蛹
毎日が幸せだった。こんなに至福に感じられたのは記憶喪失になって初めてである。アリサと一緒にいるだけで、心が温かくなって、とても安らげる。ナインスやエインスには悪いが、私にとってアリサはかけがえのない……何だろうか。
確かにアリサは美少女である。しかし、ただ、それだけなら妹たちも当て嵌まる。
一体、私はアリサのどこに惹かれたのだろう。一目惚れだったとしても、そうなった要因がある筈だ。
「まあ分からないよね……」
これはナインスやエインスなどにも言える事だが、私は彼女たちが大切だ。しかし、それは家族愛なのか、それとも恋愛感情なのか、そう問われれば小首を傾げてしまう。曖昧な線引きだ。
仕様もない話だと区切りを付け、私は帰路に就く。すっかり自転車にも慣れてしまった。
「それにしても任務はどうしようかしら……」
幸せ過ぎて、行動できずにいる。が、歯痒いとは思わない。だって、今に満足しているのだから……
「でも、何もしなかったらマチルダに何されるか……もしかしたら本当にドカンかも……そろそろ動いた方が良さそうね」
鑑みていると家が見えてきた。日課である配達を終え、家畜の世話も終わっての帰宅だ。これで漸くアリサに会える。
「あれ? なにかしら?」
屋敷へと戻った私は違和感から眉を顰めた。そうだ。いつもならエプロン姿で出迎えてくるアリサの姿がないのだ。当然、昼食の用意はされておらず、仕方がないのでソファへ寝転がった。
きっと何処かへ出かけているのだ。悠然と構えて、ただアリサを待つ。が、いつまで経っても帰って来ない。
遂には夜になってしまった。
「いくら何でも遅すぎる! まさか逢引だったり! 寝転んでいる場合じゃないわ!」
これには不安が爆発した私は彼女を探しに行こうと思い立った。出逢って一ヶ月、いや出会った当初からアリサは私の大切な人であり、だからこそ狂奔する。
先ず、手掛かりを探そうと自室へ向かった。
どうして自室なのか? それはアリサと私は同じ部屋を使っているからだ。
彼女は甘え上手で、基本的に私にべったりくっついていた。就寝時にはお互いに抱き締め合って、家の中を移動する時ですら手を繋ぐ。可愛らしいが、その所為で何度頭を柱に打ちつけたことか……
「アリサ! まあ、いないわよね……ん?」
相変わらず質素な部屋を見回し、目についたのは机の上に置かれた小奇麗な便箋。今朝はそんな物無かった筈だ。
妙にそれが気になった私は手に取って、勝手に拝読する。
「アリサ少尉、招集指令……ちっ! そういうことね!」
手紙の内容を理解した私は自分の出来損ない加減に舌打ちをして、机を叩いて八つ当たりした。
そうだ。最初から疑うべきだった。
どうしてこんな大きな牧場を所有しているのか? 石碑へ出かけられる宇宙用スーツを持っているのか?
アリサは私と暮らすために働いたと言っていたが、どこに勤めていたかは言っていなかった。その理由は後ろめたいからで、この手紙から察するにフリューゲルに属していたのだろう。恐らく、そこで多大な功績を上げたのだ。
そして、現在フリューゲルは劣勢である。地球近辺の殆どの制宙権はオーダーかムーンノイドに占領され、追い詰められた鼠だろう。ただ地球という重力の檻の中から威嚇するだけの小心者。それが今のフリューゲルの立ち位置だ。
しかし、彼らも人間だ。ナインスが言っていたように、追い詰められた人間は何をするか分からない。倒錯的な行動に出ても可笑しくはなく、正しく窮鼠猫を噛む。
途轍もない嫌な予感から居ても立っても居られない。まだ逢引の手紙だった方が百倍は良かった。
「アリサ……アリサは何処に行ったの!?」
衝動で変身して、家を飛び出した。人目を気にしている訳には行かない。
人工的に作られた夕焼けの、偽りの空を飛び回ったが、アリサの姿は一向に見つからない。
次第に冷静さが戻ってきて、脳裏に過ぎったのは数日前に見かけたフリューゲルの男性。
彼は確か人気のない森へ消えていった。それはつまり、その先にフリューゲルの施設がある可能性を示唆している。
闇雲に飛び回るより、先ずそちらを確かめた方が効率良いだろう。と、判断した私は空中を旋回して、広がった深い森へ向かった。
「これは……エレベーター?」
木々の海が広がり、その大きさは町を囲う程だ。空から見下ろしていると一つの空き地が目に入った。その部分だけ不自然に木が切り倒されていて、代わりに小さな鋼鉄の箱が立てられている。外見に付けられたパネルから察するにエレベーターなのだろう。
周りにフリューゲルはおらず、警戒しながら私はエレベーターへと乗り込んだ。そして、地下五階まで広がっていることを知った時――
「くっ! 此方に気づいたわね!」
気づかれたようでエレベーターは突然動きを止めた。
恐らく、内部にはきちんとレーダーが張ってあったのだろう。変身していたため、魔力が探知されたと考えるのが妥当だ。
蛍光灯の電気が切れたが、監視カメラはばっちり動いていて、嘲笑われているようで気に食わない。
「仕方ない……荒業でいくわ!」
私はマギアソードで床を十字状に切り裂いて、そのまま落下して突破する。
さて、此処にアリサがいるかは分からないが、探索するにしたら下から上だろう。理由は単純で、その方が脱出するのが楽だからだ。
「ふふふ、歓迎されているのね」
地下五階、最深部へと辿り着いた私を出迎えたのはフリューゲル兵士だ。が、最前線ではない上、誰も攻めてこないような場所だからか、人数が少ない上に装備が旧式だ。殺す必要もないと判断して、さっさとアリサを探す。
此処は研究施設、兵器開発、ドックなどの色んな施設を兼用しているようで大きい。その大きさからフリューゲルの根城なのだろうが、それにしては脆すぎる。それほどまでにフリューゲルは追い詰められているのか……
「アリサ……どこにいるの?」
格納庫らしき場所へ出た。戦車や戦闘機、ヘリコプターといった物が並べられて、埃が積もっている。主戦場は宇宙だ。見る限りこれらも旧式のようなので、治安維持やパーツの抽出くらいにしか使えないスクラップなのだろう。
辺りを見回すが、そこにアリサらしい姿はない。居るのは銃を構えた勇敢な兵士だけである。
いくら私が最強だと、化け物だとしても敵の本拠地に潜り込むにも限界がある。焦燥感に駆られて一枚のガレージを破壊し、そのまま突き抜けた。
「な!? これは……蝶? いや、繭?」
そこはまたしても格納庫らしき広間だが異質だった。
現在進行形で作業が行われていたようで研究員たちが逃げ回っている。しかし、そんなことが気にならないほど、私はとある物に目が奪われていた。
格納庫の真ん中にでかでかと鎮座しているのは戦艦のような兵器。飽くまで似ているという点で、実際には小さく、それこそ戦闘機が五機分くらいだろう。砲門が幾つもあり、内部からは微量だが魔力を感じられた。
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