第9話 崖とゴンドラの都市国家、メイトクリフ

「メイトクリフが見えましたぞ!」

 ハンプスが声を弾ませた。クロとシャルロッテは同時に幌から顔を出す。見上げると首が痛いくらいの大きな城壁と門が見える。


「すごーい!」

 シャルロッテはまるで少年のように目を輝かせている。

「うん。大きな町だね」

 グリンクロスか、それ以上の大きさがあるように思える。門の検問所を通過し、大きな広場に到着する。


「お二人はこれから冒険者ギルドに行くのですか?」

「はい! ダンジョンの情報や、ギルドから依頼も見ないと行けませんし」

 シャルロッテがそう答えると、ハンプスは頷いた。


「なるほど。メイトクリフの冒険者ギルドはこの大広場の西にありますぞ」

 ハンプスが指先した先には確かに大きな建物が見える。冒険者ギルドの証である緑、赤、白地の三色旗が見える。

「分かりました。色々ありがとうございました!」

「こちらこそ。お二人の冒険に幸あらんことを! またどこかで会いましょうぞ」

 そう言ってハンプスは、街中へ消えていった。それから二人は冒険者ギルドに行く。


「グリンクロスのギルドより断然大きいね」

 グリンクロスも大きいと感じたが、メイトクリフのギルドはそれ以上だった。

「それはそうよ。ここが冒険者ギルドの総本山だもの」

 シャルロッテはなぜか自慢げに言った。

 

 受付には男がいた。優男で、少し長い髪を後ろで縛っている。他の職員同様に白いケープを羽織っている。


「冒険者ギルド本部へようこそ。受付のクライブです――って、シャルじゃないか!」

「お久しぶりです! クライブさん!」

 シャルロッテがそう挨拶すると、クライブは目をパチパチさせている。


「知り合い?」

 クロが聞くと、シャルロッテは頷く。

「クライブさんは以前グリンクロス支部に勤めていたの。色々教えてくれて、お世話になったのよ」

「いやいや、それは当然のことだよ。それにしても驚いた。もしかしてその銃は?」

「はい! 冒険者になりました!」


 シャルロッテの言葉に、クライブは納得したように、そうかと嬉しそうに答えた。


「薄々気付いていたよ。ギルドの仕事は、とても要領良くテキパキとこなしていたし、何でも上手くこなしていたけど、どこか遠い目をしていたから。ずっと憧れていたのかなって」


 シャルロッテは図星をつかれて、口籠る。


「別に怒ってるわけじゃないよ。若いうちはやりたいことをやるのが一番だよ。それで、そちらの冒険者さんは?」

「あっ、クロです。グリンクロスからシャルとパーティーを組んでいます」

「そうか。彼女はとても優秀だけど、時々お転婆なところがあるからよろしく頼むよ」

「ちょ、ちょっと! クライブさん!」

 シャルロッテは顔を真っ赤にしている。


「あはは。ごめんごめん。それで二人は情報を買いに来たのかい?」

「色々です。ダンジョンの情報とか、それに依頼とか」

 クロが答えると、クライブはふむ、と顎に手を当てた。

「近々複数パーティーによる大規模なダンジョン攻略作戦が展開される予定だよ」

「ならそれに応募するっきゃないでしょ! ね、クロ?」

「うん! 僕達も参加できるんですか?」

「それは可能だけど、今回参加する冒険者はBランク以上の冒険者ばかりだよ。それに……」

 クライブはクロとシャルロッテを交互に見る。


「それに、キミ達はアジトは決まっているのかい?」


「アジト?」

 クロはシャルロッテと同時に顔を見合わす。

「いくら冒険者で世界を巡ると言っても、帰る家――つまり拠点となる場所は必要だよ。君達は冒険から帰ってきて、ずっと宿屋に泊まるつもりなのかい?」

 言われてみればそうだ。拠点など考えたこともなかった。


「特にダンジョンはとても危険な場所だ。我々の常識など一切通じない。空間や時間は捻れ、壁や床は生きているかのように常に動く。数秒前に通った場所さえ、次の瞬間には変わってる。そんな場所に、準備や拠点なしに挑むなんて無謀だよ」

