オリジン世紀195年 初冬

機転

 休暇と言えば各々趣味に没頭したり、または家族サービスをしたり、敢えて一日中寝ていたり、有意義な時間の使い方をするものだろう。あまり休みが取れない人や連休となると猶更だ。

 一方で私はというと……何もやる気が起きなかった。

 仕方ないだろう。先日、アリサというかけがえのない大切な人を失ったのだ。その喪失感は計り知れず、自分的には立ち直ったつもりだったのだが、ふとした瞬間に脳裏に彼女が過って辛い。

 こんなに絶望的な日々を過ごしたのは初めてだ。絶望を描いた絵に絶望を降りかけたような真っ暗な絶望。思考がぼんやりとして、ただ億劫な身体を感じる自堕落的な生活。


「私は……何をしているんだろう……」


 マチルダに休暇を貰って三日目だが、何もせずにベッドに寝転がっていた。そんな自分に嫌気が差して、愚痴を漏らす。


「入るよ……ってなんて格好だい。もう少しシャキッとしたらどうだい?」


「プライベートなんだからいいでしょう? というかノックをしなさいよ」


「何度もしたけど返事がないじゃないかい」


 部屋に入ってきたのはテンスだった。

 以前の私ならもっと踏み込んで、耳をペロペロしてもらいたいところだが、生憎ブルーな気分だ。美少女を見たとしても溜息を漏らしてしまう。


「はぁ……」


「なるほど……マチルダの言っていた通り覇気がないね。耳をペロペロして欲しくないのかい?」


「……どうせしてくれないんでしょう? また警察にお世話になるのは嫌よ」


「こりゃあ重症だね」


 ドライフラワーのようにしんなりとしている私を見て、テンスは頭を抱えた。


「そういえば何か用でもあるの?」


「ああ、ちょっと相談があってねぇ……」


 言いづらそうに唸ったテンスは紙の束を渡してきた。

 何かの資料か、いや、どうやらオーダー軍の報告書らしく、私はサッと目を通す。

 内容は月軍が謎の人型兵器に衝撃を受け、フォースの居場所を尋問されているらしい。ぼやけているが犯人の写真がついており、その姿はナインスの重装甲に酷似している。


「あんたの放送を聴いてオーダー軍を飛び出したようだねぇ……お陰様で戦線は此方が有利に働いているし、私としちゃ嬉しいんだけどさ……」


「ナインス……」


 このタイミングでナインスが月軍へ攻撃している。恐らく、放送で私の生存を知り、私を探しているのだろう。

 しかし、私が今居る、此処は月都市ムーンアリアだ。

 ムーンノイドの本拠地であり、そう簡単に辿り着けるものではない。が、それは普通の一兵士に言えること……

 ナインスは粛清の蛹計画の九号機だ。報告書を見る限り、以前よりも力をつけて、その分軽率になっている。今からでも月に突撃を仕掛けてきても可笑しくなく、私は頭を抱えた。

 彼女が私に会いたがっているのは嬉しい。私もナインスに会って、熱い抱擁をして、アリサを失った悲しみを慰めてもらいたい。だけど、そう簡単にいかないのが億劫に思ってしまう。


「それで? 私に説得しろと?」


「いや、あんたには火星にいってもらうよ」


「……え?」


 予想だにしていない返しに私は呆然としてしまった。

 火星とはオーダーの本国だ。つまり一番防衛が厚いところでもあり、先ず月軍に所属している私が行けるような場所ではないだろう。


「どうして火星へ?」


「オーダー軍の総帥、アースリーの暗殺さ。単純だろう?」


「そうね。単純だわ。嫌よ」


 反抗的な態度を見せると、テンスは眉を顰めた。


「ナインスが暴走して、オーダー軍の防衛網に穴が空いている。今が忍び込むチャンスなんだよ」


「なら、私はナインスと会って、彼女を宥めないといけないわね」


 ナインスだけじゃない。私の生存を知ったであろうエインスの行方も気になる。

 ああ、こんな閉鎖的な空間に引き籠っている場合ではなかった。私は一刻も早く、家族に会うべきだった。


「こんなことは言いたくないんだけどねぇ……これは上から、マチルダからの命令だよ。拒否権はない」


「はぁ……分かったわよ。潜入経路は用意してくれているんでしょうね?」


「それは勿論……民間企業に偽装して、物資の輸送人として忍び込んでもらうよ」


「そう……今回は大丈夫そうね」


 以前の地球降下のような、無計画に放り出されるなら抗議してやろうかと思ったが、どうやらきちんと作戦を練っているらしい。流石はテンスだ。あのマチルダマッドサイエンティストとは大違いである。


「それより耳をはむはむしてくれるのかしら!?」


「やっと平常に戻ったねぇ……嫌だよ」


「そんな! 殺生な!」


 魂の叫びを無視して、呆れた様子でテンスは出て行ってしまった。

 残された私はまた駄目だったと、不貞腐れてベッドへ寝転がる。


「それにしてもアースリーの暗殺かぁ……」


 なんだか腑に落ちない。

 確かにトップのアースリーを斃せば戦局は一気にムーンノイドへと傾くだろう。しかし、それは酷く成し得難いものだ。故に、私が最前線に出れば、もっと簡単に戦局を変えられるのでは? と思ってしまった。

 いや、確実にそうだろう。そちらの方が理に適っている。相手のトップを暗殺するなんて現実性に乏しい。


「となれば……」


 何か他に、マチルダの思惑があるのだろう。なるべく、それに従わないと私の命が危ういが……


「ナインスが心配ね……」


 現在、自暴自棄になっているナインスが心配で、胸が張り裂けそうだ。今すぐにでも駆けつけて抱き締めてあげたい。が、それは叶わないのだろう。

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