第4話 確認


 薄暗い道を歩く。 

 歓喜の瞬間から一気に落胆まで落ち切った俺の精神状態は最悪一歩手前、と言ったところか。


「ハァーーー」


 思わず深いため息を零してしまう。

 一言で言ってしまえば、酷く憂鬱なのだ。

 もちろん頭では理解している。

 あのゴブリンを殺らなければ、今頃、殺されていたのは俺の方だ。

 そんなことは百も承知。

 そのうえで、俺は____この手で屠った生物の感触を忘れることが出来ない。

 何て言ったって、あまりに強烈すぎる経験だったのだから。

 

「戻って来たのか」


 岐路を前にして一人寂しく呟く。

 何とか、元の場所までは戻って来れたらしい。

 気落ちする俺は、岐路の手前に立ちつつ、そっと近くの壁へと腰掛けた。

 そして茫然と宙を見上げるのだ。

 ああ。背中で感じる壁の冷たい感触が、どうにも心地いい。過度に恐れて、背後を気にしなくなっただけで、こうまで心の安寧を得ることができるのか。


「……」


 体育座り状態のまま、俺は俯き、今後について考えを巡らせた。

 とはいっても、考える事等ないのかもしれない。

 左の道は、死の匂いがプンプンする通路だし、後ろに戻ったとしても行き止まりだ。

 ならば、後残った選択肢である右の道を歩んでいく他あるまい。

 ほら、考える必要はないだろ?

 道は一つ。

 ゴブリンが居た右の道に進む他、選択肢はないのだ。


「ステータス」

 

 ただ一つだけ。右の道に進む前に確認しておきたいことがあった。

 俺は何もない空間に向かって静かに呟く。

 するとすぐにブンッ、と言う酷く電子音的な音と共にステータス画面が正面に浮かび上がった。

 そう。

 俺が確認したい事とは、あの戦闘以降と以後でステータス画面が変わったのかどうかだ。

 勝算はある。

 俺の予想が正しければ、ゴブリンを倒したことでステータスに何かしら変化が起こっているはずなのだ。

 と言うか、起こっていて欲しい。切実に。

 

 ________

 奏一志(かなでひとし)

 16歳

 ジョブ なし(選択可能)

 称号 巻き込まれし者 

 レベル 1

 魔力 12 (+2)


 固有スキル 念導力(6)


 通常スキル なし

 ________


 願いは通じた。

 まぁ、そこまで大げさなことではない。

 ゴブリンとの戦闘前と戦闘後で、変わった点は三つほどだけだった。一つ、レベルの上昇。二つ、魔力の上昇。三つ、ジョブの選択が可能となっている点だ。


「要するにレベルアップしたことで、数値が上昇してジョブが選べるようになったのか」

 

 ふむ。

 能力値の変化は本当に微々たるものなのか。正直、強くなった等の実感は全く湧いてこない。

 これでオーラ的な物でも出せれば、視覚的にも、精神的にも、滅茶苦茶激熱展開なのだが、どうやらそんなこともなさそう。

 あれ?

 思ったよりしょぼいと言うか、何と言うか。実はダンジョンって、そこまで影響を与えるものでもないのか?


「いやいや、待て待て。コツコツやって行けってことだろうに」


 突然「俺、最強‼」とか言って明るく楽しくダンジョン探索が出来ると思ったのに、変に期待を裏切られた気がする。

 だが、現実なんてこんなもんだ。

 何でもコツコツやって来た奴が、勝利する。そう、出来てる。

 だから俺は、ここからコツコツ始めるのだ。

 「僕、最強だから」って恥ずかしがらずに言える、五〇先生みたいになるために!

