第2話 未知の場所

 そこは武骨な洞窟の中だ。

 洞窟と言えば、鍾乳洞でもありそうな天然の洞窟のイメージが浮かび上がってくるだろうが、ここは違う。

 どちらかと言えば片道一車線ほどの横幅がある整理されたトンネルと言った方が、しっくりくる。


 はて、一体ここはどこだ?

 そして俺のチキン南蛮は、どこにいったんだ?

 割と本気で湧き上る感情を整理できないのだが……。


『ただいまより、進化促進プログラムを実行します』


 そんな洞窟で茫然と突っ立ていると突然、頭の中に機械的な声が響いた。

 うぇっ、何事!?


『ロード……エラー……エラー……ロード』

『一部プログラムのエラーを確認。修正を加え、試練プログラムを試行します』

『上位存在による介入を確認。試練プログラムを人類適応型試練に変更』


 上位……存在?

 試練プログラム?

 なんだなんだ、それは一体何なんだ。

 俺氏、説明を所望す!

 

『人類適応型試練、通称≪ダンジョン≫システムの展開を最終決定』

『各地へとランダムにダンジョンの建造を行います』

『各地の生物に進化の系譜を付与します』

『試練システム:ステータスシステムを付与しました』

『プログラムの正式稼働を確認致しました。ただいまより人類適応型試練≪ダンジョン≫システムを展開致します。では、地上生物の皆さんの健闘をお祈りしてします』 


「はぇ~」


 なんだろうこの気持ち。

 たぶんデパートとかの「○○万人目おめでとうございます!良ければこちら記念の品をお受け取りください!」「はぁ」とか言って生返事を返す感じに似てる気がする。まぁ、知らんけど。


 とにもかくにも、現状、置いてけぼり感が強すぎる。

 親戚の大阪のおばちゃんだって、こんな一方的に話しかけたりはしないんだがな。

 ふむ、謎の声にコミュニケーション能力は求めたらダメ、と言うことか。

 なら、とにかく先程の声の内容を吟味すべし。

 吟味……しなきゃダメ、かな?

 吟味したらしたで、理解できるけど、したくない。そんな大きな矛盾を抱える俺が出現したんだが。

 えっと、喚き散らしても良いですか?


「ああ、嘘だろ。頼むよぉぉぉぉ……俺のチキン南蛮だったんだ。がえじでぐれぇぇぇぇぇ」


 地面を叩き、滂沱の涙で地面を濡らす。

 余りの現実の厳しさと己の不幸に、悔しい気持ちでいっぱいだ。

 誰だ、こんな時間にダンジョンなんてシステム実行した奴!

 誰だ、うちの学校をダンジョンなんてとんでもファンタジーな施設に変えた奴!

 俺は、絶対に、お前を……ゆるさねぇぇぇ!!!


 おそらく、俺のチキン南蛮は帰ってこない。はずだ。たぶん。うん、希望は、捨てないほうがいいよね。

 急に始まった謎のプログラム。進化促進プログラムは、俺がチキン南蛮を受け取るタイミングで、見事、その生成に俺を巻き込み、マイベストフードのチキン南蛮定食君との永遠の別れを演出したらしい。

 確証はない。

 だが、目の前の起こっていることが、何よりの証拠だ。

 畜生。


「えっぐ……これから、どうじよう?」


 とりあえず一旦、落ち着こうぜ。

 さぁ、涙を拭きな?

 フゥ、と息を吐いて深呼吸。

 チキン南蛮への思いを一時封印する。

 気持ちが治まったら、石畳の上へと腰を下ろした。

 ああ、冷た気持ちいいとはこのことか。

 悲しみで熱がこもっていた体が、物理的に冷めていくのを感じるぜ。


 よし、良い感じだ。

 何はともあれ、冷静になった。

 今は何をおいてもこの分け分からん状況を正確に把握し続けることが大事だ。

 ん? なんでそんなことが分かるんだって?

