情報共有

「なんですか? また此処に来てしまったのですか? その顔はよく分からないって様ですね。安心してください。私にも分かりません」


 目が覚めたら、そこは謎の空間だ。いや、空間と称していいのかすら分からない。ただ分かるのは私の五感が消えていて、意識だけが存在している。そして、誰かが私に語りかけているという事実のみ。


「ふむ……以前のように深くは来ていないようですね。私の姿が見えないでしょう?」


「……そんなことより、貴方は一体誰なのかしら? この前みたいな長ったらしい説教は勘弁よ」


「そんなこと? ですって? どうやら貴方が此処に来た意味が分かりました」


 表情も見えないのに、言葉と気配だけで吐き気がしそうなほどの圧を感じる。

 この後、滅茶苦茶説教された。





 私の行動(主に変態的な)について、滔々と説教を垂れる彼女。顔はよく憶えていないが、声質的に女性だと判断している。

 肝心の説教だが、耳に痛い話ばかりだ。だから敢えて右から左に流したり、唯々諾々と聞いていた。が、その態度が気に入らないのか、彼女は更にヒートアップしてしまう。

 美少女かも分からないような、謎の女性に諭され、貶される。これには耐えられないので話題を変えようと、ずっと秘めていた謎を啄んだ。


「あの――「今は説教の途中ですよ!」


 食い気味で遮られたが、ここで挫けるわけにはいかない。


「発言の許可を」


「いいでしょう。ただし、セクハラ染みたことなら殺します」


「セクハラなんてした事ないです」


「嘘ですね。これはもっときつい説教が、体罰が要りますね?」


「体罰!? ちょ、待って。私が聞きたいのは貴方の正体よ! ずっとはぐらかすし、いい加減気になるのよ!」


 体罰と聞いて焦った私はさっさと彼女に尋ねた。最初からこうすれば良かった気もするが、今更遅いだろう。


「私の名前は――ですよ」


「え? 聞こえないんだけど?」


「だから――の――ですよ」


「まさか、時間切れ?」


「そうみ――でも貴方――気づいている――」


 断片的に聞こえる彼女の声に、私の胸の中にあった疑心は確信へと変わった。

 彼女の正体は分からない。だけど、私はいつも彼女と一緒に居た。私が私という自我を覚えたあの日、アリサが死んでしまった時も、”紳士モード”という形で彼女は私に寄り添っていてくれた。

 それが事実だとすれば、こう胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。そう、これは……


「貴方が紳士モードね! はっきり言って邪魔なの! 私のハーレム計画を邪魔するなら、家に帰ってミルクでも飲んでなさい!」


「――――――」


 怒りとは裏腹に、意識は薄れていく。

 もはや彼女の言葉は何一つ分からず、次会った時のことを鑑みた私は豪語したことを後悔した。






 深海から浮上するように意識が覚醒していき、私は飛び起きた。


「はっ! 此処は何処? 私、何をして……ひっ!」


 視界に映ったのは息を荒くして私に馬乗りになっているナインスだった。状況は全く分からないが、取り敢えず貞操の危機というのは察した。


「ナインス! す、ステイ! 待って! お願い!」


「ふーふー……」


「起きたのか……って何やってんだ? お前は発情した犬か」


 据わった目をしていたナインスは人魚によって首根っこを掴まれ、そのままロープでぐるぐる巻きにされる。随分な手際の良さだが、流石にやりすぎではないだろうか。


「……ん? 足がある?」


 人魚だと思っていた彼女には綺麗な足が生えていた。きめ細やかで染み一つない両足で地に立っており、ついでに水着姿でも無くなっている。少し残念だ。


「ああ、私とお前たちは家族だよ。スカウターは……レーダーは搭載されていないのか?」


「お姉ちゃん……この人の魔力出力は7777万だった」


「美少女の出現に歓喜して、全く確認していなかったわ」


 戦場に居たにも関わず、この不用心さ。私、美少女に対する耐性が無さすぎるだろうか。これかは自重しよう。うん。


「そっか……貴方も粛清の蛹計画の被害者なのね。私は美少女のフォースよ。こっちの病んでいる美少女はナインス。貴方は魔力出力から察するにセブンスかしら? 少しだけシックスから聞いた事があるわ」


「確かに私がセブンスだけど……美少女美少女ってあんた変わってんな」


「戦闘機にロケット花火を浴びせる貴方には言われたくないわよ!」


 でも、可愛いから許す。悪戯心がある美少女なんて需要があるだろう。少なくとも私にとって今までになかった属性なので好印象だった。


「データ把握。水中戦闘特殊型セブンス」


「へぇーだから人魚……それにしてもスクール水着っていいわね。こう胸に熱く、来るものがあるわ」


「おいおい確かにスクール水着っぽいが、あれはセブンスターで開発された特殊な合金だぞ。水中で効果的なパフォーマンスを発揮する優れものなんだ。まあ、それを使いこなしているあたしが最強って訳よ」


 胸を張った彼女の私服は……見覚えのない軍服だ。身体つきがくっきりと浮かんでおり、たおやかな腰に、小ぶりな胸、嫣然たる態度。セブンスター? を意識しているのだろうか。そんな星は聞いたことないが、兎に角可愛らしい。ぶっちゃけ今から襲いたい。まあナインスや紳士モードがいるので襲えないが……


「彼女の任務は火星でのアースリーの暗殺」


「お、流石に家族だけあって知っているか。私はフリューゲルにアースリーの暗殺を命令されていたんだが……奴ら全く隙をみせない。お陰で海底にこんな秘密基地も作っちまうし、ほんと私って優秀だな」