 

「ジョブか……とりあえず長押しかな?」


 はいはい。

 とりあえずポチッと、(選択可能)と書かれた画面を触る。

 すると新しく、ステータス画面とは別に画面が浮かび上がって来たではないか。

 ほうほう。

 ふむふむ。

 なるほどなるほど。

 そう言う仕様ね。

 浮かび上って来た、呼び方も分らないこの画面の先には、ファンタジー要素を詰めに詰め込んだ、数多くのジョブ名が記されてあった。

 

「多い」


 第一印象はまさにその言葉通り。

 ジョブ画面に記されているのは、剣士、戦士、拳士、騎士、魔法使い、付与使い、回復使い、弓使い、盗賊、商人、エトセトラエトセトラ。画面を二、三回スクロールして、やっと底に到達するほどの豊富なジョブが並んでいた。

 

「ん?」

 

 その内、いくつかを流し読みする中で、ふと気づいたことがある。


「もしかして、初級、ジョブ。見たいな感じなのだろうか……」


 ゲームなどで登場する、所謂、強ジョブと呼ばれる___勇者、賢者、魔法剣士、などが入っていなかったのである。

 恐らくこれを用意した奴は、こう言いたいに違いない。


 ____初めの選択肢は用意してやった。さぁ、ここから選べ


 と。

 中々性格が悪い、と言うか。

 細かい、というべきなのか。

 これを作った奴は、果たして一体どんな奴なのだろう。

 そもそも人なのか?

 もしくは神なのか? 

 それとも___。


「……いや、今はそんな事、関係ない」

 

 俺は被りを振って思考を止めた。

 今、そんな事を考えても何の生産性もないのだ。

 目の前の問題・課題を一つ一つクリアして、着実に生き残る道を探す。そのことだけに集中すればいい。後は全て雑念だと決めつけて、切って捨ててしまえ。

 俺は逸らしていた目を、ジョブ選択画面へと戻すことにした。

 さぁ、ここから何を選ぶか。

 その選択が、非常に重要だ。


「選択肢が多いから、一先ず必要なものだけをピックアップして……他は除外していくか」


 選択肢はまさに膨大にあった。

 だが、時間は有限なのだ。

 俺はその選択肢の中から、これから先の生存闘争で生き抜くために必要な要素以外、その全てを切り捨てることにした。

 例えば、補助的な役割を果たすジョブ。

 例えば、生産ジョブ。

 例えば、魔法使いなどの消耗型。

 例えば、剣士などの武器が必要そうなジョブもだ。

 それらを全てを排除していって、候補を絞って行ったら___。


 ___戦士、拳士、闘士、盗賊、斥候、


 とりあえずこれらのジョブが残ることとなる。


「うぅぅぅん」

 

 俺はその選択肢を見て、思わず低く唸った。

 現実的に選んだのは良い。

 とてもいい判断だ。

 しかしその結果、直接魔物を殴ったり、戦闘能力が低いと思われるジョブが残ったのは、非常に遺憾である。遺憾の意を表明したい。

 全く。

 殴り合いなど、極力避けたいというのに。

 なぜ、現実はいつもこうなのだ。


「ぁぁぁぁ、クソォォォォ、もっとさぁ、ファンタジー的要素が盛りに盛り込まれてそうな魔法使い、騎士、剣士、錬金術師、に就きたいじゃないかッ!!」


 俺の中のオタク男子の本音を言えば、間違いなくこうなる。

 けれども、今そのジョブに就くことはできない。とても現実的ではないからだ。

 もしも、理性や合理性を無視して、何も考えずにロマン的なジョブに就いてしまった場合、俺は何もできず死ぬ羽目になるだろう。

 何せ、未だ先の見えない戦いだ。

 生き残るために理想より、現実を優先するのは、当然の事だろう?


「分かってる。そんな現実……分かっているんだ!」


 理解はできる、だが納得はできない。

 ああ、なんだ、この相反する感情はッ!!

 正直、滅茶苦茶魔法使いに成りたいッ。

 でも、魔法使いのイメージは、完全に持久戦からはかけ離れているから、賭けのテーブルにすら上がらない。


「うがぁぁぁぁ」


 頭を抱えながら、悩む悩む悩む。


 ___そもそもジョブ選択とは一度っきりだけなのか?

 ___それとも結構頻繁に切り替えたりできるのでは?

 ___バカ。一度切りに決まってんだろ?


 そんな考えが脳裏を過った。

 が、答えなど分かるはずない。

 当然だ。

 説明書やヘルプ機能なんて言う親切な仕様など、この画面の先にはないのだから。ここから先は自分で決め、自分で判断し、自分でその責任を負うしかないのだ。

 はぁ? 

