先輩のバイト先へ
朝俺はなんとなく目覚めた。
ゆっくりと体を起こしては、眠気を振り払おうと無理矢理意識を目覚めさせる。そして台所に向かい、昨日購入した飲料水を紙コップに注いだ。
感覚が分からず、俺は溢れそうになったのを慌てて止める。
「…あぁ、溢れた…」
台所にあったタオルで適当にやや溢れた飲料水を拭き取る。
ゆっくりと溢れないように口元に紙コップを持って来た。上手くいった。そして少し残しておいた。
「ふぅ…何時だ?」
意識が段々取り戻せたようになった俺は、自動バッテリー充電機にコードが刺さったままのスマートフォンの電源を入れた。
「あぁ…もうそろそろか」
俺はソファーに座って背伸びをすると、元々テーブルがあった所で寝ている先輩を起こした。
テーブルは折り畳み式だった為、端に畳んで置いてある。
「せんぱーい。おはようございまーす。もう七時ですよ」
「……うーん…うん?………亮……ちゃん…」
「おはようございます。先輩」
「おはよう…」
そして掛け布団を顔まで持っていき蹲った。
「いや先輩。今日バイトですよね?早く支度してくださいよ」
「うーん…わかった。じゃあなんとかして起こして…」
「わがまま言ってると置いていきますよ!」
その後、もう全く返事をしなくなった。俺は、よく中学の頃から母親にやらされていた事を真似してみる事に。
「そんな事する人はこうです!」
掛け布団を無理矢理剥がす。そして寝ている先輩を上から見降ろし続けるのだ。
これは中学の頃夜更かしばかりしていて朝が弱くなった時に、俺を無理にでも起こす為に母親がやっていた事。これでもし二度寝するのなら、そこに軽く頭を叩かれたり、就寝服を脱がされたりと色んな事をされた。
しかし、今寝ているのは女性である。流したりはしない。
「うぅ…亮ちゃんの…意地悪…」
「さぁ、起きてくださいよ」
そしてカーテンを開ける。これで日差しの影響で更に目が覚めるようになる。
アンモナイトの甲羅の模様みたいに丸くなっている先輩の顔には、日光をまじまじと浴びていた。
俺は、先輩をほっといて先に朝食を作ることにした。と言ってもコーンフレークである。
大きめのお皿にコーンフレークを注いだら牛乳を入れる。先に自分の分だけ作った。
そして先輩がやっと目を覚ました様子。
起き上がっては、クシャクシャの髪を掻く。
「起きました?先輩」
「うーん…おはよう…」
背伸びをした後、朝の挨拶を交わす。もうバッチリ目が覚めて、台所に向かった。
「お水欲しい」
「どうぞ。そこの紙コップ使って下さい」
「ありがとう。これ、亮ちゃんが使ったやつ?」
「え?そうですけど…」
「ちょっとちょうだい!」
そう言うと、飲み掛けの飲料水を気にせずに先輩は飲んでいる。
…!?。か、間接キス!
いや、気にするな!こんなん大学生になればみんな平気なんだろう。俺が童貞である為に過剰なだけだ!うん、そうに違いない!
「せ、先輩、コーンフレークしかないですけど食べます?」
「うん、食べたい」
「じゃあ作っておくんで、着替えにでも行ってください」
「わかった。ありがとなー。あっ、布団もありがとう」
そう言って水を飲み干してからトイレに向かった先輩。
「ふぅ…朝からちょっと刺激が強かったなぁ…」
まさか新しい紙コップではなく、自分の飲み掛けを飲むなんて思いもしなかった。先輩は大人なんだなぁ。
そしてトイレから戻ってくると、布団を畳もうとする先輩。律儀な所もあるのかと感心した。
「そのままにしておいていいですよ。俺片付けておくんで」
そう伝えて、コーンフレーク二人分出来上がった。
スプーンも用意した後、テーブルの方へ持って行く。
「はい、どうぞ…」
先輩が地に腰を落として背伸びをしている。その姿が、自分が童貞だからだろうか、異様な女性の色気を感じた。
ヨガのポーズで背を伸ばし、上半身の服から肌が露出する。腰元に目が行ってしまったのだ。
突然の事でコーンフレークを落としそうになり、テンパった自分を落ち着かせる。
「うーん…ありがとう」
俺に背を向けた状態でそう伝える先輩。
こちらへ振り向いてテーブルまで寄ってくる。
目の前のコーンフレークを見るや、律儀にいただきますと手を合わせた。
さっきまでクシャクシャだった髪がややいつも通りの整った髪になっていた。
「そういえば、今日何時までなんですか?アルバイトは」
「今日午後一時まで勤務」
「じゃあ、俺より早いですね。何時間勤務なんですか?」
「4時間半勤務。亮ちゃんは?」
「一応九時半から午後二時までなんで、四時間半ですかね?」
「いつもそれくらいなの?」
「まぁそうですね。バイトの人達は基本あんまり夜中までの時間働いてる人がいないですね。大体午前から午後、もしくは午後から夕方までくらいかな?」
「へぇ。バイトって結構大変な日とかあるの?」
「もうほぼないと言っていいですよ。館内の掃除が大変って言うくらいかなぁ?先輩は?」
「特に。だってトレーナーの人達の監視するくらいだもん。トレーニング器具とかで怪我をする人がいないか監視するの。それが主な業務」
「へぇ。それで時給が高いのはいいっすねぇ。あっ、そうだ!帰る時俺が遅いんで、鍵渡しときますね…あ、でもどうなんだろう?」
俺は考えた。
ストーカーに朝昼夜ずっと最近追われているとなると、もし一人で帰ってきた時に俺の家がストーカーに特定されるのは嫌だ。だから出来るだけ二人で家に帰った方が…いや、それでもバレるか。でも一人で帰らせるとなったら危険だよなぁ。
っていうか今日で先輩は自分の家に帰るのか?一日だけ泊めてって言ってたからなぁ。どうなんだろう?