 近未来的な室内を見回したセブンスは自虐そうに笑みを浮かべた。

 此処って海底にあるのか……深海としたら何メートルくらいの深さに存在するのだろうか。それにしても――


「へぇー……アースリーの暗殺かぁ。そりゃあたいへん……って私と一緒じゃないの!?」


「へぇー…………そうなのか!? 実はずっと一人で此処に潜んでいるから」


 私の心からの叫びにセブンスだけじゃなく、ナインスまで小首を傾げた。私も色々と頭が痛くなってきたので、机に突っ伏した。


「接続……した方が手っ取り早い」


「接続?」


「ああ、私たちだけに備わっている通信手段だな。やったことはないが一瞬で情報を共通できるとかなんとか……」


 そんな便利な機能があったのか。というか――


「接続……接続って何だかいやらしい響きだわ」


「おまえは一体何を言っているんだ?」


 ナインスにジト目を向けられたが、それはそれでいい。段々とナインスから軽蔑が見受けられるのは気のせいだろう。きっとそうだ。


「よし、それじゃあ接続を――「ちょっと待って。本当に安全なの? そもそもどこまでの情報共有がされるの? 個人情報は守られるわよね?」


 私の純粋な疑問に、ナインスは俯いてしまい、セブンスは知らんと言った風に視線を逸らした。余裕綽々のように見えるが、額から汗が流れていることを、私は見逃さなかった。

 つまり、接続というものはリスクが伴うのだろう。


「何だか怖そうだし、それなら口頭で情報共有ね。それでいいでしょう?」


「……まあいいけど、私はちょっと興味があっただけだし。セブンスターも危険だって言っているからな」


「よし、それじゃあ私の自己紹介から今に至るまでの生い立ちを……ナインスさん?」


 彼女は靉靆としたオーラを醸し出して、葉巻状態から華麗に脱出する。ただならぬ気配から敬語になってしまう。


「ダメ……接続する……」


 ナインスはそう言って、覚束ない足取りで私に向かってくる。そして、肩に手が触れられたと思った瞬間、近くにあったソファへと押し倒された。そのまま馬乗りになられ、身動きが取れない。

 さ、ここで思い出して欲しいのは私の魔力出力だ。私は4444万と粛清の蛹計画の中では中間だが、ナインスはその名の通り9999万だ。単純な力比べで敵う訳がない!


「接続……接続……」


「ちょ、まっ、本当に個人情報の流出は駄目! わ、私だって人に知られたくないような黒歴史があるのよ」


「ほぅ……例えば?」


「アリサのカップを使って間接キスを狙ってみたり……ってなんてことを言わせるのよ!」


 つい口が滑ってしまった。その所為でナインスはより一層どす黒い雰囲気を醸し出し、私を押さえつける力も増していく。


「またその女の名前……許さない……」


「ちょっ、首を絞めるのはNGよ! うぐっ……」


「必死に視線を送ってこられても……悪いけど助けないぞ? 助けたらセブンスターに魔障風が発生してしまうって、今日の雑誌の占いで乗っていたんだ」


 訳が分からないよ。

 我関せずと言った風なセブンスは口笛を吹きながら、時にもキャンディを舐めている。

 くそっ! 私は心中させられそうになっているのに……なんて奴だ! 紳士モードも役に立たないし、私に味方はいないのか……


「接続……開始……」


「ふぇ? せ、接続ってやめ、あ、あっ! アーーーッ!」


 自分でも驚くほど汚い声が出た。






 濃厚な接触が終わった。もう、今までに体験したことがないような感覚だったが、ナインスと接続(意味深)出来たとなれば素直に喜ぶべきなのかもしれない。が、内容が重すぎて、頭の中が真っ白だ。私の顔は蒼白になっているだろう。まるで仕事で重大な失態を犯した時のような、自分の中で焦燥感が生まれてしまっている。

 ナインスと接続した。そこで行われたのは情報共有なのだが、恐らくだが、最悪にも全て共有されてしまったと思う。それこそ味の好みや、その人の過去、行い、ナインスの性格の全てが頭の中に叩きこまれた感じである。

 一言で言う。酷かった。ナインスは私なんかよりも壮絶な人生を送っていた。いや、分かっていたのだ。粛清の蛹計画の実験体になるくらいなのだから、元より冷遇されている立場とは分かっていた。だけど、この仕打ちはないだろう。幼い少女にして良いような行動は一切なく、周りの研究員たちはナインスをモルモットのようにして弄んでいた。


「フリューゲル……いや、ムーンノイドも……やっぱり許せないわね……」


 無意識に身体が強張る。歯切りをして、復讐を誓おうとした――


「いいの……」


 刹那、ナインスによって遮られた。私の拳を両手で包み込んで、彼女は優しい笑みを浮かべる。


「私、これでお姉ちゃんの妹になれた?」


「ッ! 貴方は、ナインスは私の大切な妹よ!」


 私はナインスを熱く抱擁した。

 そうだ。確かにナインスは酷い人生を送っていたが、今から変えていけばいい。私がナインスの運命を善に変えればいいのだ。私がナインス、いや家族を幸せにしてみせる!


「それで、私はやっぱり二番だった……」


「へ? あの、な、ナインスさん?」


「お姉ちゃんは嘘を吐いていた……」


 耳元で囁かれ、血の気がサーッと引いていくのを感じた。

 そんな時、痺れを切らした様子のセブンスが間に割って入った。


「はい! そこまで! おまえらいつまでイチャイチャしてやがる! バカップルか!」


「カップルじゃない……」


 そう否定したナインスは頬を朱色に染めていて、満更でもない様子だ。かく言う私も少しだけ照れてしまった。

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