地球蝶
明らかに兵器だろう。それもフリューゲルにとって貴重なグローマーズを使用していることから相当な期待を背負った兵器だと察せられる。
「ッ! 誰! 不意打ちとは卑怯ねッ!」
刹那、殺気を感じた私は跳んで距離を稼ぐ。
自分が元居た筈の位置に映ったのは刀を振り下ろしている少女。肩まで伸びた白髪を揺らし、星のような琥珀色の瞳を揺らめかしている。
普段なら美少女だ! と興奮しているところだが、此処は敵の本拠地。その上、その美少女から慄然するような殺気を向けられているので、とてもそんな気にはなれない。生命の危機だ。
「また裏切り者なのぜ……フォース、ファイス、セブンス、エインス、ナインス、テンス……一体、何人裏切れば済むんだ?」
凄みが効くほど、篤い怨念を感じられて、私は身震いしてしまう。確かに美少女だが、彼女には修羅という言葉がぴったりだろう。
「私はフォース・ユイ……貴方の名前は?」
「名前なんてない。此処ではシックスと呼ばれているがな!」
「ッ!? やっぱり!」
彼女は魔力を解放して刀を薙いだ。その一閃は瞬きをする暇がないほどに無駄がなく、鋭く、不覚にも肩の装甲を掠めてしまった。
「シックスということは貴方も粛清の蛹計画の?」
「厳密に言えば違うが似たようなもんだな……旧式のフォースとは一緒にして欲しくないねッ!」
やはり彼女も私と同じフリューゲルの実験体のようだが、今までとは違って異質だった。えらくシンプルなのだ。エインスやナインスなど、私が知りうる家族たちは何かしらの長所を持っており、最低でもマギアソードやバルカンといった武装があるのに対し、彼女は何の変哲もない刀のみ。
目の前のシックスと名乗る少女はどうだ。確かに体内に魔力を宿しているようだが、コンセプトが分からない。鎧のような装甲は有るが、武器らしい武器はない。
……いや、逆にそれがコンセプトなのだろう。特徴がないのが特徴。きっとそうに違いない。恐らく、後継機であるエインスたちのベース機といったところだろう。
「私を敵にして考え事とは余裕だな!」
「くっ! やるわね」
シックスは戦闘慣れしている。刀の扱いをよく分かっており、私が戦ってきたどの敵よりも強いと断言できる。魔力出力6666万は伊達ではないようだ。
手は抜けない。殺す気でいかないとこちらが負ける。
今まで無駄な殺生をしないために力をセーブしてきたつもりだが、相手が強者である以上、本気でぶつかろうと意識を変えた。
「ちっ! 動くと当たらないだろ!」
「…………」
「だから動くと当たらないだろう!?」
上体を逸らし、一太刀を回避する。そして、流れるような動作で身体を翻し、その勢いで刀を蹴り上げた。一筋縄ではいかないようでシックスの刀は弾かれない。
しかし、予想外ではない。弾けなかったのならば、もう一度衝撃を加えるのみ、だ。マギアソードを出力して、身体を捻らせて、刀身にもう一撃を加えた。
すると刀はシックスの手から跳ね飛ばされる。
(チャンス!)
私はマギアソードでシックスの首を突いた。
勝利を確信した。その瞬間、世界がスローモーションに感じられ、心のどこかで恐れが芽生える。
本当にシックスを殺してしまうのか?
殺す必要はないのでは?
彼女は私の家族だろう?
「ッ!」
迷いだった。一瞬の気の迷いは戦場で命取りになる。
重々承知していた筈なのに、私は迷ってしまった。兵器としては初歩的な失敗だ。
結果、マギアソードはシックスの首を貫く事無く、壁へと刺さる。シックスは唖然としているとようだが、直ぐに「どうして殺さなかった」と訴えるように睨みつけてきた。
私は命奪わない結果に満足して、安堵の息を吐き、このままシックスを拘束しようと思った。
――バンッ!
