先輩と夕飯

 俺はカレーをもう一人分作る事に集中する。

 ガチャっとドアが開き、シャワーを浴び終わった先輩が頭をタオルで拭き取りがら出てきた。


 「ありがとなー。亮ちゃん」


 そう言って勝手にソファーに座り込んだ。

 

 「…デリカシーが皆無だなぁ。あの人…」


 ぼそっと呟く俺は、プレートに白米を乗せる。


 「先輩。なんかご飯食べたんですか?」


 「いや。私まだだよ?おっ!カレー作ってくれたの?」


 「はい。よかったら先輩の分も作るんで食べます?」


 「是非!」


 と言ってもレトルトだが。まぁ取り敢えず用意する事にしよう。


 「レトルトのカレーですけど」


 「全然いいよ!」


 ワクワクそうにそう言った先輩。俺は先輩の分のレトルトを電気ケトルのお湯から取り出した。

 水気をしっかり取った後、ルーを丁寧に入れる。


 「亮ちゃんは普段料理ってするの?」


 「まぁ。でも今日は手っ取り早い物にしたいって思ってレトルトのカレーにしました。たまにはいいかなって思って」


 「そうなんだ。私もインスタント食品は久しぶりだなぁ。料理って一旦手を抜くと面倒くさくなるもんなぁ」


 「あぁ、それ分かります。俺も一回手を抜いてファーストフード店で食事済ませた時、翌日から料理するの面倒だなってなった事あるんで」


 そして先輩の分も出来上がった。

 先輩はタオルを洗濯機に入れに行く。先輩の寝巻き姿をつい視界に入ったので見てしまった。

 上はサイズ普通の長袖で、これまた英語で何か文字が書かれてある。だが問題なのは、先輩の服がぶかぶかな件についてだ。

 先輩がこっちに向かってくると、胸元がぶかぶかになっており、上半身を倒せば胸が容易に見えてしまうくらいである。しかも、先輩意外と胸がデカい!普通に健全な女性よりも胸が大きいのではないだろうか?と言えるくらいである。その為今でもやや胸元のラインが見えかけである。

 まぁ、下はジャージなのでなんの問題もなかったが、いかんせん上半身をなんとかして欲しいものだ。


 「……テーブルの上に置いときますね…」


 俺は先輩の方を出来るだけ見ないようにして、内から湧き出てくる童貞心を鎮める。


 「ありがとう!一緒に食べよ!」


 「……はい」


 はいって言っちゃったよ…


出来るだけ離れて食べたいが、食卓用テーブルとかない為ソファーに座っていつも食事をしている。まぁ、向かい合わせで食べれば…いや、それは視界に困る。集中してご飯が食べられない。違う意味でご馳走様になってしまう。


 俺はスプーンを持ってきて、どうやって食べるか考えていた。しかし、結果は結局隣り合わせで食べるとなった。

 ソファーは座らず地べたに腰を降ろして食べる。この時も、先輩をつい見てしまった。食べる姿はなんともないのだが、やはり胸が気になる。


 「うん。これ美味しい。どこのカレー?」


 「……コンビニオリジナルなやつです」


 返答の時は堂々と話せたが、先輩の方を見れなかった。

 勝手にテレビを点け始めた先輩。そういや最近テレビなんて観てないなぁ。ネットばかりにハマっている俺はもうテレビなんて時代遅れというか過ぎた物と思えた。

 テレビを観ながら食事をする先輩。時々、笑みを浮かべながら熱中している。もちろんカレーも残さずに平らげた。


 「ご馳走様!」


 「俺も、ご馳走様でした」


 そう言って二つの食器を台所に持っていく。

 俺はプレートとスプーンを洗っていた時、先輩がソファーから声を掛けてきた。


 「ねぇ?亮ちゃんってアルバイト何やってるの?」


 「映画館のスタッフです。あれですよ、チケットを切って館内の番号言ったり、上映が終わったら掃除するスタッフいるでしょう?そのバイトです」


 「へぇー!変わったバイトしてるじゃん!時給どれくらい?」


 「まぁ、平日だと900円。休日は1100円ですね。後、ゴールデンウィークとかシルバーウィークになると更に上がる感じです」


 「真面目で偉いなぁ。バイトしてるのって」


 「先輩もバイトしてるじゃんないんですか?」


 「私はスポーツジムでアルバイトやってる。時給もいいし、終わったらジムでトレーニング出来るから最高だよ。高校の時から部活でもお世話になってた所だったんだ」


 「先輩、高校は何やってたんですか?」


 「サッカー部。それでそのジムにはフットサルが出来る施設があって、高校の時友達とそこでフットサルを積極的にやってたんだよ。そしたら大学が近いしって事でバイト募集した。亮ちゃんは?何部だったん?」


 「俺バスケットボールやってました。ちなみに副キャプテンでした」


 「へぇー!凄いじゃん!」


 「いや、俺元々バスケットボールやるつもりなかったんです。違う部活に入りたかったんですよ。そしたらメンバーから才能あるとか言われて、副キャプテンまたやらされて」


 「バスケじゃなかったら何に入ろうとしたん?」


 「剣道、空手のどっちかでした。全然違いますけどね」


 「なんで?」


 「俺、小学生の時空手してたんすよ。言ってもそんなに階級高くないですけど。中学に入ってからは水泳部に入ってました。それでもう一度空手やりたいなぁって思ったんですけど、空手がやってなかったんですよね。それで剣道はどうだろうって思ったら、変な先輩にバスケットボールに強引に入れさせられたんです。その結果楽しくなかった思い出がありますね」


