第10話 やることリスト

 外壁のレンガは所々欠けていて、敷地は全身が隠れてしまいそうなほどの雑草がびっしりと生えていた。クライブが「建物はタダ」と言っていたのもうなずける。この廃墟同然の家は、中に入るとさらに酷かった。砂埃まみれの床。天井と壁にはうんざりとする蜘蛛の巣。いつ降った雨か分からない雨漏れが、ぴちゃぴちゃと床を打っている。

 ここは昔はどうやら邸宅らしかった。玄関から奥に進むと、大勢が集まれる大広間があり、傾いた絵画が並ぶ画廊は、いくつもの部屋を繋いでいた。

 

「いくら建物はタダとは言っても、これじゃあリフォーム代がとんでもないことになっちゃうわね……」

 シャルロッテは苦虫を食い潰したような顔をしている。

「そうだね。それらを賄えるくらい稼がないとな……」

 だが、駆け出しのCランク冒険者が、そんな大金稼げるはずもない。


「稼げばいいだろ」

 

 そう言ったのはシリウスだった。青い目と口が、薄暗い廃墟の中で、やけに不気味に輝いている。


「言うのは簡単よ。でも、実績もない私達に大きな依頼なんて回ってこないし。それにダンジョンはすごく危険だってクライブさんも言ってたじゃない」

 シャルロッテはシリウスに言う。

 

「なら手っ取り早く実績を上げればいいだろ」


 クロはシリウスの言いたいことを理解した。

「もしかして、大規模ダンジョン攻略に参加するって言うのか?」

「その通り! ちまちましてるより、一発で大きな成果を上げる方がいいに決まっている。今お前には『全てを解体する力』があるんだぞ。力ってのは使ってこそだ。宝の持ち腐れじゃあ意味ないだろ」

 クロは顎に手を当てて考え込む。


「これからの冒険は、僕とシャルだけでは限界がある。いくらシリウスがいると言ってもね。多種多様な能力を持った仲間が必要だ。そして仲間を増やすにあたって、大勢が住める場所は必須だと思う」


 シャルロッテはクロの言いたいことを理解したのか、決意したようにうなずいた。

「ってことはこの廃墟を買うのね?」

「うん。買おう」

「ひぇーはっはっは! いいね! それじゃあ善は急げだ。とっとと購入しようぜ」


 それからギルドに戻り、100番地の土地を購入した。所有者不在でギルドが管理していたので、今すぐにでも使って良いそうだ。さらにダンジョン大規模攻略作戦にも登録した。ダンジョンは「巨人の銛」という名前らしい。決行は明後日。取り敢えず今日は、旅の疲れもあったので、市場で食材を買って、ボロの竈にどうにか火をつけて、冷凍箱に保管していたロック鳥の胸肉に小麦粉をつけて油で揚げて夕食をとる。家の灯りは点かないので、ロウソクに火を灯した。


 「ロック鳥のフリッターね。まぁ、悪くないかも」

 サクサクと衣の弾ける音が大広間に響く。

 「でも、僕達はまともな料理ができないから料理が得意な人を探さないとね」

 シャルロッテは体面が悪そうに顔を背ける。

 「うっ……。料理できなくてごめんなさいね」

 

 それから、皆でやることを話し合った。控えめなロウソの灯りの元、それを紙に書いてまとめる。

 

 「やることリスト」

 1.大規模ダンジョン攻略作戦を成功させる

 2.大工を仲間にする

 3.鍛冶屋を仲間にする

 4.甲冑師を仲間にする

 5.仕立て屋を仲間にする

 6.料理人を仲間にする

 7.後衛で戦える者を仲間にする

 8.前衛で戦える者を仲間にする

 

 1と2は言うまでもない。冒険者として生計を立て、成功する上で必ず通らなければならない道だ。3、4、5は、それぞれ武器や防具、服を作ったり修理したりする職人達だ。冒険をすれば武器も壊れるし、服だって破ける。6は、この味気ない料理とおさらばするためだ。別に料理人でなくとも、料理が得意な仲間がいれば良い。7と8は最低でも冒険者は4人1組が理想だと言われているのだ。前衛で戦う者と、後衛で戦う者が二人ずつ。何かあってもカバーできる。大人数だと統率が取るのが難しくなるし、報酬の取り分で揉めることもある。クロが前衛で、シャルロッテが後衛なので、後一人ずつだ。