 簡単だ、ラノベだよ。ラノベ。まぁネット小説でも可だが。


 大体こういう時は慌てて、焦って、混乱して、B級パニック映画みたいに序盤で殺されたりするのが、普通の人の反応だと思う。

 たぶんラノベを知らなかったら、俺もその一員だったに違いない。

 だが、俺は今の状況に少なからず心当たりがある。

 そう、それこそがラノベだ。

 ラノベの中でも現代ファンタジーの分野がそれにあたる。

 かく言う俺も、色々なジャンルを読みふけってきたが、まさか自分がファンタジー的な状況に出くわすとは欠片も考えてなかった。

 嘘です。

 日々、非日常がどこからか転がってこないか妄想してました。すいません。


 それはともかく。

 たったそれだけの事を知っているのか、はたまた知っていないかで、人間の行動や言動。さらには、心の浮き沈みは百八十度変わって来る。

 それが、現実なのだ。

  

 ああ。過去の俺、オタクでありがとう。

 そしてラノベありがとう。

 現在遭遇している展開が、最近読んでるラノベの状況と非常に酷似していて、今どんな行動をとるべきなのか自然と頭に浮かんでくる。


 チキン南蛮の恨みを、一旦置いておくことが……でぎるッ!!! たぶん!!!

 

 あ、やっぱ無理。

 一言だけ吐き出しとこ。

 いいか、ダンジョンよく聞け。

 俺はお前がチキン南蛮を奪ったことを絶対に忘れねぇ。いいか?食べ物の恨みは骨肉の争いに繋がると思え。男子高校生の食欲舐めてんじゃねぇぞ!こちとら育ち盛りだぞ。そこの所、覚悟して待っておくことだな。どこで待っているかは知らないし、意思もないかもしれないけど、絶対にこの代償は払わせる。〇返しだッ。(古い)


 スッと息を吐く。

 よし、言いたいことは言えたから、冷静な状態に戻ろう。

 次は順々に気になったことからあげて行く。

 正確な情報は、あればあるだけ助かるからな。


 まず、一番気になっている事。それはこの場所がどこだって事だ。

 まぁ、結論は出ているのだが。

 ここはダンジョン。

 それ以下でもそれ以上もない。

 ファイナルアンサーもダンジョン。

 ベストアンサーもダンジョン。

 アーユーオーケー?

 

 これが例えば、夢の中だとか、瞬間拉致被害での監禁現場だとか、そんな非現実的ばかなことを言う奴は、心のバットで今すぐかっ飛ばしてやる。

 確かに。

 本来ならダンジョンこそが非現実的筆頭候補に挙げられるべきだ。

 だが、頭の中に声が響くとか言う滅茶苦茶ファンタジーな事態に遭遇した時点で、ファンタジーと非ファンタジーは逆転してるんだ。

 これが事実である。 


 次に気になる点。

 それは謎のアナウンスが告げていたステータスシステムとか言うだろうか。

 

 まぁサブカルに熱心な青少年であれば、もうお分かりであろう。

 これはきっと、ファンタジーに夢想を抱いていた俺達の妄想を現実のものとして落とし込んでくれる夢のシステムに違いない。

 ああ。そうだといいなぁ。


 王道的な高水準ステータスを得て、無双展開を考えるも良し。

 もしくは不遇スタートからの大・大・大逆転劇も良いものだ。

 いやはや、待て待て。

 平均的なステータスを育て上げて、言い知れぬ万能感を味わうのこそ、最大限の楽しみってものさ。

 結論。

 どれも違ってどれも良い。


 でへへ、妄想のカタルシスが止まりませんなぁ。 


 あれれ? なんか、オイラやっちゃいました? 

 とか言って、口笛とか吹いてみたりさ。

 まぁ、俺口笛吹けないんだけど。

 ただの空気が出るだけなんだけどね。


 ああ、いかんいかん興奮しすぎた。

 俺のどうでもいい妄想は、一旦置いておいて。

 今はもっと確認すべきことがある。


 ではでは、皆さんご一緒に。

 お約束通り、指を形を作りましょう。

 そして香ばしいポーズを決めたのなら。

 はい、どうぞ。


「ステータスッ!」


 まぁね。

 大体こう言うのは、言うだけじゃダメなんだよなぁ。

 すってんころりん、までがお約束でしょう?な?


___ブゥン


 と諦め半分で発した言葉だったが、驚くことに半透明な板が目の前に現れた。

 どうやらステータス画面みたいだ。

 お約束はなしですか。

 そうっすか。

 まぁ今は、どちらが当たったのかは置いておいて、ステータス画面でも見て行こうか。


________

奏一志(かなでひとし)

 16歳

 ジョブ なし

 称号 巻き込まれし者 

 レベル 0

 魔力 10


 固有スキル 念導力


 通常スキル なし

________


 まぁ、上げて落とされたくないからとりあえず予防線張っとこう。


 何だろう。

 そこはかとない雑魚臭がする。

 うん。

 たぶん超絶弱いわ、これ。


 レベル0にジョブなし、魔力は10。

 期待できるのは、唯一固有スキルの念動力だけ。

 なんだこれ。

 