そんな時、銃声が鳴り響き、マギアソードが弾かれた。
もう一般兵士が追いついてきたのか? 億劫に思いつつも振り返ると、階段を上がった二階に見覚えのある女性がいた。腰まで伸びた茶髪は絹のような艶があって美しく、銃を構えた姿は凛々しい。
間違いない。彼女はアリサだ。私が探していたアリサ。大切なアリサ……
「どうして……ここに、四号機フォースが……やっぱりイロハだったの?」
「アリサを探しに来たのよ! さぁ、帰りましょう? こんな埃っぽいところに居たら病気になっちゃうわよ?」
彼女の表情を見て、巧まずして分かった。アリサはもう私の手の中にいない。どこか遠い存在になってしまっている。
私は戦場であることを忘れて、必死でアリサに訴えかける。が、アリサはただ俯いただけで、ぼんやりとしている。
「ごめんなさい。本当は全部知っていたのです。イロハが宇宙から来たのも、記憶を失っているのも、だけどフォースになっていたなんて……シックス……」
「おう!」
「ちょっ! なによ! 離しなさい!」
アリサが命令したのか、シックスによって私は拘束される。不意を突かれたので綺麗に技をかけられて、少しでも動けば痛みが伴う。
「黙れ! 偉大なるファースト様は我らフリューゲルを救うための作戦に出てくれるのだ!」
「ふぁ、ファースト? 何を言っているの?」
彼女はアリサだ。私のような兵器とは似つかない、可憐で優しい少女だ。
そんな彼女が一号機? 私と同じ存在だった?
嘘だ。嘘に決まっている。
そんな私の想いを裏切るようにアリサは変身した。魔力出力は1111万と実験体にしては低い方だ。シックスと同じように武装はないようで、ただシンプルなスーツに装甲が施されているだけ。
呆気に取られる私を一瞥すると彼女は跳んだ。そして、あの戦艦のような、謎の兵器へと入って行った。
「あれは……何なの?」
「……粛清の蛹計画の最終段階。蛹は蝶になるべきだろう? 本当は私が搭乗予定だったんだがな……」
兵器は起動して、モノアイが光った。その瞬間、一気に魔力が解放されて、背中辺りに魔力が噴出される。それはまるで蝶の羽のようで、思わず見惚れてしまった。
「どうして……どうして……アリサが乗っているの? 彼女は、こんなことをするような子じゃないのに……」
「そりゃあ在庫処分だろ。使えない兵器を有効活用しないといけないからな。先日遭ったファイスによる太陽電池の攻撃……それによってフリューゲルの宇宙部隊は壊滅的打撃を受けた。実験データを取るついでに制宙権の確保ってね」
「なによそれ……」
アリサが戦場に駆り出されるのは私の責任だと言いたいのか。
理不尽な現実に私は歯軋りして、次の瞬間には唇をぎゅっと結んだ。
決意した。私はアリサを救う。あの蝶の中から彼女を引きずり出して、一緒に暮らすのだ。また、あの幸せな日々を送りたい。
そう思えば身体は勝手に動き出し、拘束されているにも関わらず、ブースターを噴かせた。
「なっ! こいつ! おい! 待つんだぜ!」
シックスが何か言っているが、気にしていられない。
外れた関節を無理やり直して、そのまま蝶へと飛び移った。装甲の隙間に手を入れてしがみついて、必死に訴えかける。
「アゲハ! そこから出てきなさい! お願いだから……私の言うことを聴いて……」
厚い装甲を何度も叩くが、響かないのか返事がない。いくら願っても彼女は返事をしてくれない。
手荒な真似をするしかないのか。
私はマギアソードを出力させて、装甲と装甲の間に突き刺し――
「な、なにッ!?」
突如、蝶が動き出した。圧倒的魔力によって浮遊を可能として、それと同時に何重にも重なったハッチが開かれる。
まさか、もう宇宙へと旅立つのか?
