですか」


「いや、まだまだですよ。なんか最近、前よりダンスが下手になった気がするから」


「好きそうなダンスの系統が変わりましたよね? 前は『AviewSE』みたいなストリート系だと目が輝いてたけど、最近はUr BroZersのバラードが上手だし」


「あいつは元々ジャズとかモダンが似合うんです。『AviewSE』の時だけ妙にストリートがハマってた。何かあったのかもしれませんね」


「その何かって、探さなくてもいいんですか?」


 バジルと呼ばれる振付師は朗らかに笑う。練習生からスパルタと恐れられる、氷のような表情はどこにもない。突然の笑顔に伴南もびっくりするが、顔に出過ぎると失礼だと思い、慌てて寸止めする。


「いいんですよ別に。成長の過程でそういうこと、ありますから。ちょっと背伸びして頑張ってみたいジャンルとかね。それが自分の中でハマれば突き進むし、違和感があるなら自分で止めるし。

 確かに『AviewSE』の動きは良かった……まるで本家Φalの天馬亜央を見てるみたいでした。亜央のダンスは、僕達に強く訴えかけてくる。そういう魅力が李智にもあるんだって思ったんです。

 でもそれ以外のストリート系はあまりハマっていないし、ジャズやモダンもまだ体幹が弱いから、しなやかさと強さのコントラストが曖昧な部分がある。亜央ほどのメッセージ性も今はないし、そこを鍛えて化かしてやらないと」


「バジルさん、やっぱりスパルタ」


「バンナンさんだって、僕と同じこと思ってるでしょう? 世界で通用するアイドルにするためには、あの原石達をもっと輝かせないといけないって」


「えぇ、そこは一緒よ。だけどバジルさん、あんまり輝かせようとして、色んな所削らないでね。ヤスリかけ過ぎてデビューする時にこーんなちっちゃい宝石になっちゃったら、誰も見てくれないんだから」


 伴南は自分の髪の毛を一本つまむような素振りを見せた。


「そうならないように気をつけます。バンナンさんも僕のこと、見張っといて下さい」


 やーだ、Next Gleamingの他にバジルさんも見なきゃいけないの? と笑いつつも、分かったわ、と伴南はバジルの肩を軽く叩いた。この笑顔を守るために、Next Gleamingを成功させなくては、とバジルは強く思う。




 ☆




「最近、亜央の様子はどう?」


 ハイグリの社長・高久にふいに尋ねられ、ハジンは肩を震わせた。

 別にやましいことは何もない。ただ、ちょうど今亜央のことを考えていた所だったので驚いただけだ。高久はなぜか、ハジンがその瞬間に考えていることについてよく尋ねてくる。偶然も重なりすぎると必然に思えてくるから怖い。


「亜央ですか。彼はかなり変わりました」


「まぁ、僕達に『活動再開させてくれ! 文章も書かせてくれ!』と直談判してきたからね。彼の中で何か、大きなことがあったのかもしれないね。君に言われた言葉以外に」


「莉都がよくフォローしていたと聞きました。今も亜央にバク転を教えているみたいで。

 亜央は話し合いの時、まずみんなの意見を聞くようになりました。今までは、理玖とか莉都に聞かれて答えるだけだったのに。それから、理玖とたくさんコミュニケーションを取るようになった」


「コミュニケーション?」


「はい。あの……日本語で何て言うんでしたっけ。仕事に関係ないこと、楽しそうに話す、みたいな……」


「他愛もない話?」


「うん、それです! タアイもない話。前まで理玖のことは、シンプルにライバルと思ってるみたいだったけど、今あの二人は親友のように見えるんです」


「そうか。やっとシンメになれたか」


「どういうことですか? 理玖と亜央は私が来日する前からシンメだったのでは?」


「そうだよ。でもパフォーマンスがシンメなだけだった。心がシンメになりきれてないままデビューを決めてしまったんだ。どうしても若いうちに、あの5人を世界に見せつけたかったから。だけど結果的に心で繋がれたみたいで良かった」


「デビューの時期、後悔してるんですか?」


「いいや。僕はあれでベストだったと思ってる……思いたいんだ、本当は」


 高久の胸中には、まだUr BroZersの苦い経験が残っていた。

 ハイグリができたばかりで高久も舵取りに迷っていたとか、言い訳はいくらでもできる。でも高久が最終的に解散を決めたせいで、Ur BroZersを引き止めなかったせいで、本人達もファンも伴南も苦しめた。

 Φalのデビューについてはハジンも賛同していたし、大丈夫だと信じられた。でもやはり怖かった。


 俯く高久に、ハジンはそっと語りかけた。


「ベストですよ、Φalは。あの時も今も。

 僕が韓国で担当していたgloocuyグルーキーは正直、Φalよりも成長していない状態でデビューしました。体力面は信頼できていたけど、メンタル面や、メンバーの関係性はあまり安心できてなかったんです。でもハイレベルな競争に彼ら丸ごと投げ込んだからこそ、あの子達はたくさんぶつかって深く理解し合って、誰にも負けないアイドルになれたから。

 Φalもきっとそうだし、理玖と亜央もそうやって成長していくんだって私は思う。だから社長、大丈夫ですよ。社長と私で選んだ子達なんです。これからもっと、見たことない景色を見せてくれるはず」


 高久はハジンを見つめた。

 Φalも、ハジンも成長している。来日したばかりと比べ、随分と流暢になった日本語を聞いて思った。彼と一緒に、自分も成長して行けたら……Ur BroZersがデビューした時のように、見たことない景色をまた見られるだろうか。


 見つめられたハジンは照れ臭そうにメガネの位置を直す。


「僕は……ハジンくんを信じるよ。ハジンくんとシンメになったつもりで、これからのΦalを見届けていく」


「私も社長を信じてます。私から言うのは恐れ多いですが……これからシンメとして、よろしくお願いします」


 高久は大きく頷いて手を差し出す。その手をすっぽり包み込んだハジンの両手は大きくて、じんわりと温かかった。

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