 これらの要素を俺の脳内CPUで演算した結果。

 間違いない。

 俺は雑魚だ。(キリッ)


 ポチポチと画面を触れ捲る。

 残念ながら、どこを触ってもチュートリアル的な操作のシステムを教えてくれることはないようだ。

 自分で触りながら理解すれば~?と言う匂いがプンプンします。 

 なので、とりあえず気になった項目からポチポチ触って見ることにした。

 

 差し当たっては、一番上の称号と言う文字から順に行くかね。


_____

巻き込まれし者


 ダンジョン生成時に半径100メートル範囲にいた者達の総称。巻き込まれし者はダンジョン内部にランダムで配置される。


 特殊効果:初めてのダンジョン内にて、早熟効果を受ける。


_____


 ほうほう。

 操作はスマホみたいな感じで良いらしい。

 スクロールすると画面が上下して、長押しすると詳細を見れると。

 まぁ、便利って言えば便利かな?

 

 それにしても称号の説明が、めっちゃ優秀な件について。

 これのおかげでダンジョンに巻き込まれたのは確定にできるし、さらに早熟効果とかいう気になる言葉もあった。


「やっぱ、巻き込まれたのは確定かぁ」


 ただし、精神的ダメージは甚大だ。

 事実を事実だと認識させられただけで、こうも来るものがあるとは……。


 だが、俺の心はまだ燃え尽きてない。

 まだ、頑張れる。

 きっと頑張れる。

 よしよし。とりあえず次は、早熟効果を見て行こうかね。

 再びの長押し。


_____

早熟効果


 成長に関する事柄に対し恩恵を得られる。獲得経験値1.5倍。スキル獲得確率上昇。スキル熟練度上昇。称号獲得率上昇。


_____



「よいしょぉぉぉ!!」


 魂の雄たけびが上る。

 ああ、待ってた。

 こういう展開待ってたよ。 

 熱い熱い。激熱かよ!

 熱すぎて、脳汁で頭が噴火するわッ。


 でへぇでへぇでへぇ。

 早熟効果を受けるという事は、それだけ生き残れる確率が上がると言うこと。さらに言えば、地上へと戻った時に他の人とは一線を駕した力を持っているかもしれないという事だ。


 ああ、ヤバい。

 顔のニヤつきが止まらない。

 抑え込んでいた妄想が、ドンドン溢れてくる。


 これは、もしかしてやっちゃえますか?

 ダンジョン黎明期を無双状態で過ごせちゃったりしますか?


「うん?」


 そこまで考えて、ピシリと固まる。

 今、結構、重大な事実に気付いてしまった。

 

 それは今、このダンジョン発生に巻き込まれたのが、俺だけじゃないという至極当たり前の事だ。


 恐らく、今回のダンジョンの発生は世界中で起こっているはずだ。

 あのアナウンスの言い方的には十中八九、そうに違いない。


 そう考えると、この学校にだって俺の他にも巻き込まれている人達がいるはずだ。

 その人たち全員が、生きて地上に戻れるのか……。 


「ゴクリ」


 思わず生唾を飲み込んだ。


___未曽有の大災害。


 脳裏にそんな言葉が浮かび、背筋をゾクッとした感覚が襲う。


 早熟効果を受けられたとして、全員が生きて帰れる保証は___どこにもないのだ。


___ガクガク、ブルブル。


 膝や腕が震え出す。

 高い確率で死者が出ることは、想定に入れた方が良さそうだ。

 さらにその中に、俺が入らないなどと言う根拠はどこにもない。ないのだ。

 今更、卒業したはずの厨二病を発症している暇ではない。


 正しく、恐れ。

 正しく、進む。

 この何も知らない洞窟ダンジョンの中を。


「あれ? これ、めっちゃ難しい案件なのでは?」


 底知れぬ脅威を感じ取り、俺は状況を改めて振り返る。

 今の俺の状態はまさに、武器なし、チュートリアルなし、食料なし、水なし、心構えなし、のなしなし状態だ。

 想定できるのは不確かな情報源であるラノベの展開だけ。

 中には、そんな情報すら知らない人たちだっているはずだ。

 考えれば考えるほどに、唐突に巻き込まれたダンジョンで生き残るのって無理ゲーに近いのではないかと思う。


「最低でも何か使える能力があれば……あっ」

 

 そう言えば、と固有スキルと言う項目を見つめる。

 そう、『まずは長押し』だ。

 俺はそっと、宙に浮かぶステータス画面を長押しした。


______

念導力 


 念じるだけで不可視のエネルギーを操ることができる。それは操る者によっては自由自在な力となり、強力無比なスキルとなる。ただし、熟練度が低い内は小石一つを持ち上げるのがやっと。努力すべし。


 熟練度:1 

______


「うん? え? は?」


 つ、強い?