「先輩。今日バイト終わったら一人で自宅に戻ります?」
「……うーん。正直、自宅に戻りたくないんだよね。私ね、つい最近までストーカーの人が家の前にいて、ノックしたり、変な物置いてきたりして。凄く怖かったのはバイトから帰ってきたらドアに貼り紙がされていて、『ずっと見てるよ。ユイ』って書かれていた事とかあったんだ。それで流石に警察とかに行っても取り敢えずわかったって言われて。そこから犯人が捕まらなくってさ。だから家も特定されているみたいなの」
ある種脅迫されているのか。それなのに警察は動いているにも関わらず、まだ犯人を捕まえられてないってどういうことだよ。
だが、俺はこの時不謹慎ながらも『自分の家も同じ目に遭いたくないから、とっとと出て行って貰いたい』と思ってしまった。
だが、もう一つの考えもよぎった。『これは誰かが守ってあげないと危ない!近くにいるのは俺だから守れるのは俺だけだからなんとかしてあげないと』という責任感。
「…それは危ないですね。じゃあ、もう一日とは言わず、しばらく俺の家にいます?」
「…できれば、お願い」
「わかりました。じゃあしばらくはこの家にいて下さい。その方が安全かと」
だが俺の家にも被害が出たら嫌だなというのもある。警察署は歩いて七、八分くらいの所にある。ちょっと遠いが助けを呼ぶ時はそこに頼ろう。まぁ力になってくれるか分からないが。そう決めたのだ。
「そういえば先輩の自宅がどこにあるか知らないんですけど、どこら辺ですか?」
「実は私、大学からちょっと離れたマンションに住んでるの。そこ結構安くて、学生がいっぱい利用しているみたいなの。だからよく同じキャンパスの生徒達とすれ違うんだ」
「なんか、そっちの方がストーカーに狙われにくい気がするんですけどねぇ。不思議ですねぇ」
「そうだよね。でも、管理人に言っても全然対処してくれないの。挙句の果てには被害が大きくなっていったら出て行って貰うって言われた」
それは酷い。幾らなんでも可哀想だ。
俺は話に夢中でコーンフレークに手を止めていた。
「まぁ正直、結構被害出ちゃってるから出て行かされると思ってるんだよね。だからどうしようって思ってたの。そしたら今日こんな風に泊めさせて貰って」
「先輩大変ですね。まぁ、俺も力になれる事があるなら協力します。ぶっちゃけ今の話を聞いて、見捨てるのはちょっと可哀想だと感じたのでね」
俺はコーンフレークを食べ終わり、台所に置いた後着替えに向かう。
この時に俺は、さっきまでストーカーの被害に遭いたくないと思っていた自分を捨てていた。なんとか力になろう。そう思ったのだった。
その後先輩も食事を終えて、着替えを済ませた。そしてバイト先に向かうのだが、先ずは先輩を送りに行くのだ。
しっかりと家の中も全部鍵を閉めているかチェックした。そして電気も消して、ついでにカーテンも閉めておこうと思った。そして家の鍵も締めて向かう。
もう先輩のバイト先は知っていたので、ある程度の道は理解していた。だから道を聞く必要もなかった。
「先輩。一応これ合鍵です。もっといて下さい」
「わかった」
そう言って先輩に合鍵を渡した。
今日は自転車を使わないで行く事に。普段は自転車でバイト先へ向かうのだが、隣に先輩もいる訳だし、自転車で自分だけ行くのはなんだか失礼な気がする。だから歩いて向かう事にした。
「もうすぐ私のいた自宅らへん」
「この辺ですか?」
マンションと言っていた。それらしきモノを見つけようとしたが見当たらない。というのも、今いる場所が昨日先輩が言ってた不動産屋を曲がった所であり、その近くにはマンションなんてあったか?と考えていた。
「一応あのマンション」
先輩が指を指す。
その方角は先輩が通っているであろうジムの方角。だが、俺はそのマンションらしい建物が視界に入った。
綺麗に並ぶ住宅地がある。その中に紛れ込む古びたマンション。それが以前一人で住んでいた自宅らしい。
一見古びたマンションではあるものの、枯れた蔦がベランダに伸びて絡まっている。しかも建物に誰かがペイントスプレーで落書きしてある跡も見える。
遠目から見てもかなり酷いマンションだった。
「外見…」
「まぁ、結構見た目良くないよね。でも中は普通だったの。ストーカーさえいなければ住み続けられるのに…。でも亮ちゃんの住んでる寮の方が快適だったなぁ」
まぁそのマンションの中を見ていないから口では言えないが、多分そうだろうなと俺も思った。
そしてしばらく一緒に歩き続けると、先輩のバイト先のジムが見えてきた。
赤い看板に白の字で『ULTIMATE』と書かれてあり、腹筋が6つに割れておりムキムキの筋肉男性の姿とスリムな女性姿が写っている写真が看板にある。
「ここだ!」
「無事何事もなく着きましたね」
「うん。ありがと」
「よかったら帰りも迎えに来ましょうか?」
「まぁ、一人で帰れそうだったらそのまま帰る。なんかあったら電話する。それじゃあ」
そう言って先輩はジムの方に向かったのだった。
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