第4話

智美は退院後、しばらく自宅療養をした。

やがて、病院の心のリハビリテーションに通った。

また、医師の指示で訪問看護を依頼され、週に1回看護師に精神的な援助をしてもらうようになった。


彼女はスケジュールがない日は、昼までぐっすりと眠って体力を回復した。


日々充実していて、安定してきた事が外から見てもよくわかった。本人も実感しているはずだ。元気で優しい智美に戻った。


その頃、私の頭の中はよこしまな考えに囚われる。

智美に少しだけでも触れたい。

かなり良くなってきたから、もう大丈夫だろう。

少しくらい良いだろう。

そういう気持ちが抑えきれなくなっていた。


私のマンションは2LDKなので、智美とは別の部屋で寝ている。

一緒にいられるのはリビングへ行くときだけだ。

智美の作った夕食を取り、私が洗い物をする。

彼女はソファに座って真剣にテレビを観ている。

洗い物を終え、私もソファに座った。


智美のパーソナルスペースに少しでも良いから入りたかった。


「もう少し近寄ってもいい?」


智美はこちらを見ず、怪訝な顔をして言った。


「何で?」


「いや、何でもない」


うまく智美のパーソナルスペースに入れない。


智美との沈黙が続く。


ドラマはクライマックスを迎える。

智美は涙ぐんでいた。

私は智美にハンカチを渡した。


その横顔の美しさに…。

私は智美の髪に触れた。そして、撫でた。

すると一言。


「美穂ちゃんってそういう人なの?」


そういう人とはどういう人なのか、私はすぐにわかった。


「…ごめんね。気持ち悪い?」


「……」


智美はうんともすんとも言わない。軽蔑の眼差しで私を見ている感じがした。


私は傷つき、同時に心を見透かされたようで恥ずかしかった。


「私はここを出て行くよ。一緒に住んでいると触っちゃうかもしれないからね。今まで通り、ここに住んでいていいし、生活費も渡すから」


智美は黙ったままだ。


すねているのは私の方だ。


「荷物は後日取りに来るから」


そして、私は家出する…、つもりだった。







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