先輩が弄ってくるんだが…

 先輩の引き締まった腕に引っ張られる俺の腕。


 「先輩!は、はな、離してください!」


 「じゃあ亮ちゃんも話してください!」


 「もう何やってんすか先輩!」


 「んーー?何が?ホラホラ」


 スポブラではあるものの胸の感触が伝わってきてしまう。どんどんと俺の腕を引っ張って、わざと当ててきてるようにしか思えなかった。


 「もう!いい加減に…」


 そしてそのまま真正面に立った先輩。今度は絶対にわざと胸を俺の胸元に押し当ててきた。そしてまた上目遣いで見てきた。


 「ねぇねぇ?亮ちゃん?」


 俺の背中に腕を回して、俺の上半身を引かせてくる。そのまま先輩の胸がどんどんと押し当てられてしまう。


 『あわわわわわ!んーーー!』


内心のどよめきを抑える。俺の童貞心を弄ぶ先輩に俺は抵抗できないままである。

 目線を逸らして耐える。いや、無理にでも離した方が良いか?俺は悩んだ末…


 『耐えろ!』


耐える事にした。別にいかがわしい意味ではない。ただ童貞であるのをバレないようにするにはこっちの方がいいかと…いや、少しはこのままがいいなという気持ちがある。


 「亮ちゃんは、彼女とかにこうやって抱きつかれた事ないの?」


 先輩は全く照れなどなく、堂々とこんな事をしている。余程男に慣れているのだろう。

 そんな事どうでもいい!俺はどう答えればいい?『ある』と言ったらなんか変な事され続けそうだ。ならば!


 「……ない…」


 言ってしまった。さぁ、どうなる!


 「…やっぱり。イヒヒッ!」

 

 先輩が少し悪戯心のある笑いをした後、先輩はすんなり離してくれた…


 いや、何ちょっと落ち込んでんだ俺。これでよかったんだ。これで…


正直、もう少しあのままでいて欲しかった。


 「もう…勘弁してください…先輩…」


 「亮ちゃんさぁ、下手に嘘ついたりしたらダサいと思われちゃうよ。本当に彼女いたの?もう素直に言ってみて」


 「…………いま…せんでした」


 俺の脳内に『チーーン!』と言う仏具のおりんの音が鳴り響く。


 「アハハハッ。もうバレバレだったよ。亮ちゃんは分かりやすい人。でも、そのおかげで亮ちゃんを信頼出来るって思った」


 「え?」


 「嘘を言っても行動でなんとなく分かった。だから嘘つけない人なんだって。普段の亮ちゃんとかも、他人に優しくて、真面目な所もあるし、全部嘘じゃないんだって改めて思えた。だから、信頼出来ると思ったんだ。私、亮ちゃんに頼んで本当によかったなぁって思えたよ」


 「あぁ、そうですか…」


 「後私から逃げようとする亮ちゃん、可愛かったぞー。天然だったし、面白かった!」


 「あっそうですか(怒」


 俺はちょっとイラッと来た。流石に俺をからかおうとしてあんな事されるとちょっと下心…が湧いてくる。

 

 「亮ちゃんこそ、変な女に引っかかっちゃダメだぞー。なんかチョロそうだし。童貞丸出しだし」


 「なっ!童貞じゃねーし!」


 「アハハハハッ。ごめんごめん。それは言い過ぎたね。女の子に慣れてない変…チェリーボーイって事で」


 「いやそれも同じ意味でしょ!あんまり変わってないし!後変態って言おうとしたでしょ!」


 もう頼むからこれ以上弄らないでほしい。せっかく助けてあげているのにそんな風だと助ける気が失せてくる。


 俺はムスッとした顔で先輩に拗ねる。


 「ご、ごめんって。亮ちゃんを弄った事は謝るからさ」


 「もう、先輩は自分の立場って言うのを弁えるべきです。今だってストーカーって言う被害に遭ってるんでしょ?だったら家の中だからとか関係なく、今すぐ上の服を着用して、誰が来ても大丈夫な格好でいてください!」


