第8話 関所のロック鳥

「順調に行けば、昼くらいにはメイトクリフに着きますぞ」


 手綱で馬を操り、もう片手で首からぶら下げた懐中時計を見ながらハンプスは言った。メイトクリフに行くには、その前には関所を一つ越えなければならなかった。関所には衛兵がおり、付近の安全維持をしている。

 だが関所が見えた時、そこは異様な雰囲気が漂っていた。関所の門は閉まり、高い城壁の上には無数の影が飛んでいる。


「一体どうなっているんでしょうか?」

 ハンプスは馬車の速度を落としながら呟いた。

「鳥の群れ、かな?」

 シャルロッテも見上げながら言った。それは白く、大きな翼を広げ、空を縦横無尽に飛んでいる。

 

「あれは、ロックちょうか?」

 

 クロの解体師としてのスキル「モンスター生態理解」で、モンスターの情報が瞬時に頭に流れてくる。

「ロック鳥?」

「有翼綱のモンスターだよ。凶暴な気性で人の子供を攫うこともあるんだ。でも、あんな大群で来るなんて……」


「君達! この関所は今通行禁止だ!」


 一人の男がそう声をかけてきた。甲冑を纏い、手には槍を持っている。険しい顔つきは元々なのか、それともこの状況だからかは分からない。

 

「見ての通り、ロック鳥の大群が突然現れてな。応戦している真っ最中だ。しばらくここは通れん。危険だから早くここを離れたまえ」


「そんなぁ。ここまで来て待ちぼうけなんて」

「これは困りましたな……」

 シャルロッテもハンプスも揃ってうなだれた。


(そんなもの、俺様達で追い払えばいいだろ)


 シリウスがクロの頭の中で提案する。確かにそれは一理ある。このままではここら辺で野宿するか、グリンクロスに引き返すかの二択だ。当然どちらを選んでも最悪だ。ならシリウスの提案は最善な気がした。

 

「ねぇシャル。僕達が加勢してロック鳥を追い払えばいいんじゃないか?」

 クロの言葉にシャルロッテは察したらしい。

「それもそうね! 私達でやっつけましょう」

 

「本気で言ってるのか?」

 衛兵の男はクロを値踏みするように、頭から爪先まで眺める。

「その背負った箱は冷凍箱か。君は解体師だな。解体師は戦えないだろう。申し訳ないが戦えない人間はいらん」

 サリヴァンは眉間に皺を寄せて怪訝な表情をする。

 

「えーと、僕はそうですけど。こちらには銃士マスケッターがいますから」


クロがそう言うと、シャルロッテは腰に手を当てて胸を張った。


「ほぉ。君は戦えるのか? とても強そうには見えないが……」

 衛兵の男の言葉に、シャルロッテの眉がぴくりと吊り上がる。


「――強そうに見えない、ね」


 シャルロッテは背中のマスケットを抜いた。その瞬間、何かとてつもないオーラをクロは感じた。横にいるハンプスも世にも恐ろしいものを見た顔をしている。

「甘く見ないでよね! ロック鳥の頭、片っ端から撃ち抜いてやるわ!」


シャルロッテの強気な姿勢に、衛兵の男は小さく笑う。

「ほぉ。それなら協力してもらおうか。私は所長のサリヴァンだ。ついてきてくれ」


 

 私は足手まといなんで待っています、と言うハンプスを置いて、クロとシャルロッテは城壁の屋上に行く。

 そこは怒号が飛び交い、衛兵とロック鳥達が戦闘を繰り広げている。大砲を飛ばすが、ロック鳥はそれを避け、空から急降下してきて攻撃を仕掛ける。衛兵は武器を振りかざすが、防戦一方という感じだ。


(それにしてもすごい数だな)

 シリウスがクロの頭の中だけに話しかけてくる

「40匹、50匹。いやそれ以上かな」


「何匹だろうが全部撃ち落としてやるわよ!」

 シャルロッテはマスケット構えると、引き金を引く。鋭い発砲音が響く。だが弾はロック鳥には当たらない。


「マスケットは我々も試した。だが到底無理だ。ああも自在に空を飛び回られては当たらんよ」

 サリヴァンにそう言われ、シャルロッテは銃を下ろした。

「なるほどね」

 そう言いながらメガネを外す。

 

「これでよく見えるわ」

 

「シャル、もしかして君のそのメガネは……」

「そう。近くのものを見えるようにするためのメガネよ。銃士マスケッターの力、見せてあげる!」

 再び銃を構え、マスケットを撃つ。すると遠くに飛んでいるロック鳥が地に墜ちていく。


「なっ! この距離を当てたのか!」

 サリヴァンは感嘆と驚きの混じった声を上げる。


「ジョブとしての銃士マスケッターは"鷹の目"っていうスキルを持ってる。1マイル先の針の穴だって見えるわ」

 シャルロッテは弾を込め直すと、再度狙いを定める。


「しかしそれだけでは、弾は当たらんだろ」

「その通り。だから銃士は魔法使い並みの"魔力伝導スキル"があるの」

「魔力伝導?」

「魔力を物体に伝える能力。魔力を伝えにくい、金属にも伝えることができるのよ。弾丸にもね!」

 シャルロッテは再び引き金を引く。


(おいクロ。目を魔人化して見てみろ)

 シリウスに言われ、クロの目は青く魔人化する。砲身から出てきた弾はブレずに、真っ直ぐに飛んでいき、ロック鳥を仕留める。

 

「回転してる?」

(そうだ。魔力を弾に伝導することで回転させ、空気抵抗を減らし、狙った場所に当てるって寸法だな。最初、銃なんかたいした代物ではないと思ったが。魔力と組み合わせるとことで、こうなるとはなぁ)


 シリウスは感心しているようだ。その後もシャルロッテは見事に弾を命中させていた。周りの衛兵達も次第に何事かとシャルロッテに注目し始める。何匹か撃ち落とされたところで、クロはロック鳥の死骸に近づくと、ナイフで尾羽をむしり取る。


(今度は尾羽か。何に使うんだ?)

