先輩がストーカー被害!?

 背後に視線を向けた俺に、この世の者とは思えない何者かが立っていた。


 「……ここ、亮ちゃん住んでるの……」


 「うわっ!あぁぁぁぁ!」


 外は真っ暗。街灯も全くと言っていい程ないそこで、ジャパニーズホラー映画に出てくるような不気味な存在がそこにはいた。低いトーンで後ろに立って、髪を前に垂らして顔の前に近づけてくるその様は、腰を泣かせてしまう程だった。


 「……誰?」


 よく見ると、服装に見覚えがある。暗くてよく見えなかったが、黒だろうか?Tシャツに白文字に英語が羅列してある。そして白だろうか?女性用のロングパンツを履いていた。そしてお洒落な靴。


 「……もしかして、結衣先輩!?」


 「………ヘヘッ!ピンポーン!」


 「……何やってんすか…はぁ…」


 溜息が漏れる。急にやめて欲しいものだ。しかしなんで先輩が?


 先輩は前に垂らしてあったフワフワの髪を元に戻して、笑顔で対応した。


 「亮ちゃんの住んでる所って、やっぱりここの寮だったんだねぇ」


 「そうですけど…突然なんなんですか?何か用ですか?」


 爽やかな表情で立ち尽くす堂々としたその姿。なんだか容姿を見るにどこかカッコいい女性を思わせる。


 「いや、ちょっと色々あってだなぁ…亮ちゃんくらいしか頼めないんだわ」


 頬を人差し指で掻く動作で目線を逸らしながらそう言った。


 「なんですか?」


 俺が先輩の所に駆け寄った。


 「ねぇ…今日だけさ…急で申し訳ないんだけど…」


 「はい…」


 「亮ちゃんの家…泊まさせてくれない?」


 「……はい?」


 俺の思考が先輩の言動に追いつくのに少々時間が掛かった。理解するのに遅れた。


 泊めて欲しい?一体何故?


 「…あのー。理由は?」


 「ここでは話せないんだ…立ち話もなんだし、取り敢えず中に入ろう」


 そして階段を昇ろうとする結衣先輩を俺は止めた。


 「いや、なんで勝手に上がろうとしてんすか?」


 「え?今『はい』って言ってくれたじゃん」


 「それは承諾したって言う『はい』ではなくて、疑問系の『はい?』です」


 「まぁまぁ、細かい事は置いといてとにかく中へ…」


 「そんな風に誘導しようとしても無駄です!男子は男子、女子は女子の部屋で分けられてるんで、ちゃんと自分の家に帰ってください」


 すると俺の元に駆け寄って、俺の両肩をがっちり抑えた先輩は、下を俯き始める。


 「困っている時は助けるのが筋なんじゃないの?」


 と、ぴえんスタンプのような目をうるうるさせながら訴えてくる。


 いやそれ今日の昼に俺が言った台詞だけど…


「…じゃあ訳だけでも話してくれたら、もし何か困ったような話だった場合、中に入れてあげましょう!」


 「え?いいの?」


 さっきまでの表情とは全く違う、目をキラキラさせながら喜びの表情に変わった。


 「いやだから、内容によっての話であって…」


 「よーし!じゃあ上がろう!」


 そして階段を駆け上がる先輩。


 「いや、まだ部屋に入れるなんて一言も言ってないですし!もうこんな時間なんてはしゃがないで!」


 「亮ちゃんの部屋はどれ?」


 俺も階段を昇って行く。


 「人の話を聞いてくだ…」


 「言わなかったら、ここに並んでいるインターホンを勝手に鳴らして行くね」


 「もうやめてくださいよ!」


 「せーの!」


 「あぁぁぁぁぁ!」


 先輩の手を止めた。そして静かな声で先輩に伝える。


 「勝手な事すると入れませんよ」


 「……うぅ…」


 またぴえんスタンプの顔になった。


 「な、なんすか……」


 「私、家に帰れないの…ずっと、ずっと家からストーカーが着いてきて…襲われかけた事だってあってね…毎晩私の家の前に知らない人からの悪質な手紙とか来てね、それでね…あのね」