 

 クロとシャルロッテは息を呑む。


「と言うことで、ギルドでは空き物件も仲介しているけど」

「それは是非!」

 そう言うとクライブは分厚い書類の束を引っ張り出した。

「予算はどのくらいかな? 初期費用は敷金、礼金、前家賃。後はギルドへの仲介手数料で、概ね月額家賃の4倍くらいはかかると思って。メイトクリフは大都市だからね。どんなに安くても月5万ポルツ。つまり初期費用は20万ポルツが最低値かな」

「に、20万!?」

 そんな金額、どう考えても捻出できない。

「どうするのよクロ……」

 シャルロッテも

「その感じだと厳しそうだね。うーん、そうだな」

 クライブは書類をめくりながら、クロ達でも借りられる安価を探してくれる。すると何か目に留まったのか、一枚の書類を束から抜き出してくれた。

「場所と状態を選ばないのであれば、一つあるね」


 クロは書類を受け取る。

「えーと、土地代はローンで月々2万ポルツの返済のみ。海が見える絶景物件……。土地代って、これは購入ですか!?」

「そう。メイトクリフを永住地と決めて住む冒険者も意外と多いんだ。この物件は土地代だけで建物はタダ。土地代は総額1千万ポルツだけど、41年ローンで月2万ポルツ。悪い条件じゃないと思うよ」

「月2万ポルツなら、私達でも払えるんじゃない?」

「そうかもしれないね……」

 クロは考え込む。

「一度現地を見てみるといいよ。場所はそこに書いてあるから」

「中階層100番地?」


「メイトクリフは3階層に分かれているんだ。今我々がいる上層階。行政区で、役所や各ギルドなどの行政機関がある。次は中階層。居住区で、市場や店も並んでいる。その物件もここにある。一番海側は下階層。ここは工業区で工事や倉庫がある。各階層へはメイトクリフ名物、ゴンドラ便で行けるからね」

「ゴンドラ便?」

 そう尋ねるクロに、クライブは行けばわかるよ、と言った。


 ギルドから出てゴンドラ便乗り場に着いた二人を待っていたのは、圧巻の光景だった。上層階より下に向かっていくつものロープが張り巡らされ、そこに赤や黄色のゴンドラが上に下に世話しなく動いている。

「すっごーい!」

「お、落ちたりしないのかな」

(人間が作る物にしては、中々だな)

 三人は各々感想を述べる。ゴンドラ便乗り場には大勢の人がひっきりなしに乗り降りしていた。赤は旅客用、黄色は貨物用。そしてなんと運賃は無料。

 

「はい! 次はそこのお二人さん! 乗った乗った!」

 威勢の良い係員に誘導され、ゴンドラに乗る。ゴンドラに乗るとそのパノラマはさらに絶景であった。眼下に広がる赤茶や青色等の彩り鮮やかな屋根。それらの建物は段々畑のような崖に、へばりつくように連なる。向こうにはマリンブルーの海が両手を広げて迎え入れてくれているようだ。

「綺麗だね! こんな綺麗な景色があるんだ!」

 シャルロッテはこの街に来てから感動しっぱなしだ。

「お、落ちないこれ? 落ちたりしないよね?」

 クロはこの高さが怖くてまともに下を見ることができない。

「もぉー。クロは情緒がないなー」

「この高さ落ちても、魔人化すればまぁ助かるだろ。痛いかもしれないがなぁ」

 シリウスはクロの胸からいつのまにか飛び出していた。

「こ、怖いこと言うなよ!」


 あっという間にゴンドラは中層階に着いた。居住区というだけあった民家が立ち並んでいる。他にも生活に必要な店も市場にあるようだ。100番地はどうやら居住区の端らしい。道に迷いながらもなんとか着いた。


「クロ。ここ、だよね?」

「うん。ここに間違いないね……」

 そこにあったのはまさに「廃墟」としか言えない建物だった。

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