病んだ再会

 無気力な休暇が終わって、私は仕事についていた。日曜日が明けて、月曜日になった感覚に近いだろう。つまりは億劫としてしまい、この世に絶望してしまっていた。いや、もうほんとブラックな企業の社畜になっている気分だ。

 それもその筈、立ち直った瞬間に休暇が終わり、テンスにとあるコロニーへと出荷されたのだ。弱みを握られている立場なので、当たり前だが拒否権は無かった。


「ほら、お前の相棒だ」


「へ?」


 テンスの指示で輸送船の操縦席に座っていると、助手席に誰かが乗ってきた。いや、乗せられたというべきだろう。

 刹那、耳朶を打ったのは銃声。フロントガラスを突き破り、助手席の誰かの脳天を貫いた。


「これで偽装は完了だ。後は作戦通りに頼むぜ」


「怖いわ……」


 元々死体だったのだろうが、何の躊躇いもなくヘッドショットできるとは流石ムーンノイドだろう。野蛮だが、軍人としては正解なのだ。しかし、あまりの残虐非道な行為にムーンノイドに寝返った自分を後悔してしまう。


「まあ、そうするしかなかったけどさ!」


 ハッチが開かれる。

 私は予め習った通りに操縦系を操作して、カタパルトから発進した。

 その間、脳裏に過るのは立場が上であろうムーンノイドに言われた言葉だ。

『いいか。お前は命からがら出荷しに来た業者だ。気を引くために友軍が戦闘をおっぱじめるから、その空域を突破してもらう……ああ? 流れ弾? そんなのに当たったらクビだな』

 と軽口で喋っていたが、これは実質私に死ねと言っているようなものではないか。

 目の前に広がる宇宙は戦闘で悲惨な光景になっている。時折、視界に流れる光芒、爆発。苛烈な火線が幾つも交差している。


 この中を、突き抜けて輸送する? 無茶に決まっている。


 少しでも掠ればゲームオーバー。どこぞのムーンノイドはクビだと脅してきたが、これでは人生からクビにされるようなものだろう。


「どうか当たりませんように……」


 何の変哲もない輸送船だ。回避能力に期待するだけバカだろう。

 私にできることはただ操舵席に座って祈るだけ。味方の流れ弾で死ぬのだけは勘弁してもらいたい。私はまだ家族を探すという使命があるのだ。

 宇宙を翔るハチたちを横目に、私は救援信号を出して、到着予定の“火星”へと呼びかける。まあ単純に助けてくれ、みたいなことを必死を装って語った。


「よし、誘導バーが出た。あとは――ん? あ、あれは?」


「お姉ちゃん……お姉ちゃんはどこなの! お姉ちゃんを出して! 雑魚は消えろ! エインスの紛い物が!」


 誘導に従っていると、視界の隅にあの子が見えた。歩く戦車と称せるほどの重武装を巧みに使いこなし、火力で敵を圧倒している。しかし、その表情は絶望に染まっていて、それでいて高揚していて、普段無表情な彼女とは思えないほどにイキイキとしている。


「あれは……ナインスよね? どうして此処に? 偶然よね?」


 見間違いかと思ったが、この感じは間違いない。魔力出力9999万はナインスの数値だ。

 いや、でもどうすればいい? 仮に此処で任務を放棄してしまったら私の命が危うい。

 だけど、そんな理由でナインスを裏切るのか? 彼女は必死になって私を探しているのだ。宇宙を駆け巡って、幾多の戦火の潜り抜けて、正しく粉骨砕身している。


 それなのに私は何をしている。ブラック企業もドン引きするような環境に、大人しく身を置いていていいのか?


 否、そんな筈がない。愛する家族が嘆き悲しんでいるなら、そっと身を寄せて慰めるのが姉の仕事に決まっている。こんな所で辟易としている場合じゃない。


「ナインスーッ! 私は此処よ! 此処に居るわ!」


 居ても立っても居られないとはこの事だろう。

 私は軽率に変身して、輸送船から飛び出した。そして、存在をナインスに訴えかける。もう、今は任務ことを脳内から消した。感情のまま、馬鹿みたいに行動する。ナインスが苦しい想いをするならば、一生馬鹿になってもいいくらいだ。