 「……いや、それはこっちにも被害が出てきたら嫌なんで…ごめんなさい…マジでストーカーとか怖いんで…」


 「……どうして…誰も助けてくれない…警察も学校のみんなも助けてくれず…ずっと怖い目に遭わされて、もう嫌だよ…こんなの……シクシク…」


 その場で崩れるようになく演技をしている先輩。

 シクシクって最後に言ってるし。嘘泣き丸出しじゃないですか。


 「いや、俺、マジでストーカーとか怖いんで。俺もなんの力にもなれないですけど、もうどうしようもできない事ですし」


 「みんな…私を見捨てる……」


 段々と演技が本物っぽく見えてきた。

 だが、俺はさっさと帰って欲しかった。


 「いや、ごめんなさい。俺には無理なんで、他を当たってみて…」


 すると、階段の下から同じ寮の住人の人に先輩を俺が泣かせたかのような光景を見られた。

 女性の大学生である。この状況は非常に気まずい…


「先輩…中へどうぞ……」


 目をキラキラさせて、俺を見つめてきた。

 まるで、その言葉を待っていましたと言わんばかりに。


 「ではお言葉に甘えて!」


 喜びの表情がさっきよりも増している。瞳の輝き具合が違った。


 そして中へと入れる事になった。

 階段で見ていた人には、後日ちゃんと説明しておこう。そう思いながら招き入れた。


 「おっ邪魔しまーす!」


 「もう散々だわ…」


 下駄箱の鍵収納ケースに部屋の鍵を仕舞う。その後、先輩がなんの躊躇いもなく目の前のリビングに繋がるドアを勝手に開けては、色々と探り出す。


 「うわーーー!!何もない!」


 「ちょっと!もう冷蔵庫とか勝手に漁らないで!後、デスクの上の本もちゃんと片付けて下さい!あー!ソファーをそんなトランポリンみたいに飛ばないで!埃が舞う!」


 「ねぇ!突然で申し訳ないんだけど!シャワー貸して!」


 本当に突然である。好き勝手荒らしておいていきなりシャワーを浴びたいだなんて。


 「いいですけど、一応シャンプー男用のやつしかないんですよ?」


 「あぁ、それに関しては問題なし。ホラ!」


 先輩の鞄の中には、服やらシャンプーやら歯ブラシやら色々出てきた。わざわざ自宅から持ってきたって言うのか!?


 「タオル忘れたからそれだけ借りるねぇ」


 「いや、本気で泊まる気ですね…」


 「いやさっき言ったじゃん。今日だけでも泊めてって。って言うか、明日から休みなんだしいいでしょ?」


 「あぁ、俺明日バイトなんですわ。朝出勤なんで。それで出来るだけ早めに寝たいんですよね。だから今日は早く就寝に着いてくださいね」


 「ほーい!んでシャワーどこ?」


 たっく、この人は自分勝手な人だなぁ。

 まぁ今日だけでいいなら泊めてあげてもいいっか。どうせ直ぐに明日になれば帰ってくれるし。ストーカー被害とかこっちに出る前に今日だけでも自由にさせてあげよう。


 「シャワーはこっちですよ」


 リビングに繋がるドアの右側にキッチンがあるのだが、その奥にお風呂がある。シャワーの出所が最近調子が良くないのを伝えると、先輩は気にしないと一言。


 「タオル借りるね」


 「はいどうぞ。終わったら洗濯機の中に放り込んどいてくださいね」


 そう伝えると、しっかりと返事を返した先輩はシャワーを浴びた。

 俺はこの時内心妙な疼きを感じて、身体がムズムズと反応を示していた。

 それは何故か?

 そう…俺は女性、または女子を自分の家に招き入れたと言う経験がないのだ。

 俺は彼女いない歴=年齢という奴で、これまで異性と付き合うといった経験などなかった。だから異性の人が、自分の使っている物を使用するという事に抵抗感があった。

 やましい気持ちなど何もない。しかし、いざタオルを使われるとなるとなんか妙な親近感に掻き立てられる。そして内心の疼きが再び訪れそうになった。


 …………なんか落ち着いて居られねぇ…

自分の家なのに身体を動かさないと気が済まない。この気持ちはなんだろうか?落ち着きがない。じっとしてられない。早く晩御飯作って食べたいのだが、料理に手を付けようとしても全く居心地が良くない。


 取り敢えず一旦落ち着く為にソファーに座って、フランスの彫刻家が造った、考える人のポーズみたいになる。

 

 「……クソッ!落ち着かないなぁ」


 まぁ取り敢えずこんな事してもしゃあないか。さっさと晩御飯作るか。


 俺は気持ちを切り替えた。そして、変な動揺がある程度鎮まった所で、晩御飯の支度に取り掛かった。と、言ってもレトルトのカレーだが。


 「あっ、先輩の分も作らなきゃいけないのか…」

 

 俺はプレート皿を二枚用意して、一枚に炊飯器で炊いてある白米を皿の半分に乗せた。

 炊飯器の使い方は余裕だった。俺は機械とか家電製品の操作は得意な方だから、米の炊き方なんて余裕だった。米を洗米するのは手こずったが…

そして、レトルトのカレーはお湯になって溜めてある電気ケトルの中に浸からせてある。二つ入れるのは難しい為一つずつ入れた。


 「ねぇ亮ちゃーん!」


 風呂のドア越しから声が聞こえた。


 「なんですかー?」


 外からは中の様子が、殆ど見えないようなガラスになっていてよかった。ある程度姿形の輪郭がわかるようならば、ドアの方へ振り向けないから。

 

 「ちょっと下着忘れちゃったぁ」


 俺はドキッと反応する。

 下着忘れた?何を言い出すんだあの人は!?


 「どうしよう?ねぇ!どうしたらいいと思う?亮ちゃーん!」


 「し、知りませんよっ!」


 「まぁいいっか!」


 そう言って先輩はどうにかしているようだ。

 そして俺は内心の焦りを殺そうと必死に自分にビンタを繰り返し、カレーのルーを米を入れてあるプレートに注ぎ込んだ。

 

 


 


 

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