 よな?たぶん??


 おそらくこのスキルは、戦闘系スキル。

 さらに、補助にも使えそうな潜在能力を秘めている万能型と言っても良い代物ではなかろうか。

 将来性は抜群。

 安全に、長く使えば、誰も見たことない景色を見れるかもしれない。


 だが残念なことに、今求めているのは、将来性なんて言う未来の代物ではなかった。

 即効性。

 出来るのなら、殴るだけで相手を圧倒出来るような、そんな単純明快な力が欲しかった。

 

「でもそれは……欲張り過ぎだよな」


 前を向け。

 現実を見ろ。

 今ある物で、生き残るしかないのだ。 

 こんなところで死にたくはないだろ?

 それに、こういう時こそアニメの主人公たちは諦めないじゃないか。


「ふふ、そうだ。そうだよな。諦めてばっかりじゃあだめだよな」


 なんとか心を奮わせ、決意は改めた。

 ならば、次にすることは行動あるのみ。

 俺は固有スキルの効果を確認するため、試しにその辺に落ちていた小石を拾ってみた。

 そして「浮かべ~、浮かべ~、浮かべ~」と心の底から強く念じた。


「マジか、マジかよ」


 効果はすぐに現れる。

 手に持った小石は、何の種も仕掛けもなく、宙に浮いたのだ。


「ふ、は、あはははははっ」


 なぜか、笑いが止まらない。

 行ける。行けるぞ。

 と根拠のない自信が湧いてくる。


___ギュッ


 握りしめた左手が痛いほど、手の平に食い込む。

 何のことはない。

 ファンタジーをこの眼で目の当たりにすることの方が、よほど俺を奮い立たせるには効果的だったと言うだけの事だ。


 恐らくそれは、他人から見たら滑稽な姿だろう。

 小石を浮かび上がらせただけで狂喜乱舞している奴がいるのだからな。

 地上の世界なら、お巡りさん案件確定だ。

 

 だがここはどこだ?

 学校か?

 駅か?

 スクランブル交差点か?

 

 否。 

 否、否、否ァァァ!!


 ここはダンジョン。

 ここはファンタジーが現実へと昇華した世界! 


「ああ、ここだ。今、この場所こそが___」


___ファンタジー世界


 俺は一人のオタクとして。

 一人のファンタジーに憧れを持つ健全な青少年として。

 この時、この瞬間、この場所こそが、俺の生きる場所なんだと。

  

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 そう強く自覚した。




★★★




 一通り叫んだ後で、俺は少し冷静になる。

 これが所謂、噂の賢者タイムとか言う奴なのかもしれない。

 多分違うが。

 っと、そんなことはさておき。

 一先ず今後の方針を決めようか。


「どうするかなぁ」

 

 はっきり言う。

 現状は非常によろしくない。

 なぜならダンジョンのどことも知れぬ場所で、たった一人だからだ。


 洞窟の先は、前後の一本の道のみ。

 食料はない。

 水もない。

 武器もなければ、防具も何て制服だ。只の布製品である。

 地図もない。

 土地勘もない。


 まさにないない尽くしだな。 


 このまま永遠にダンジョンで迷えば、俺は餓死する。

 強力な生き物に遭遇してもジ・エンド。

 俺は無残に屍を晒す事だろう。

 辛うじてダンジョンの怪物を倒したとしても血を流し過ぎては、出血多量で死に至るはずだ。


「あぁ、絶望的だなぁ」


 考えれば考えるほど、ドツボに嵌っていく。

 不利な要素が余りにも多すぎる。

 

「……けど」


 すべての選択肢が無くなったわけではない。


 万が一。

 億が一の確率を掴み取りに行くのだ。


 ここから、生きて出るために。


「……進もう」

 

 俺は一歩前に進むことにした。

 目の前には、ダンジョンの暗闇が待っている。

 その先が出口なのか。はたまた獲物を待ち侘びた怪物たちが待つのかは、正直分からない。

 分からないが、俺は選んだ。

 前へと進む一歩を。

 生き残ることを諦めない道を___選んだのだった。

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