 なんだこれ。

 思った以上にファンタジーが、ファンタジーしてない気がするんだが。世界が変わったのに、なんて世知辛い世の中なのだ。

 畜生ッ。


「まずは、生き残る……生き残る……のが、優先ッ____」


 唇を噛み締めながら、自分に言い聞かせる様に呟いた。

 きっと俺は今、凄い表情を浮かべているに違いない。

 鬼?

 いやいや、どちらかと言うとムンクの叫びと言った方が正しい顔だ。

 ああ、無念。

 非常に無念。

 結局、俺は自らの責任の元、ジョブを選択した。

 画面に触った手が震えていたのは見なかったことにしてくれ。


 ________

 奏一志(かなでひとし)

 16歳

 ジョブ 斥候

 称号 巻き込まれし者 

 レベル 1

 魔力 12


 固有スキル 念導力(6)


 通常スキル 敵感知 罠感知 半消音  

 ________


 ステータス画面はこのように変化した。

 くっそう、そうだよ。

 俺が選んだのは、ダンジョン探索に置いて比較的重要だと思われるジョブ___斥候ジョブだった。

 驚くことに俺は、自分の青い臭い願望を抑え込むことに成功したのである。

 まさに英断。

 しかし同時に、とても悲しい思いがこみ上げてくるのはなぜだろう。今、無性に泣き喚きたいだががが。

 

「だぁいじょぶ、だぁいじょうぶ、だぁいじょうぶさぁ。いつか、なれるよ~、魔法使い~」


 あははっと頭をお花畑にしながら、何とか精神力回復に努める。俺がここまでの精神的ダメージを許容してなお、斥候ジョブに就いた理由はただ一つ。

 不意打ちを受けないため。

 唯一これに限る。

 だが、その一つが侮れないのだ。

 言うまでもないが、ここはダンジョンである。

 今だに罠や、影から襲い掛かって来るモンスターとは出会っていない。だが、この先もそれらがいないとは限らないのだ。

 と言うか、絶対にいる。

 マストで居るはずなのだ。

 お願いだから居てください。

 俺はそう言ったモンスターや罠に不意に襲われたりする状況を失くすため、この斥候ジョブを選んだ。

 

「あぱー」

 

 ああ。

 何て自由にならない現実ファンタジーなんだ。余りの都合の悪さに、思わずアホ面を晒してしまったではないか。これでジョブの切り替え不可能なら、俺は地上に出てから、魔法使い狩りでも決行してしまうかもしれない。

 いや、十中八九するだろう。

 完全に私怨と嫉妬の賜物だが、きっと俺はこの思いを止められない。

 あっ、でも、その時は魔法使い(30以上童貞の方)は、ちょっと別で分けますんで、積極的分別にご協力していただけると幸いです。 

 

「フゥー……さてと」

 

 深く息を吐く。

 とにかく、切り替えだ。切り替え。

 こんな、いつまでも世の不幸を嘆いたって、現実は変わらない。今を進み、今ある手札で勝負していくしかないのだ。

 それがこの先、生き残るために必要な事なのだから。


「スキルの効果でも見てみるか」


 切り替えたことにより、魔法使いに成りたい願望を頭の隅へと追いやった俺は、さっそくジョブに就いたことで得られた通常スキルを長押ししてみる。 

 はい、ポチッとな。


 _____

 敵感知


 斥候ジョブパッシブスキル。消費魔力(0)

 自らを起点に直径50メートル範囲にいる敵対反応を感じ取ることができる。

 _____


 _____

 罠感知

 

 斥候ジョブパッシブスキル。消費魔力(0)

 自らの視線の先で罠が仕掛けられている場合、赤い点として視覚化することができる。

 _____

 

 _____

 半消音


 斥候ジョブアクティブスキル。消費魔力(1)

 自らが出す音を十秒間半減する。

 _____

 

 これが連続で斥候ジョブのスキル効果を確認した結果だ。

 正直悪くない。

 悪くないぞ!