「こんなもんかな」

 クロはそう言うと厨房に捨て置かれた錆びたナイフを手に取り「やることリスト」を木の柱に刺し、貼り付けた。

「これが僕達の目標ってことで」

「上等じゃないか」

「いいわね!」


 方針も決まったので、今夜は屋根付きの寝床を確保できた。埃を叩き、穴だらけのベッドに横たわる。


「そういえば、ずっとお前に聞きたかったことがある」

 唐突に話しかけてきたシリウスに、クロはなんだい? と切り返す。

 

「なんでお前はそのタイクーンとやらになりたいんだ。金か? 名声か?」


 心臓から飛び出た黒いヘドロのような悪魔はその青く輝く目をクロに向けた。


「ははは。そんなんじゃない……いや、ある意味そうなのかもな」


 偉大な冒険者タイクーン。タイクーンになりたいと言うと、大抵は笑われる。戦える勇ましい人間ですら夢のまた夢なのに、解体師ごときがなれるわけない、と。月明かりが差す窓を見ながら、昔を思い出す。

 

 ニリバ村はライムストン地域にある小さな田舎村だった。小川が町の真ん中を流れ、水車がくるくると呑気に回り、小鳥のさえずりが良く聞こえる。村人の大半は畑と、近くにある山で取れる山菜採りや狩猟で自給自足をしている。


「ねーねー、じいちゃん。ボクもタイクーンになれるかなぁ?」


 祖父は家の前で薪を割りながら、クロを見た。皺が深く刻まれた顔だ。


「はははっ! タイクーンダンデの絵本を見たな。どうじゃろうか。おまえは、わしや父さんと同じジョブだからの」


「ジョブ?」


「天性の才能のことじゃ。魂に刻まれとるな。ジョブは人によって違う。わしらのジョブは戦いに向いていない。だからタイクーンになれな――いや。なれるかなれないかは、おまえ次第じゃて」


 その言葉に、クロは目を輝かせた。

「ホントに? やった!」

 

「だがわしら解体師。解体師は死体を解体する、死を冒涜するジョブと言われて、世間からの目は酷く冷たい」


 祖父はまた斧を振り上げた。


「全ての生き物は、他の生き物を殺して生きておる。それは生きる為じゃ。人間も例外ではない。だが殺めたのならそれを無下にせんことじゃ。利用できるものは利用し、その死を無駄にしないこと。それが奪った者の責任。何も臆することはない。蔑まされようと胸を張るんじゃ」

 

 幼かったクロはその意味がよく理解できなかった。だが、成長するにつれそれは自ずと分かっていった。祖父が言っていた通り、解体師は行く先々で蔑まれ、差別された。「死体を解体する卑しいジョブ」であると。ジョブは神より授かりし特別な力。その力が解体師なんて、魂から穢れていると。

 

 なぜ解体師だから差別されるのか。悪いことをしているわけでもないのになぜ。それを見返したい。クロにとって「タイクーン」は、幼かったときのただ漠然とした憧れから、いつしか捲土重来けんどちょうらいを図るための、目指すべき目標へとなっていった。その目標を実現する。

 

「だから俺はタイクーンになりたい。そして見返してやる」

 シリウスはクロの昔話を黙って聞いていた。

「悪魔にとっては、人間のそんな感情なんてくだらないと思うかい?」

 シリウスの青い口がギザギザに開く。

「いや。お前の世間を見返しやる、その考えは上等だ。力あるものが力ないものを虐げるのなら、力をつけて下克上だ。カス共に分からせてやればいい」

 「そうだね。それには君の力が必要だ。これからも頼むよ」

「ふん。勘違いするなよ。利害関係が一致してるから協力してるだけだ」

「そっかそっか。そうだったね」

「おい! なんだその適当な感じは!」

 

 クロはそうして、眠りに落ちていく。迎えるは明後日、大規模ダンジョン攻略作戦だ。

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