ストーカー被害者を自宅に招くのは良くない!?

 俺はその後無事バイト先に着き、映画チケットを手にしたお客様にスクリーンの案内をする仕事を任されていた。

 もしお客様がスクリーンに入って、館内を出て行き、再び入る場合もお客様がチケットを持っているかを確認する。

 そして終わった後、館内のポップコーンや飲み物を捨てる際にゴミ入れを用意しておくのも俺の仕事である。その後掃除も任された。

 この作業を繰り返すのが映画館のアルバイトである。


 館内は汚い。箒を持って綺麗にするのだが、やはりマナーを守らない人が多い。劇場内で映画館で購入出来ない飲食物を買って食べている人がたくさんいるみたいで、明らかに某大手のファーストフード店の食べ物のゴミを捨てている人もいる。


 「相変わらずマナー悪いなぁ」


 そう愚痴りながらも綺麗に掃除を続けた。

 そして一通り終わったら、次の映画のスクリーンへのご案内をする。

 また何番スクリーンです、と案内を繰り返す。

 終わった後に先輩からこんな事を聞いてみた。


 「先輩。ちょっと変な事聞きますけどいいですか?」


 「面白い話だったら聞くぞ」


 俺の二個上の先輩だ。高校卒業してすぐに就職したらしいが、すぐに辞めてアルバイトで生活しているという。しかも一人暮らしらしい。

 一人暮らしの先輩からのアドバイスを聞きたいので、面白いかどうか分からないが取り敢えず尋ねてみる。


 「ストーカーの話です」


 「ストーカー?…ちょっと気になる」


 食いついてくれた。


 「俺、今ストーカーに遭っているん…」


 「え?マジかそれ!」


 「いやまだ話続いてるんで…。ストーカーに遭っているを今自宅に保護してるんですけど」


 「あ、お前じゃないんだ」


 「俺じゃないです。期待を裏切ってごめんなさい。で、その被害者の人かなりストーカーから酷い嫌がらせを受けていて、今ウチにいるんですけど、やっぱり簡単に招き入れるのは良くないですか?」


 「なんで?」


 「いや、先輩も一人暮らししてるって言ってたじゃないですか?それで、ストーカーの被害者をまだ犯人も捕まってないままで擁護すると、なんかこっちに被害が来そうで怖くないですか?」


 「まぁ一理ある。でもその人の事を本気で心配するなら、俺だったら長居させないけど、短期間の間で一緒に犯人を特定するまで住まわせるかもな。周りの人達が役に立たないのであれば、俺の手でその人を守る。その間に犯人をなんとかして探す」


 「行動力ありますねぇ」


 「まぁ、被害者が女だった場合の話だ。男なら話は別」


 「あっ、そういう感じですか…」


 結局そういう事になった。だが、先輩なら犯人が分かるまで擁護するが、あまり長いこと泊まらせないというのは確かに納得だ。

 しかし、犯人がいつまでも見つからないで、何かしらこっちに害を成した場合は嫌になる。それではもう遅いからだ。


 今の先輩は微妙な感じだなぁ。正直な所、一人暮らしがもう出来ない所まで追い込まれており、このまま放っておくのは可哀想になる。そして誰も力になってくれない状態である。いつ先輩の身に何かが起きては手遅れ。いち早く犯人を特定して欲しいものだ。そうすれば、こっちも無事被害もなく暮らせるし、先輩も俺も有意義な大学生活を過ごせるからである。


 「実際に今の須河はどういう気持ちだ?」


 「怖いですね。今日も安心して過ごせそうにない感じです」


 「そうか…。ちなみに擁護してどれくらいだ?」


 「まだ一日だけです。これからが不安なんですよね」


 「まぁ、早め早めに捕まえなきゃな。確かにストーカー被害ねぇ…考えたら怖いもんだなぁ。被害者側からしたら、見知らぬ人に自分の居場所が狙われている訳でしょ?そりゃ安心して眠れないよな」


 「はい。ぶっちゃけ俺も安易に手助けしてるから自分の身の管理も出来ない奴が、簡単に大丈夫でしょって言えないんですよね」


 「まぁ、俺には知ったこっちゃねぇなぁ。そもそもストーカー被害になんて遭った事もねぇし」


 「そんな事言わないでくださいよ。こっちは物凄く真剣なんですから」


 そして先輩は『心配しすぎだ』と肩を叩いた。

 俺は全然心配する。自分の生活に関わってくる事だから。

 

 俺はこの日先輩のアドバイスを聞いて、なんとかしなきゃと更に拍車が掛かったのだ。

 

◇ ◇ ◇


その後、先輩は一人で帰れるらしいので、俺は無事バイトが終わった事だしと、買い物をしてから帰る事にした。

 シャンプー二つと適当な食材を買い揃え、少々面倒だったが徒歩で帰る事にした。

 先輩に合鍵を渡しておいて正解だった。鍵を二つ用意していた、というか作って貰った俺はもう一つの鍵を持って寮近くに戻ってきた。

 辺りを見回し、怪しい人がいないかどうか確認する。

 そしてドアの鍵を開いている事が確認出来たので、手持ちの鍵をポケットに入れた。

 

 先輩物騒なことしているな。ストーカーに狙われているのなら、鍵は念の為閉めておかないと。自分の身に何か起きては遅いのに。後部屋に勝手に知らない人が入られると困る。


 「ただいま帰りましたー」


 俺はドアがしっかり閉まったのを確認すると、鍵を閉める。


 これで一旦は大丈夫だろう。


 玄関には乱雑に置かれている先輩の靴があった。それをきちんと履きやすいように並べて、俺の靴も揃える。

 廊下を歩いて真っ直ぐリビングに向かう。

 リビングは繋がる扉も半開きだった。

 

