第5話

「そんなにダメかかなあ、私」


居酒屋のマスターに話を聞いてもらっている。


「こればっかりはねえ」


「そういう人なの?と聞かれて怖かったよ。向こうはずっと黙っていたし」


「ん?黙っていただけで否定されたわけじゃないんだね」


私は日本酒をくいっと飲む。やっぱり、居酒屋で飲む日本酒は美味しい。


「否定されているようなものだよ、マスター。優しいあの子の冷たい目つき…」


「悪いように思い込んでいるだけだって」


「もういいよ。私は家を出るから」


マスターは怪訝な顔をして言った。


「その子、美穂ちゃんがいなくなったら、情緒不安定になって死んじまうんじゃないかい?親を失った子供みたいに」


「まさかそんなこと…。」


「帰ってあげなよ。つまらない意地張ってないでさ」


「わかった、この日本酒のんだら帰る」



私は智美が心配で自宅へ帰った。

午前様だ。

智美はもう眠っているだろうか。


カードキーでドアを開けると、ソファに座っていた。いつもは寝ている時間帯なのに。テレビはついていなかった。

智美は立ち上がり、私の方に振り向く。

彼女は泣いていた。目を腫らして…。


「何で泣いているの?」


私はイマイチ、ピンと来なかった。


「どうしてだと思う?」


「わからない。私に触られるのが嫌だったんだから?」


智美は取り乱して言った。


「それがわからないの!」


私と智美の言い合いが続く。ずっと平行線だったが、智美は最後にこう言った。


「そんなに私に触れたいのなら、私が躁状態(テンションが高い状態)の時にすればいいのよ!誰でも良いっていう時があるから」


私は声のトーンを落とした。

智美を落ち着かせるためだ。


「病気を理由に智美を抱いたら、後悔して傷付くのは智美だよ。私はそんなことをしたくないよ」



その出来事をきっかけに、智美は躁転(急に躁状態になる)した。

智美にとっては非常に辛いエピソードだったようだ。ストレスも躁転のきっかけになるらしい。

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