態勢を崩した私を放置して、発射のカウントダウンは始まっている。蝶に取り付けられたブースターは地獄のような火を噴いて、空へと打ち上げられる。
とても怖い。まさか蝶に張り付いて大気圏を突破するなんて思ってもいなかった。息ができないほどの速度だが、変身しているおかげでしがみつけている。
しかし、それ以上に怖いのはアリサの行方だ。どこか諦めた様子の彼女はもう遠くの存在へとなっていて、私の呼びかけには応じない。アリサが戦争へと駆り出されていく姿を見るのは死んでも嫌で、それこそ自分の命を差し出す以上の恐怖だ。
「わわっ!」
蝶の身体が大きく揺れた。
下腹部に付いていたブーストはパージされ、既に宇宙へ着いたようでプカプカと浮かんでいる。
チャンスと思った私は今度こそ、会話を交わそうと叫んだ。
「アリサ! この中にいるんでしょ! 出てきなさい! 帰るわよ!」
「それは出来ないです……」
「なに? 脳内に直接? まさかこれが愛なの?」
「接触回線です」
棘がある言い方だ。ふざけている訳ではないのだが……彼女に癪に障ってしまったのだろう。
「いいですか? 私は今からフリューゲルの命令でオーダーに突貫を仕掛けます」
「そんな!? 一人なんて無謀よ!? いくら最新兵器だとしても……」
「でも、やるしかないのです。やらないとイロハに危険に及ぶのです」
「なに? 私が人質に取られているの?」
「…………」
無言は肯定と受け取った。
「隠していたけど私は四号機よ……」
「そうなのです。どうしてイロハが四号機になって……」
「私にも分からないわよ。記憶がないの。だからアリサと私の関係も、何も分からない……ねぇ、顔を見せてよ」
私の言葉に、アリサは何も答えない。
きっと迷っているのだろう。微動だにしない態度は戸惑いを表しているに違いない。
「私、今はムーンノイドに所属しているの。だから、一緒に亡命しましょう? マチルダならきっと分かってくれるわ」
「……本当にいいのです?」
アリサの声は震えている。フリューゲルを裏切るのが怖いのだろう。
いくらフリューゲルがヤクザ的な組織だけとしても、今までその傘の下で暮らしてきたのだ。外の世界に出るだけでなく、敵対勢力に亡命するのは相当の勇気が必要だ。
「いいに決まっているじゃない。貴方の人生、私にちょうだい?」
「また、そんなことを……うっ! なに、なんなのです!?」
「どうしたの? うわっ!」
動き出した蝶は砲身からビームを生やし、私を攻撃してくる。まるで追い払うような乱暴な軌道だ。
一度距離を取った私を待ち構えていたのはシックスだった。どうやら私と同じで蝶に張り付いていたようで、私たちの会話を盗聴していたらしい。アリサに集中し過ぎて、その存在に気づかなかったのは不覚だ。
「まさかファーストまで裏切るなんて……進言しといて良かったよ」
「何を……」
「そんな気はしていたから予め命令に従うようにプログラムしていたんだぜ!」
「し、シックスぅぅうッ!」
初めて私は家族に憎しみを抱いた。シックスの名前を裂帛して、怨みを向ける。
「ふふふ、二体一に勝てるとでも?」
シックスは余裕な様子で指をパチンと鳴らした。
その瞬間、蝶からビームが発射された。魔力が充満したその砲撃は宇宙を駆け巡り、水平線の果てに爆発が起きた。
「アリサ! しっかりして! プログラムなんかに惑わされないで!」
「無駄無駄! 裏切り者のフォースにはここで死んでもらうぜ!」
二人の連携は滅茶苦茶だったが、それでも数の不利は覆せない。私が反撃できないのを知ってか、主にアリサが荒々しい攻撃を仕掛け、隙を見てシックスも加勢に来る。
そんな行程が何度も繰り返されて、私の集中力は途切れてくる。アリサに語り掛けているので尚更だろう。
「もらったぜ!」
「うぐっ!」
シックスに腕を斬られてしまった。
切断はされていないが、どうやら内部機構にダメージを負ったようで動かない。まるで石のように固くなり、少しでも動かせば激痛が伴った。
「シックス! どうして貴方はフリューゲルの味方をするの? 貴方も、一緒にムーンノイドへ――「フリューゲルの総帥は私の親だった……綺麗事ばかりの馬鹿な親父だと思っていたけど、それでも親だったんだ。たったひとりの……私は親孝行しなければならない。親父の意志を継ぐ! フリューゲルを勝利へと導かないといけないんだ!」
言葉を失うとはこの事だろう。まさか、シックスがテンスの狙撃によって死んだフリューゲル総帥の娘だったとは、誰が予想しただろう。……本部に潜み、今まで前線に出ていなかったことを鑑みるに、大事にされていたようだ。
「フォースこそ! ファーストと一緒に裏切って! フリューゲルを裏切って! 何人私を裏切れば済むんだ!?」
「ごめんなさい! でも、私たち、戦争は嫌なのよ!」
「ムーンノイドに行ったって同じだろう!?」
怒りの籠った一撃は、見事に私の額を掠めた。
このままだとジリ貧だろう。シックスに攻撃しようにも、アリサが操られている以上、邪魔をしてくる。
(えぇい……拙いわ! どうにかしないと!)