 「帰りましたよ」


 「あっ、おかえり亮ちゃん」


 カーテンが開けてあるので日光が中へと入っていた。その先は先輩が使った布団が畳まれていないまま敷いてあった。


 「先輩、鍵はしっかりと閉めといた方がいい…」


 「ごめん。次から気をつけまーす」


 俺は先輩の格好に目を疑う。


 「いや!なんちゅう格好でいるんですか!」


 その姿は、上半身が恐らくスポーツジムで貰った物であろう黒のスポブラを着用しており、下半身は昨日先輩が着用していたジャージ姿だった。

 シャワーを浴びたのだろうか?自分の家のタオルを首に巻いており、頭の水滴を拭き取っていた。

 その姿を見た俺はすぐに両手に抱えた食材やら日用品の入った袋を床に置いて、普段着に着替えるように指示する。


 「シャワー浴びたから」


 「いや見たら分かります。ちょっと服着てください。ただでさえストーカーとかに狙われている人がそんな姿で家に居てどうするんですか?」


 「スポブラだよ?大丈夫でしょ?家の中だし」


 「いや、外から見られている可能性だったあるかもしれないじゃないですか?」


 外の景色は普通に電車の踏切や歩道が見えるので、外からでも中の様子は見れる事は見れる。だからこそそういう所も配慮するべきだと感じた。


 「もう、今ちょっと暑いからもうちょっとだけこのままで居させて」


 そう言ってソファーに座り、足をバタバタさせた先輩。


 「いや…よくないでしょ…」


 「亮ちゃん考えすぎだよ。でも…」


 そういうと先輩がこちらに目線を向けた。


 「そういう人への気遣いが出来る亮ちゃん、大好き」


 「いや、でも…そ、そうですか…」


 反論をしなかった。いや、出来なかった。


 クソッ!甘いぞ!俺。思わず先輩のその笑顔と発言に負けてしまった。

 本当に大丈夫かよ。ちょっと家だからって流石にその格好はなんかなぁ…

 後、俺がその格好をやめてほしい理由がもう一つある。胸だ…。

 その大きなスポブラのサイズに収まってない胸が何より気になる。ここは他人の家。しかも異性のいる家なのに、そんな格好よく出来るなぁ。俺がストーカーだったら迷わず…これ以上はやめておこう。


 「あー、暑い。あっ、水貰っていい?」


 「え?あっ、はい。いいですよ。冷蔵庫の中にあるんで」


 そう伝えると、冷蔵庫の方に向かう先輩。

 スリムな上半身である。腹筋も若干割れてて細身のある体型。背中のラインが綺麗だし、後髪をポニーテールに束ねていたので、すぐ俺の横を通り過ぎて行った際にうなじに目が行った。セクシーである。


 「紙コップどこ?」


 冷蔵庫からペットボトルの飲料水を取り出してそう言ってきた。


 「あ、台所の下の棚に入れてます」


 「ありがとう」


 そう言って、先輩が棚を開け紙コップを取り出した。一枚手にすると、水を半分ほど入れた。俺はその様子を、先輩の身体をチラ見しながら同時に見た。

 一気に飲み干す姿は、トレーニング後の選手みたいだった。

 飲み終わると、『ふぅ』と一息つく先輩。


 「うん?どしたの?」


 すっかり生き返った先輩は、こちらに尋ねた。


 「あっ、いや、ごめんなさい」


 「何が?」


 「あっ、別になんでも…」


 そう言って、買い物袋の中からお惣菜を取り出して台所に置きに行く。


 「んーーー?」


 こちらに視線を寄せながら近づいてくる先輩。なんだか俺が怪しいこと考えてるんじゃないか?と疑った目でニヤッと笑みを浮かべる。


 「な、なんでしょう?」


 「さっき、私の事なーにジロジロ見てたの?」


 「いや?ジロジロとは、み、見てないですよ?ちょっと先輩の事が心配だったから『本当に大丈夫かなぁ?』って」


 「そーなのー?」


 まだ疑ってる。こちらを横目で見ながら疑い続けている。段々と胸が当たりそうなくらい距離を詰めてきている。


 「せ、先輩は危機感なさすぎでしゅ!ここ、俺の家なんですから!」


 思わず噛んだし、目も合わせられないし。とにかく俺は、さっき先輩の身体をジロジロ見ていた事をなんとか言って誤魔化した。


 「そう…」


 その一言で離れてくれた。そしてリビングに戻る先輩。


 なんとか誤魔化せたか?とにかく先輩が離れてくれてよかった。


 すると先輩がソファーに腰を大胆に降ろして、テレビを点けだす。

 俺は食材をとにかく台所に置いて、内心の焦っていた状態を平常に戻していた。

 

 「亮ちゃん」


 「はい?」


 先輩はこっちに体勢を逸らし向けてきた。

 そして笑顔で俺を見つめる。


 「ありがとう!心配してくれて」


 そういうとテレビの方に身体を向けたのだった。

 俺は食材を台所に置く作業が止まった。が、すぐ我を取り戻した。


 「あ、はい…」


 そう言って、内心の照れが湧き出てきた。それを誤魔化す為に先輩の方に背を向ける。

 俺はちょっと笑みが溢れた。


 

 


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