ストーカーに気づいたのは?

 先輩がソファーに正座し始める。


 「ねぇ、亮ちゃんって結構いろんな人助けたりするけど、もしその人達が裏切ったりしたらどうするの?」


 いきなり訳の分からない質問をし始める先輩に、俺はテレビから視線を逸らして答える。


 「いや…別にどうもしない…っていうか。その人が害を与えて来なければ別になんとも思わないです」


 「人を簡単に助けちゃうってなんか自分に被害が出そうで怖くない?特に今日とか、細井君にお金を貸したりしたんでしょ?帰ってこなくて、そのまま逃げたりしたらどうするのって思ったんだよねぇ。私も昔、友達に貸してた物が帰ってこなくなった事があってさ。だから出来るだけ人には何か自分の物を貸すなんて事に抵抗あるんだよねぇ」


 俺は水を飲む。喉が潤いを求めてきた。その理由は、先輩が話の途中に犬が屈む姿に似た事をしてきたから。また胸元に視線が行ってしまうのだ。


 「お、俺もありますよ。貸した物を返してくれなくて、そのまま別れた友達とかいますし。そいつ、今めっちゃ幸せらしいですし」


 「それで相手に対してなんとも思わないの?」


 先輩の方に視線を向けるな!俺!

 この人はなんでそんな体勢で聞くんだ?誘っているのか?


 「別に…相手が幸せだからと言って憎んだりはしないですね。どうでも良くなりました。まぁ、そういう人間なんだなって思うくらいです」


 「優しいねぇ。私もそのおかげで今助けられているし…」


 俯き出した先輩を横目でチラ見する。後ついでに胸も。


 そういえば気になっていたのは、ストーカーの事だ。一体どういう経緯でストーカーされていると思ったのか。


 俺は水を飲み干すと、ストーカーの件について色々聞いてみた。


 「そういえば先輩。ストーカーされてるって言ってませんでした?」


 「それ!」


 急に上半身を立ち上がらせた。そして俺の目を見つめてくる。


 「実は二年に上がってからストーカーに遭ってな!それでずっと困ってたんだ!それで周りに言っても助けてくれる人は居なくて、警察も大した被害が出てないからどうしようも出来ないって言われてさ。私の手でどうしようも出来ないってなって困ってたんだ!」


 なんか堂々と言ってるからそんなに困ってなさそうな感じだが。


 「そうなんですか…」


 「でも、亮ちゃんが居てくれて助かった。ずっと自分の家に居たら誰かに追われている気がしてさ、もうずっと怖かったんだ。だから自宅に戻りたくないなぁって思ってた。誰かの家に泊めさせて貰いたいと思った時、一番最初に頭に浮かんだのは亮ちゃんだったんだ。だから無理矢理でも泊めて貰おうと思って」


 「だからあんなに強引な行動に出たと?」


 「どうしても入れて欲しかったからなぁ。私は一人でいつも帰るのが心細かった。帰り道が同じの友達がいなくて一人になると夜が特に嫌だった。五限目の日は本当恐怖でしかなかった。帰りたくないなぁって思ってたんだよ。だから五限の日は休んだりもした」


 「で、今日はどうやって来たんですか?」


 「一人で歩いて来た」


 いや、一人で来てるじゃないですか。と言いたかったが飲み込んだ。


 「家から色んな物持ってきてはそそくさに出て行った」


 「なんで俺の家がわかったんですか?」


 「亮ちゃん一人暮らしって言ってたでしょ?だからこの辺だと寮しかないんじゃないかって思った。それで色んな人から情報を得たりした。後、自転車を見て同じ物があったら『亮ちゃんのだ!』ってなるから自転車も探してたんだよ。それでついこの前亮ちゃんがここの寮に住んでるっていうのを知ったから今日ここで待ってたんだ。なんなら尾行しようとも思ってた」


 先輩もストーカーっぽい事してるじゃないですか。と言いたくなったが、吐き出しそうになったのを無理矢理止めた。そして飲み込んだ。


 「情報を得る際に他の人とかにも頼まなかったんですか?泊めて欲しいと」


 「うん!だって亮ちゃんしか頭になかったもん!」


 こっちにサムズアップしながら言った。


 「いや、先輩の女友達とかいるでしょ?」


 「えー。だって、女友達に頼ったら同じ目に遭わせちゃうかもしれないしー。男友達が同世代にいるけど、彼女とかいるしー。頼れる人が限られてきて、一番心強そうなのは亮ちゃんだと思ったの!」

 

 キラキラした瞳の上目遣いで先輩が言ってきた。


 だからやめて欲しい、その目と体勢。なんでそんな風に接するんですか…。大学ではそんなんじゃないでしょ…


 「うっ……もう分かりましたよ…でも余りにもこっちに被害とか来たら出て行って貰います!それは約束して下さいね!」


 こっちにも被害が来たらたまったもんじゃない。せっかく一人暮らしである程度生活が馴染んで来た矢先にストーカー被害に遭うなんて。

 ここの学生寮って案外しっかりしてないんだよなぁ。色々と…

宗教や新聞勧誘も来るし、チャリを盗まれた人も居るらしいし。


 「うん!じゃあ、連絡先!交換しよ!」


 「え?……連絡…先」


 「え?連絡先交換とかやるでしょ?」


 「あぁいや、そりゃあやりますけど…」


 俺のスマートフォンに異性との連絡先なんて、母親くらいしかない。まさか、学生時代一度も異性と連絡交換なんてした事ない俺が、初めて連絡先を教えるとは!