本当に不味い。兎に角、アリサを正気に戻さない限り、勝利はないだろう。
私は思い切った行動に出た。
蝶に急接近して、もう一度接触回線に接続――
「アリサ! 私は貴方が好きよ! 貴方は私にとって特別な人なの……だからお願いよ! 元の、アリサに戻って!」
「うるせぇ! 大っぴらに告白なんかするな!」
シックスの刀は魔力によってエメラルド色に輝き、刀身が二倍以上に伸びている。そう理解した時には既に斬りかかっていて、私は死を覚悟した。
(こんな……シックスに、家族に殺されるなら本望かしら……きゃっ!)
死を悟って目を瞑った瞬間、何かに退けられた。いや、巧まずして分かる。蝶だ。アリサは蝶で私を押して、シックスの攻撃を受けたのだ。
「あ、あああああああああああああああああああああああッ!」
不幸にも、刃が貫いたのはコックピット部分だった。目を疑うような光景に呼吸が荒くなる。時が止まったように感じられたが、苦しみは風船のように膨らんで破裂した。
「あ、アリサ! 返事をして! アリサッ!」
私の訴えにアリサは応えず、蝶は電流を走らせている。誘爆してしまうかもしれない。そんな懸念から私はマギアソードを使ってコックピットを抉じ開けた。
私は絶句した。
何故なら、コックピットに横たわっているのは血まみれのアリサ。お腹に大きな穴を空けて、肉が焦げた臭い。思わず吐きそうになったが、それでも私はアリサを手に抱えた。
彼女は息を引き取っていた。当たり前だろう。いくら兵器だったとしても、この傷では生きられない。
悔しい。
折角、掴んだ幸せは儚く散ってしまった。記憶がなくて、私とアリサは一ヶ月くらいの関係なのに、どうしてここまで悲しいのだろう。涙が溢れるのだろう。
やはり、アリサは私にとって全てだった。運命だった。だからこそ、こんなにも悲しい喪失感でいっぱいになる。
「アリサ……」
私は彼女を抱き締めた。別れを悲しむように、与えてあげられなかった愛情の全てを、今は亡き彼女へと注いだ。
「ふぁ、ファースト……様……違う。私はこんなことをしたかった訳じゃない。ただ、一緒に戦う仲間が欲しかっただけなんだ……」
「シックス……」
「も、元はと言えばフォース! お前が居たから! お前が居たからファースト様が死んだんだぜ!」
「そうね……そうかもしれないわ……」
私が彼女と会わなかったら、こんな結末は迎えていなかったかもしれない。飽くまで可能性の話だが、少なくとも今の状況よりは希望を持てるだろう。
「今は引いてくれないかしら? お願いよ」
「……ああ、分かったのぜ」
シックスは感情を押し殺したような声で答えると、身体を反転させて宇宙空間へと消えていく。
彼女も彼女で悲しいのだろう。いつか、仇討と称して私に勝負を挑んできそうだ。でも、今は――
「悲しみに身を委ねていたい……」
より一層彼女を抱き寄せた。私の身体は血塗れで、辺りに血飛沫が漂っている。
「本当にごめんなさい……今から勝手なことをするわ」
そう言って、私は返事のない彼女にキスをした。唇と唇が触れ合うだけの優しくて、子供っぽいキスだ。
紳士モードは私と同じ気持ちのようで、胸の奥から吐き気のするような後悔の念が伝わってくる。
「くっ……」
また涙が溢れてくる。
しかし、今度は同時に怒りも込み上げてきた。何も出来なかった自分に対する怒り、殺した張本人であるシックスへの怒り、そして何よりも――
「この世界が……憎い……」
悲惨な戦争が起きるこの世界が憎かった。絶望を体現しているような残酷な世界を、恨めしく思ってしまう。
「どうして戦争ばかり! 私たちは何もしてないのに! 幸せに過ごしたいだけなのに! アリサはどうして死んだの!? 大事な……大事な人だったのに……こんなことはうんざりよ! もう嫌だ! カオスクリスマスのような出来事が起きたら……私は、これからどうすればいい……? ナインス、エインス……誰でもいいから助けてよぉ……」
凄絶な叫びに答えるものはおらず、皮肉にも宇宙はいつものように静寂としている。
孤独を感じて、力のままに溺れようと思った時、胸の奥からじんわりと温かみが広がった。
「誰? これは……紳士モード? 今更なによ。貴方だって後悔してるじゃない…………そうよね」
紳士モードは何も語らないが、その想いは熱く伝わってきた。
そうだ。私は美少女を救わないといけない。これ以上、アリサのような被害者を出さないために、平和のための礎になる気概だ。
次第に冷静を取り戻し、私はアリサを抱えて月へと向かった。
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