 予想通りのスキルが使えるし、さらに半消音とか言うちょっと微妙なスキルがついてきたのがまた、お得感がある。

 いいねぇ、ちょっと使って見るか。


「半消音」

 

 小さく呟く。

 スキルの発動の仕方は、固有スキルの時に分かっている。使いたいと念じれば、その先に事象が発生するのだ。

 腕を動かし、地面を蹴って見る。


「ふむ、確かに音が小さくなってる」


 呟いた声も心なしか小さい。

 思いっきり手を叩いてみても、予想以上に洞窟内で反響することはなかった。

 これは、使える。

 敵感知で先に敵を見つけ、半消音で気づかれにくく接近する。その後、先制攻撃の優位性を活かしたまま、戦闘を終わらせる。

 正直、接近戦をしなければいけないことはなんとも業腹だが、そこは仕方ないと割り切る他あるまい。

 なぜなら、斥候ジョブのスキルの説明にあった様に、スキル使用の代償が魔力によってなされることが証明されたからだ。

 つまり、魔法使いジリ貧説が有力視されることとなるだろう。

 一体誰に?

 もちろん俺にだ。


「消音が使えるのは合計で十二回か」


 一体これから先、どれほどの数の怪物と相対することになるのか。そんな現状の中で、在っても無くてお困らないが、在ったほうがよりベターな結果を導けるスキルは、きっと重宝するはず。

 俺はそうやって自分を納得させつつ、顔を上げた。

 

「戦闘シュミレーションは、まず敵を先に発見。その後固有スキルによる先制攻撃か、注意を逸らすことを試みる。その後、半消音を発動しつつ、近づき、仕留める。以上」


 仕留める。

 ただその一言を何度も呟きながら、俺は敵感知を発動させる。

 覚悟を決めよう。

 もはやこの先、ゴブリンを一匹、二匹仕留めようが、気落ちすることなどない。

 あれらは、俺がここで生き残るための養分とでも思えばいい。

 それくらいの冷たさが、必要だ。

 心を___殺せ。


「よし、いないな」

 

 感知できる範囲に敵はいない。

 しかし俺は、そっと、岐路の壁から顔を覗かせて、目視でも右の道の安全を確認した。

 安全第一。

 何せ初めて発動するスキルだから、不具合とかがあったら致命的な隙になりかねない。

 ついでに罠感知も発動させ、不具合が出ていないかも確認した。


「マジか。ジョブに就いただけで、ここまで心の持ちようが変わるとは、恐れ入る」


 いつ襲われるのかが分からない恐怖。

 たったそれだけがないだけで、今の俺は滅茶苦茶安心している。

 これがジョブに就くことによる副次的効果なのか、よりダンジョンに適応した結果なのかは分からない。

 分からないが、俺は岐路の先へと、一歩足を踏み出した。


「やってやる」


 ジョブスキルの確かな効果を実感した俺は、短くそう呟く。

 そして少しだけ生存への希望が見え始めたダンジョン内を突き進むのだ。

 きっとここからがスタートライン。

 本格的なダンジョン探索の幕開けなのだから。



 ★★★ 



 同日同時刻。

 ドーム状の大きな空間で、一人の少女が鋭く刀を振るった。


「アァァァァァァッッッ‼」


 剣術の型等関係ない、素人丸出しの一振り。

 しかし、その一振りはゴブリンを一刀両断するには十分すぎる威力を秘めていた。


「ギャッ___」


 短い声を上げ、ゴブリンの首が胴体と永遠のお別れとなる。そしてその体を黒い霧へと変えるのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い息を吐く少女の手からカランッと、音を立てて刀が地面へと落下する。直後、茫然と立つ少女はシクシクと涙を流し始めた。

  

「お腹、空いたよぉ」


 辺り一面に転がる紫色の石を背景に、少女___東雲涼花は膝からゆっくり崩れ落ち、そんな呟きを零すのだった。

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