セブンスター

 ブースターを目一杯噴かせて火星、それも都市からはかなり離れた位置に振り立った。

 地球とは違った雰囲気の森が広がっていて、空気があることを確認した私は変身を解いた。此処はオーダーの本拠地だ。きっと私たちが此処に降り立ったことはレーダーに捉えられている。直に部隊が駆けつけてくるだろう。

 その前に私はナインスを連れて、何処かへ逃げないといけない。ムーンノイドが用意してくれていた偽造データも使えないだろう。

 つまり、見つかったら処刑に近く、クリア条件はアースリーの暗殺という、絶望的な逃走中が勃発したのだ。


「はぁはぁ……それにしても火星って随分と地球っぽいのね」


 森を抜けたと思えば、目の前に広がっているのは巨大な海。いや、海かどうかは分からないが、兎に角、その巨大な水溜まりはとても火星にそぐわないだろう。ある意味、寒冷化した地球よりも火星の方が地球らしい。


「テラフォーミングの結果……」


「そうなんだ……って、あの、ナインスさん? ど、どうして押し倒されて」


「もう、我慢できない。さっきのキス……初めてだった……お姉ちゃんは?」


「え? わ、私は……も、勿論初めてよ。ファーストちゅっちゅよ!」


 嘘だ。唇と唇が触れ合うキスをしたのは、本当はアリサが最初だ。

 ナインスに嘘を吐くのは気が引けるが仕方ないだろう! こんな嫉妬に狂った眼差しを向けられたら、嘘を吐くしかないじゃない!


「ふーん……本当? 私の目を見て?」


「ちょ、ちょっと感情が豊かになってない? 前はもっと大人しかったわよね?」


 ずっと思っていたがナインスに以前のような、無口という印象は見受けられない。しかし、それが良いのかと問われると微妙だ。絶対、間違った方向に感情を出している気がする。


「その目……嘘……本当は二番……」


「どうして分かったの!? あっ……」


 失言だっただろう。

 私のファーストキスの相手はアリサだと言っているようなものだ。焦燥感よりも羞恥心の方が強く、きっと私の顔は真っ赤に染まっている。


「許さない……やっぱり一緒に逝こう?」


「死にたがり!? 駄目よ。此処は危ないからさっさと行くわよ!」


「ならキスして」


「うぐっ……」


 これは断言できるがナインスは美少女である。それも私好みで、例えるならクラスで一人でいる可憐で、大人しい少女だろう。教室の隅、一人で読書に没頭するような子が、私の中のナインスのイメージだ。

 そんな彼女から上目遣いで接吻を求められている。この状況は天国か。ナインスの唇を凝視してしまい、自分でも分かるくらい挙動不審になっている。

 ダメなのだ。

 今は一刻も早く、この場を離れないといけない。勿論、ナインスとあんなことやこんなことはしたい! だけど、それをしたら取り返しのつかないことになってしまう。たった一度、キスしたら歯止めが効かなくなるだろう。


「お願い。私、お姉ちゃんに染まりたい……」


「ッ! 分かったわ! キスしましょう! それも濃厚なやつを!」


 ナインスの恍惚とした妖艶な雰囲気にやられてしまった私は頭の中が真っ白になって、代わりにナインスで敷き詰められた。

 こうなれば自棄だ。するからには卒倒するような、とびきり甘くて蕩けるキスにしてやろうと覚悟を決めた。セカンドキスなのに自信満々なのは虚勢だ。


「んー……いたっ! いたたっ! なによ!? さっきはおーけーだったじゃない!?」


 久しぶりの紳士モードの登場に、胸が急激に痛くなった私は近くの木に頭を打ちつける。さっきのキスは大丈夫だったのに……私が興奮したからいけないのか? 平常心、平常心……

 って、ナインス。その頭の可笑しい人を見るような、蔑むような眼差しは止めて欲しい。私も好きでこうなっている訳じゃない。


「おーすっげぇ変人が居やがる。このセブンスターもびっくり仰天。折角だから写真に残しておくべきだったか?」


「だからその目は止め――って誰よ!? 敵だったら容赦しな……すっごい美少女……ぜひ私といたたっ! 付き合っいたっ! てください! いたっ!」


 近くに在った岩。その上に鎮座しているのは圧倒的美少女だった。背中辺りで切り揃えられた銀髪のぱっつん。海のように透き通った瞳。何故かスクール水着を着ており、何よりも特徴的なのは下半身だ。そこに二足はなく、魚の尾のような、尻尾が生えている。まるで人魚のようだろう。

 伝説上の生き物の上、女神とも言い切れるほどの美貌。その感動から思わず、初対面だと言うのに告白してしまった。それにしても紳士モードが呪い過ぎる。


「あっはっは笑えねぇわ。レズってやつか? ま、そんな荒波でもセブンスターなら日常茶飯事……そろそろ打ち上げかぁ?」


「打ち上げ?」


「ああ、そろそろ――きたきた」


 人魚は悪戯に魅了されたかのような笑みを浮かべる。いつの間にか、その手には大量のロケット花火が掴まれていて、呆気に取られてしまう。


「魔力反応が……数は三機。戦闘機ね。私たちを探しているんだわ。さっさと逃げましょう……ナイン……ス?」


「お姉ちゃん……私というモノが在りながら、まさか浮気をするなんて……」


「あっ、あー! この話は後後! 逃げるわよ! お願いだから! 後生だから!」


 私は目からハイライトが消え、如何にも怒っているナインスを引きずって、その場を離れようとした。

 その時、人魚がロケット花火を打ち上げた。飛んでいる戦闘機に向かって、だ。一本、二本、三本……どんどん引火させていき、それらは空高くで破裂する。


「あっはっは! 見ろよ見ろよ! あの戦闘機の慌てよう! 傑作だな! いやぁーわざわざレグルスから盗ってきた甲斐があったぜ!」


「いや、貴方も逃げなさいよ!」


 思わず振り返って声を荒げてしまった。軍に悪戯をするなんて、可憐な見た目とは裏腹に肝が据わっている。


「そうもそうだな! それじゃあ、お前たちをセブンスターに案内してやるよ!」


「へ? ちょ! なに! 何処に連れて行く気!?」


「んー? だからセブンスターだって。あ、そこのお前も来たいなら勝手についてこいよ」


「お姉ちゃんに触れないで」


 這ってきた人魚に抱きかかえられた。

 血走ったナインスを背に、そのまま崖から飛び降り……って真下は海だよね!


「ちょっ溺れる! タンマ! 待って!」


「変身すればいいじゃん」


「ど、どうしてそれを!」


 人魚は海へと潜る。このままだと溺死してしまうので、咄嗟に変身してしまった。これでオーダーのレーダーに引っ掛かってしまっただろう。


「それじゃあ深海へご案内。ああ、ちょっと眠ってろ」


「ごふっ! り、理不尽な暴力はは、反対……」


 急に鳩尾を殴られて、私は意識が遠のくのを感じた。ああ、ナインスが心配である。

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