 「わ、分かりました…じゃあ」


 そう言って、俺は自分のスマートフォンを手に取る。そして交換し合うと先輩からメッセージが届く。

 妙な生き物のスタンプだった。


 「届いた?」


 「はい。ってかこの生き物は…」


 「分かんない。取り敢えず適当に送ってみた」


 「じゃあ俺も送りますね」


 俺は普通にメッセージを送った。『届きましたか?』と。


 「うん。これでオッケーだな」


 「で、話戻しますけど…ストーカーの犯人の姿とか特徴とかないですか?」


 「うーん。見た事あるのは、なんか真っ黒のパーカーを着てたくらい。丁度夜で暗くなる前に見た事あったなぁ。それから何回か同じパーカーの人を見かけて、後キャップ被ってて、黒のマスクも着けてたなぁ」


 聞いた限りでは完全に怪しすぎる。尾行するにしては周りに見られたりしたら不審者と通報受けてもいいくらいじゃないだろうか?


 「身長とかは?」


 「普通くらいかなぁ?おじさんっぽい感じでもなさそうだった。あぁ!そういえばズボンにチェーン付いてた!」


 まぁヒントになりやすいのはそれくらいらしい。

 俺の中では不良にチェーンでイメージしたのは、不良みたいな奴ってイメージだった。でも堂々としていないなぁ。じゃあ違うのか?


 「私さぁ、結構走りには自信あったからめっちゃ早く逃げられたけど、なんか街とか歩いているとどっかで必ずと言っていい程見かけている気がするんだよねぇ、その怪しい人。だからアルバイトとかも行くの怖いんだよ。誰も助けてくれないし、バイト先まで着いて来られると迷惑かけちゃうし」


 「それは辛いですねぇ。仕事に支障出たら嫌ですもんね」


 「そう。もう最近なんて大学内にもいるんじゃないかって思い始めてビクビクしてる」


 疲れた姿勢になってソファーの背もたれにもたれかかる先輩。


 「もう色々あって、今日まですごしていたって事。亮ちゃんが居てくれなかったら私もう大学生活が嫌になっちゃいそうだったよ」


 「まぁ、力になれて俺も嬉しいですよ。自分は助けようとした訳じゃなくて、先輩の強引ではありますけどね…」


 先輩は溜息を軽く漏らす。


 「アルバイト…実は私もなんだよねぇ。私、朝も追われていた事もあって辛かったんだ…ねぇ、明日アルバイトって朝?」


 「はい。俺九時に出る予定です。先輩は?」


 「私は八時くらいに出れば間に合うから…ねぇ、明日一緒に……行こ」


 なんか顔まで背もたれに落として横向きになって話してきた先輩は、またこちらをじっと見つめてくる。


 「…まぁいいですけど、道はどっち方面ですか?」

  

 先輩はむくりと起き上がって、廊下の方に顔を向ける。


 「えーと。こうだから…こっちかな?」


 たまたま俺が行く道と同じだった。


 「なんか不動産屋があるでしょ?ホラ、大学に向かう途中にある所」


 「あぁ、あそこですか?なんか小さな駐車場がある所ですよね?」


 「そう!そこそこ!そこを右に曲がる所があるからその道を真っ直ぐ行き続けると着くんだ。私のバイト先」


 「……もしかして先輩、『アルティメットジム』って所ですか?」

  

 「そうだよ。えっ?知ってるの?」


 「俺は行った事ないんすけど、実は門屋が大学に入ってからそこ行って筋トレしようか迷ってた所ですよ。アイツ結構筋トレとかハマってるみたいで、ジムを探してたらしいんです。そこが一番近そうって言ってました」


 「そうなんだ!だから知ってたんだね」


 「まぁ俺は絶対行かないですけどね」


 「急に否定するじゃん…亮ちゃん」


 先輩はちょっと落ち込んだ感じになった。


 「じゃあ明日朝宜しくね。一緒に着いてきてね」


 ニッコリと笑顔になった。


 「…あっ、はい……」


 俺は初めて異性とどこかへ行くという事になって緊張してきた。しかし、行くと決めたのなら行くしかないか、と自分に言い聞かせるのだった。


 

 

 

 


 

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