 まぁ身体を向こうから触って来たのは内心嬉しかったけど。


 先輩はニッコリと笑顔で返事をする。


 「ハイハイ。確かにこんな格好他に見せられないもんね」


 そしてそれの横を通り過ぎようとした時、俺の隣に立ち止まって小声でこう言った。


 「亮ちゃんだけだからね。こんな事できるの」


 「……え?」


 意味深な発言をした後、先輩は今日朝バイトに着て行った服を着用する。


 「これでいい?」


 俺は振り向く。


 「…はい。もうその格好で居てください!外でも、中でも…」


 「うん?なんか最後の方声小さくなってるけど」


 「あっ、いや、ずっとそんな感じで居てくださいね!」


 「プフッ!ハイハイ」


 満足そうな笑顔だった。そしてルンルン気分になった先輩はソファーに座った。


 「先輩、俺もストーカー退治に協力はしたいですけど、あまりにも先輩の行動があぁやって過激になってくるともう何もしてあげませんからね」


 「ハイハイ。ごめんなさい。確かに亮ちゃんの家に泊めてもらって好き勝手やり過ぎてるね、私」


 「まぁ、わかって頂けたなら次は…気をつけてください…」


 何か俺は惜しい事をしている気分になった。何かチャンスを逃している気がする。

 そう、先輩が色々と俺を弄ってきたりした時、俺は内心興奮した。もう俺の中でもしかしたら大学生活の中で幸せ絶頂だったかもしれなかった。


 「ねぇ、素朴な疑問なんだけどさ。さっき私に抱きつかれて…」


 こちらにまた視線を向けてきた先輩。


 「どんな感じだった?」


 「なっ!何聞いてんすか!?」


 「いやぁ、亮ちゃんの反応見てた時、内心どんな気持ちだったのかなぁって。ねぇ、実際の所は、どういう気持ちになった?」


 「……なんでそんな事聞くんですか?」


 「どうだったのかなぁって思って」


 こちらを見つめてはワクワクしながら聞いてくる。少しSっ気があると見た。


 「興奮した?」


 「ファッ!こ、興奮って!本当に反省していないみたいですね!」


 腕を組んだ俺は、顔を合わせられなくて逸らす。


 「反省したよー。亮ちゃんは頼りになるって思ってるし、いい人だって思ってるんだよぞ。でも可愛いらしい所もあって、ちょっと悪戯したくなっちゃうなぁって。それで?どうだったの?」


 「………興……奮……なんて」


 「んーー?」


 「……少ししました……」


 本音を話そうと決めた。正直、自分に嘘をつくのはしんどくなった。先輩も何も気にしていない様子だったし、大丈夫だろうと思った。


 「ふーーーん。やっぱそうなんだ。じゃあさぁ、私をこれからも仲良く居させてくれたら…もっとさっきみたいなのさせてあげてもいいよ?」


 「……はい?」

 

 一瞬ポカンと頭の中が思考を停止した状態になった。

 俺の中の欲望が掻き立てられる。さっきのがまた出来る…またされると聞いて、俺の中の『惑わされるな!』と言う己に厳しくする感情と『まぁ、それならいいんじゃないかな?』と言う甘えの感情が入り乱れていた。


 「せ、先輩。俺はねぇ、あくまで先輩をストーカーから擁護する為だけに泊めてるんです。そういう不純な事をする所まで行ってしまったら、俺は何の為に先輩を守っているのか分からなくなります。ちゃんと、守る為の義務を果たさないとダメなので、そういうのはやめましょう。お互いの為です。そういう事なんで、これからも大学生活と同じような関係でいたいです。俺はそれしか今の所言えませんので」


 「…そっか。確かに私がやり過ぎだよね。私も守って貰ってる人にあんな事言って、ちょっと悪戯しちゃったのは失礼な事だよね。ごめんなさい…でもありがとう」


 「あ、いえ…」


 なんか気まずい空気を作ってしまった。でも先輩も懲りたみたいで、なんとかもうあんな行為に陥らないと後から言ってくれた。


 俺も少し甘かったと反省している。さっき先輩に弄られて興奮したのを、先輩の誘惑するような質問に惑わされるそうになったし。

 そんなんだから俺は童貞なのかもしれない。チョロいんだ…俺は。さっきも変な女に引っかかるなと言われたが、正にその通りだと思う。今の俺は立派な人間なんかじゃないし非力である。

 だからこそ、今ストーカーに遭っている人を自分の力で守ってあげなくてはならない。何があっても。


 「じゃあ、もう夕飯作りに掛かりますね」


 俺はオムライスを作りにかかった。



 

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