 「でも、いろんな事やってて偉いじゃん!」


 「そうですか?楽しい貴重な青春を自分の好きな事に専念出来なくて後悔しまくってましたよ。今となってはどうでも良くなってるんですけどね」


 そう言って、台所の掃除も終えた俺はソファーに向かう。

 この時、先輩のぶかぶかな服装が目に留まり、胸元に目が行ってしまった。何せ先輩はソファーの背もたれに、その膨大な乳房を乗せているからである。

 だが、先輩は何も気にしない様子で話を続けている。

 

 「そういえば、亮ちゃんの玄関の所に置いてスケボーは亮ちゃんの?」


 「え?あぁ、アレ俺のです。高校からスケボーやってたんで、ちょっと続けてるんですけど、ここら辺はスケボー広場とか運動公園とかないから出来ないんですよね」


 「そうだよねぇ。ここら辺遊び場って言ったらスポッチャくらいだもんね」


 「スポッチャはスケボー出来ないから置いといたままなんすよ。実家に帰してもいいかなって思うくらいで」


 「ふーん。でも本当にアクティブだよね、亮ちゃんは。空手、水泳、バスケ、後スケボー」


 「後、パルクールって先輩ご存知ですか?それもやってますよ。高校入学した時、動画配信者でやってる人を見て格好いいって思ってたから一人で練習してたんですよ。今でもちょっとは出来ますし」


 「へぇー。パルクール…なんか聞いた事ある…ちょっと調べよ」


 そう言ってスマートフォンを手に取って調べ始めた。先輩のスマートフォンは最新の機種だった。ちょっと羨ましく思った。


 「へぇー!これかぁ。知ってる知ってる。こんなんも出来るんだ!」


 「それ、プロの人のやつじゃないですか。俺、まだまだそこまでじゃないですよ」


 俺は、先輩の観ている動画を見下ろして言った。


 「でも確かに格好いい!運動がただ得意な人でも難しいよねぇ。こういうの。なんていうか、度胸がいるよね。うわっ!さっきの凄い!」


 動画に夢中になっている先輩をほっといて俺はシャワーを浴びる事にする。

 服を洗濯機に放り込もうと蓋を開ける。先程先輩が使ってたタオルが入ってあった。その上に自分の服を乱雑に放り込む。

 そしてシャワーを浴びる。先輩が使ったであろうヘアシャンプーとボディシャンプーが置いてあった。

 隅の方寄せた後、自分のシャンプーを取り出して髪を洗う。

 この時気づいた。髪シャンプーが殆ど残ってない事に。


 「明日バイト終わりに買いに行くか…」


 そう言って髪を洗い終わり、身体を洗おうとした時だった。


 「…あれ?え?もうないじゃん!」


 俺のボディシャンプーがプッシュしても出てこないのだ。気になって中身を見てみると、中はすかんぴんだった。


 「マジか…どうしようかな」


 俺は考えた。

 先輩の使ったやつを使用するか…いや、それは変態行為だ。勝手に使うのは申し訳ない。いや、そんな事しなくてもいいか!


 俺は自分のボディシャンプーの容器にお湯を入れて溶かした。そしてボディタオルに染み込ませる。


 「これでよし!」


 そして俺の身体を洗いだす。しっかりと泡立っていたのでよかった。

 そして洗い流すと、髪シャンプーとボディシャンプー容器を取り出し、風呂場を出た。

 そして身体を拭き終わると、二つの容器をゴミ箱へ捨てた。

 俺は就寝服に着替えた。

 相変わらずダサい。真っ白のシャツに青のジャージ。鏡で見た自分の姿は、中学生の部活姿かよ!とツッコミたくなるくらいダサかった。

 普段就寝服なんて誰にも見せないからこだわりとかない俺は適当に選んだのを買って身に付けているのだ。だが先輩がいると、なんだか見せたくないという羞恥心が湧き出てきた。

 しかし、もうどうでもいいかと自分に説得させてリビングへ向かう事にした。

 風呂場から出てきた俺を横目で見てくる先輩。


 「…ふーん」


 リビングに向かおうとした時、やたらと視線を感じる。


 「……へぇ。そんな服装なんだいつも…」


 「……あっ、はい」


 「プッ!中学生の部活姿みたい!」


 そう言って笑い出す先輩。

 俺のツッコミが見事にシンクロした。俺もそう思ってた。


 「はいはい。そうですかそうですか」


 ったくこの人は…ストーカーに遭って怯えているとは思えないくらい元気な人だ。


 そして俺はコンビニで買った飲料水を紙コップに注ぐ。


 「先輩も水入ります?」


 「アハハ!アハッ、うん。頂戴!」


 もう一つの紙コップに水を注いだ。

 笑いが終わった先輩に渡して、ソファーに腰を降ろす。

 テレビは相変わらずつまらない映像が流れていた。俺は水をゆっくりと食道に通す。

 なんだか横からの視線が気になる。俺も横目で先輩を見る。


 「…ふーん」


 「…なんでしょう?」


 俺は紙コップをテーブルの上に置いた。そして、先輩がマジマジと見てきているの顔を見返す。


 「亮ちゃんって本当優しいなぁって思って」


 「なんですか急に…」


 俺に顔を近寄ってきては見つめ続ける。

 一体何が目的なんだ?


 「何が目的でしょうか?」


 「ありがとう…」


 小声でそう言ってきた。

 しばらく黙り込んでいた俺。


 「…いいえ、どう致しまして」


 そして笑みを浮かべた先輩は、ゆっくりと顔を引いたのだった。

 


 

 


 

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