「真っ白な尾羽は、装飾品の材料だよ。羽毛としても良質だからね」


「おい、正気か! 戦っている最中に死骸を漁るなど。せめて戦い終わった後にやればいいではないか!」

 そんなクロの様子を見て、サリヴァンが怒鳴りつける。

「戦い終わった後では遅いんです。ほら、見てください」


 ロック鳥の死骸はみるみるうちに、その純白の色を失い、炭のように黒くなっていく。


「ロック鳥は絶命すると、体の色を魔力により変化させます。白いままだの敵から死骸を隠すための習性だと言われていますが、黒くなった羽は残念ながら取引されません」

「そんなことはどうでもいい! 皆戦っている! 戦っている前でそのような不道徳な行為は看過できんぞ!」

「なぜですか? 戦うことが、他者の命を奪う行為がそんなに尊いんですか?」

「なっ!? 貴様――」

「モンスターの生息圏に踏み込んで、荒らしたのは人間達です。人間の都合で動物やモンスターを殺している。もちろん、それは悪だとは言いません。ただ、戦うこと、命を奪うことは、どんな理由であれ尊くはないはずです。捕食動物達が、獲物の骨の一本までいただくように、人間も殺めたのならばその責任として命を無駄にしないことが大切だと、僕は思います」

 サリヴァンはクロの言うとこを黙って聞いていた。

 

(おいクロ。そろそろ俺様達もやるぞ)

「うん。サリヴァンさん。ちなみに僕達も戦えますよ」

 クロの脚が黒くヘドロに包まれ、魔人化する。

 

星光の大包丁スタークリーバー!!」


 青い異形の大剣が現れる。


「な、なんだその剣……なのか?」

 サリヴァンは青く光る長方形の剣を見て、唖然としている。サリヴァンだけではない。他の衛兵達も、戦いの真っ最中だがクロを見ている。そんな衛兵達を横目に、クロは城壁に降りてきたロック鳥を斬る。稲妻のように駆け巡り、次々に斬り倒す。さらにジャンプして手頃な高さを飛んでいるやつを斬り、墜とす。


「なんだあいつ……」

「解体師じゃないのか?」

「あっという間にロック鳥を倒したぞ」

「無茶苦茶だ」


 衛兵達もどよめいている。

 

(しかし、キリがないな。このままじゃ埒があかんぞ)

「そうだね。どうしたものか……」


 すると一羽のロック鳥がこちらに向かって突進してくる。ロック鳥は衛兵達を素通りし、塔屋に体当たりをし始めた。


「なぜそんなところを体当たりしてるんだ?」

(入ろうとしているようにも見えるな)


 シリウスの言葉に、クロはふと思い立つ。


「サリヴァンさん! なんか隠してないですか?」

「隠して?」

「ロック鳥が欲しがるような物です!」

 サリヴァンは首を傾げる。すると何かに気づいたようにハッとする。

「ちょっと待ってくれ!」

 

 サリヴァンは屋上から出て行くと、しばらくすると戻ってきた。その手には人の頭ほどの卵があった。

 

(おいおい。絶対あれが原因だぞ)

「それはロック鳥の卵です! それを渡してあげてください!」

「わ、分かった! 皆、一旦建物内に引け!」

 サリヴァンが号令をかけると、衛兵達は城内に逃げ込む。サリヴァンが卵をそっと置くと、ロック鳥はその卵を爪で掴むと、飛び去っていく。他のロック鳥も、一斉にいなくなる。


「原因は卵だったのね」

 シャルロッテは彼方へと飛んで行くロック鳥を見て言った。

「うん。大事な卵を奪われれば、そりゃあ誰だって怒るよ」

「君達、いや。クロにシャルロッテだったか。疑ったりしてすまない」

 サリヴァンは頭を下げる。

「いえ。解体師は嫌われ者ですし。サリヴァンさんの反応は当然だと思います」

 そうクロに言われ、サリヴァンは申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「それにしても、あの卵はなんで持ってたの?」

 シャルロッテはサリヴァンに問いかける。

 

「昨日一人の男が関所を通りたいと現れてな。その男が持っていた。怪しい卵だったから、検問で没収したのだ。まぁ当の本人も怪しい奴で、仮面で顔半分を覆い、黄色と紫色の派手な出立ちで、道化師のようだったと報告があがっていた」

 シャルロッテはへぇと、短く返事をした。

 

「何はともあれ、ロック鳥を追い払うことが出来た。感謝する!」

 サリヴァンは敬礼する

「いえ、そんな。僕達は当たり前のことをしただけですし。あっ! そうだ」

 

 クロはロック鳥の死体の前に行くと、ナイフを取り出し、肉を剥ぐ。薄ピンク色の新鮮な肉だ。

「ロック鳥の胸肉だよ」

 鶏肉のようものだ。きっと美味しいに違いない。フリットにすれば間違いないだろう。


 その様子を見てシャルロッテとサリヴァンはため息を吐いた。

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