第7話 夜空の下で

 夕陽が沈む前に、一行は野営の場所を街道の脇に見つけた。少し小高い岩場で見晴らしが良く、野営にはおあつらえ向きであった。


「それではお二人は冒険を始めたばかりなのですな」


 三人は焚き火を囲んで夕餉をとっていた。晩御飯は先日解体し、冷凍しておいたアルコンサウルスのもも肉ステーキだ。


「はい。冒険者として一山当てよう! って」

 シャルロッテはステーキを頬張りながら答えた。

「ははは! いいですな。ダンジョンや古代遺跡から遺物を持ち帰れれば、物次第ですが大金が望めますからな。それにしてもアルコンサウルスのもも肉なんて40年の人生で初めて食べましたよ。存外美味しいものですな」

「僕も初めてです。筋肉質で硬いのかなと思いましが、案外いけるものですね」


 アルコンサウルスのもも肉はやはり少し硬いが、脂も適度に乗っており、食べれる。

「解体師さんと一緒でなければ、食べれない代物ですな。いやぁ良いご馳走です」


 ハンプスはまん丸な顔を、さらにふぅと満足そうに膨らませた。


「あの、僕は解体師です。その、嫌ではないんですか?」


 ハンプスは一瞬、何のことかと目を点にしたが、すぐにあぁ、と納得したようだ。

「世間の評価とかいうやつですか? そんなものは私に言わせてもらえば、何の価値もないものです」


「何の価値もない、とは?」

「私は商人です。私自身が見て体験したものしか信じません。世間の評価は一考に値しますが、その程度です。百聞一見にしかずと言いますでしょう。だから解体師さんが忌み嫌われているという評価は、それはその程度のものとしか思っていません。現にクロさんは私めを助けてくれた」


 そう言ってハンプスは残ったステーキにかぶりついた。


「命の恩人を無下に言う輩がどこにいましょうか。それに、解体師というジョブがあそこまで戦えるなんて、私は驚きましたぞ」


 二人の会話を、シャルロットはステーキを食べながら黙って聞いていたが、その視線がずっとクロを見ていたことを、クロ自身は分かっていた。



 皆が寝静まった後、クロは寝袋から出ると、岩場の先端まで行く。足がすくむ高さだ。真下には街道が見える。街道は今まで通ってきた道と、これから行く道とが繋がり、一直線にどこまでも伸びている。それは当然同じ一本の街道なのだが、今クロがいる所を境に、全く違って見えるような気がした。


「起きてたの?」

 そう話しかけてきたのはシャルロッテだ。

「シャルか。君も起きたのかい?」

「うん。その、野宿って初めてだから。旅に出たこともないし……」


 シャルロッテは何か言いたそうに、手を後ろで組んできょろきょろと何か切っ掛けを探しているようだった。


「僕が富喰いの鯱を追い払ったこと?」


 クロがそう言うと、シャルロッテは僅かに微笑んだ。

「うん。なんか……なんていうか。あれは――」

「――普通じゃない、よね」

 シャルは小さく頷いた。


(クロ、もう隠し通すのは無理だ)

 シリウスが頭の中でそう呟いた。

「うん。そうだね。でも丁度良い機会かな」


「誰と話してるの?」


 シャルロッテから見れば独り言を話すクロは、変人に見えるだろう。


星光の大包丁スタークリーバー!!」


 青い光の奔流が左手に集まる。身の丈程の長方形の刀身は青く光り、粒々りゅうりゅうした煌めきを

 浮かべている。


「昼間も見た。私もジョブの端くれだから分かる。その大剣はとんでもない魔力で作られた大剣よ。それはクロの力なの?」


「半分正解で半分外れかな。シリウス」

 クロの心臓辺りから、真っ黒なヘドロが浮き上がり、粘度の高い、スライムのように伸びる。細く吊り上がった青い目とギザギザの青い口がある。


「半分は俺様の力だ!」


「な、な、何そいつは!?」

「ひぇーはっはっは! 驚くのも無理はない。俺様は星見の悪魔シリウスだ」

「あ、悪魔?」

「シリウスは星見の遺跡にいたんだよ。ローレル達に殺されかけた――いや、実際にはシリウスがいなかったら死んでいたかもしれない。僕は彼と契約したんだ。傷を治してもらい、その代わり身体を貸すっていうね」

「本当は俺様だけの体になるはずだったんだがな。こいつの精神力がやけに強くて、今は半分ずつってところだぁ」


 クロはギルドカードを見せた。

「魔人の解体師……」

 シャルロッテはゆっくりと書かれた文字を読んだ。


「ギルドカードは魂に刻まれた才能を写すんだよね? なら僕は人と悪魔が合わさった"魔人"ということだ」


「そ、そんなことって……。クロが話してたのはその、シリウスだったの?」

「うん。信じられなくても無理ないよ。僕だって未だに信じられないし、それにシリウスは悪魔なのかなんなのか分からないし」

「なんだと? 俺様はどう見たって悪魔だろ!」



「いやでも、冒険に常識は通じない。信じ難いことなんてないって。どこかの本でそう書いてあった」


「お前、理解が早くて助かるぞ」


「それはどうも。それにしても、その大包丁は綺麗だね。星みたいに光ってる」


「強い力というのは、得てして同時に美しくもあるということだな」

 自慢げに語るシリウスを、シャルロッテは興味無さげにふーん、と流した。するとクロの目の前まで来て、詰め寄ってくる。

「これからは隠し事はなしだよ!」

「え?」

「ちょっと驚いたけど……。でも私達は仲間でしょ? 信頼し合ってこその仲間だよ!」


「そうだね。僕が悪かったよ。これからは隠さずにシャルに話すよ」

 クロがそう言うと、なぜかシャルロッテは少し顔を赤らめてそっぽを向く。

「う、うん。分かればいいのよ。分かれば」

「どうしたの? もしかして具合悪い?」

「違うわよ! なんでそうなるの!」


「はぁ、先が思いやられるぜ」


 そんな二人を見ながらシリウスはため息を吐いて独りごつ。こうして星空煌めく下、夜は更けていく。

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