「お姉ちゃん? お姉ちゃん……!」


「ナインス! 我が妹よーッ!」


 ハチと戦闘機、両軍の残骸が漂う空域で、私とナインスは漸く再開した。

 柄にもなく、涙腺が崩壊しそうだ。感動のあまり、妹を抱き締めようとスラスターを噴かせる。


「へ?」


 刹那、ナインスの肩部からミサイルが発射された。問答無用の攻撃で、後少し反応が遅れていたら、今頃私は木端微塵になっていただろう。

 冷や汗を垂らしつつ、私は目の前のナインスを見据えた。

 ふむ、感情が表に出ているので実に分かり易い。

 彼女は怒っている。それも絶望的なオーラを漂わせた、戦慄してしまうほどの凍てついた怒り。ゆらゆらと揺らぐ静かな怒りの炎は暗澹たる雲行きだろう。


「ま、待って! ストップ! な、ナインスはど、どうして怒っているの? こ、心当たりがないのだけれど……」


「お姉ちゃんが……消えたから。離れたから……知らない女と仲良くして……許さない」


 なんとナインスが私を探していた目的は慰めるためではなく、ただ怒るためだったようだ。


「アリサのことを言ってるの……? いや、それよりもこんな所で争っている場合じゃないわね」


 しかし、私が冷静だとしても、ナインスは憤慨してしまっている。


「許さない……お姉ちゃんは私のモノ!」


 聞く耳を持たず、苛烈な攻撃を仕掛けてくる。センサーが搭載されたバイザーを下ろし、身体中に仕込まれたミサイルを発射する。


「ちょ! わ、私を殺すつもり!?」


「ふふ……大丈夫。一緒に逝こう? そしたらずっと……」


「これが巷で話題のヤンデレか!?」


 そうなるまで私を偲んでいたのだろう。そう思うと胸が痛いが、だからと言って大人しく殺される訳にはいかない。

 私には全世界の美少女を手にする、守るという生涯の目標があるのだ。その中にはナインスは勿論、私の家族が含まれている。

 死ねない。

 しかし、ただ謝るだけではナインスは許してくれないだろう。拙速は軍では喜ばれるかもしれないが、人同士の想い合いでは言語道断。真摯に向き合わないといけない。言葉だけでなく、行動で示す。


「ナインス……そんなに私を想って……ごめんなさい」


「今更……ッ!」


 憐憫の眼差しが怒りの拍車を掛けたのか、ナインスは腕部ガトリング砲を高速回転させる。

 私は宇宙を縦横無尽に暴れ回ってナインスを翻弄し、そして何とか隙を突いて、急接近した。ナインスの動きを封じるように背後から抱き着いた。


「離して!」


「ナインス……私の鼓動が聴こえるかしら?」


「…………」


 形が変わるほど胸をナインスへと押し当てる。

 きっと私の鼓動は煩いほどに脈を打っているだろう。当たり前だ。だってナインスという超絶美少女を抱き締めているのだ。


「うるさいほどドクドクしてるでしょう? 私、それほどまでにナインスのことが好きなのよ?」


「それじゃあ一緒に逝こ――「逝かない。私には美少女とげふんげふん! 家族を守るという目標がある。それにはナインスも含まれているのよ! だからこそ死ねない! 死なせない!」


「……嫌。お姉ちゃんは私だけのモノ」


 聞き分けのない子だ。それほどまでに私を愛していると思えば悪い気はしないが、命の危機だから素直に喜べない。

 しかし、こういうヤンデレにどう対処すればいいのか。

 ふふふ、私には分かる。鉛のように重い愛。依存。つまり、ナインスは特別を求めているのだ。特別じゃないから、無理やりに私を独り占めしようとしている。だから心中しようとしている。


 では、ナインスを特別扱いするのか? 


 それは厳しいだろう。いくら絆されたとしても、彼女だけを特別扱いする訳にはいかない。私は全美少女に対して平等に接するのを信条としているのだ。


「ナインス……私は貴方だけのモノじゃない」


「それなら――「でもね……」


 私はナインスの身体を翻し、正面から向き合う。お互いの息が掛かるほど近い距離。まるで無限に広がる宇宙に建った二人で存在しているようで、自分でも驚くほどにロマンチストだ。

 相変わらず、ナインスは可愛い。以前と違って絶望に染まっていて、少し冷たく感じられるが、それがまた大人らしく感じられて良い。

 今更面映ゆいと思っても遅く、私は思い切った行動に出た。


「んっ……」


「んんっ……ちゅっ……」


 ナインスを特別扱いする訳ではないが、愛を確かめる行為の一つである接吻をしてあげた。今だけは空気を読んでいるのか、紳士モードも発動しない。

 最初は驚いていた様子のナインスだったが、次第に受け入れ始めて舌を忍ばせてくる。その辺りで「これ以上は不味い」と思った私は咄嗟に顔を離した。

 そこには名残惜しそうに、のぼせた様子のナインスが居た。口から銀色の糸を垂らしていて、私と混ざり合った証と思えば酷く興奮してしまう。ああ、依存が深まってしまっただろう。しかし、こうするしかなかった。


「……って! こんなことをしている場合じゃないのよ! 此処は戦場よ! ほら、ナインス! 脱出するわよ!」


「もっとぉ……」


「ああ、こら! 引っ張らないで! 誰に見られているか分からないのよ!」


「…………」


「わ、分かった。後で気が済むまでキスしてあげるから!」


 漸く納得……していなさそうだ。さしずめ、我慢しているといった所だろう。

 兎に角、私は潜入予定だった火星へと向かった。このままノコノコとコロニーへ戻ってしまうとムーンノイドたちに裏切りだと処刑されてしまうかもしれないので、当初の目的通りに動いて成果をあげる必要があった。

 思慮深いマチルダのことだ。暫くの間は私の動向を窺うだろうし、すぐさまドカンは無い筈だ。

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