依存

 刻が進むのは早いもので 気がついたら既に一ヶ月が経過していた。

 マチルダに頼まれていた攪乱らしい事は達成出来ておらず、少しだけ焦ってきたこの頃、私は主に牧場で家畜たちの世話をしていた。本当は出稼ぎに出たかったのだが、アリサに頼まれてしまったのだ。


「ふぅ……それにしても戦争はより一層泥沼化しているわね……」


 木陰で休憩しながら新聞を読む。

 見出しにはムーンノイド新型機械人形撃破! とフリューゲルの栄光が載せられ、肝心の文章はプロパガンダ染みていて信用ならない。が、それでも何となく戦況は分かるもので、やはりフリューゲルが押されており、オーダーとムーンノイドが拮抗しているようである。しかし、国力の差もあり、このままではオーダーが勝利するのも時間の問題だろう。フリューゲルはトップを失って迷走しているように思える。


「これ、私が攪乱する意味、あるのかしら?」


 私の問いに答えるものはいない。一度、マチルダと連絡を取りたいところだが、それは叶わないだろう。月へは簡単に戻れず、仮に戻るならばフリューゲルの基地から宇宙船を奪うしかない


 迷走しているのはフリューゲルではなく、こうしてひと時の平和に身を寄せる私かもしれない……


 自虐的思考を抱きながら私は再び仕事に取り掛かった。採れたてのミルクの宅配である。

 牛乳瓶の入った籠を乗せた自転車に跨り、あまり整備されていない道を走る。数分もすれば街中だったが、その頃には汗だくである。

 いくらドーム内が涼しいと言っても、山道のようなガタついた道ならば仕方ないだろう。これから配達、その上帰り道にあの道を通らないと思うと気が滅入る。


「お待たせしました! ミルクの配達です!」


 一ヶ月もすればある程度慣れる。営業スマイルを浮かべて、私はどんどんミルクを配達していった。兵器としての能力が使えない以上、ただの人間なのでとてもしんどい。

 しかし、この仕事は意外にも情報収取になった。人と接する機会が増え、町を駆け巡ったお陰で色んなことに気づけた。


 先ず、ディクラインという蔑称の通り、この町ではグローマーズがない。あるのは数少ない石油や石炭といった時代遅れの希少資源のみ。主なのは電力で、この町は電気の力だけで廻っている。自動車は電気自動車だし、コンロは電気コンロで、太陽電池から電力を運んできているのだろう。

 やはり貧困の差は激しく、私が最初に入り込んだ地区はスラム街だったらしい。こうして牛乳配達を頼むような家庭は裕福ではないが、それなりに普通の暮らしをしているようだった。


 そして、殆どの民間人は意外にもフリューゲルの肩を持っていた。なんでも地球は元々オーダーが統治していたそうだが差別が酷く、終いにはカオスクリスマス事件だ。それがきっかけでフリューゲルが奮起し、地球の統治権が実質フリューゲルへと移ったらしい。正規ではないので書面上は未だにオーダーなのだろうが、此処にオーダーが一人もいないことを鑑みるに相当嫌われているようだ。

 それと特殊な電気で植物を育てている所為か、空気がどんよりとしている。埃っぽいというのだろうか? 兎も角、ドーム外ではまともに空気を吸えないらしい。宇宙服は必須なそうだ。


「ありがとうございました! さて、次は……あの人……」


 気を取り直して配達先を確認する。

 視界の片隅に映ったのは一人の男性で、どこか見覚えがあった。


「そうよ。あの時、エインスを連れ戻そうとしていた男性じゃない」


 コートを着込んでいたため、最初は分からなかったがエインスを連れ戻そうとしたフリューゲル関係の人に違いない。

 これはチャンスだろう。フリューゲルの秘密に迫れるかもしれない。そうすればマチルダが言う攪乱もできる。

 私は帽子を深く被ると自転車を走らせ、挙動不審気味な男性の後をつける。


「あっ……悔しいけどここまでね」


 男性が向かったのは牧場とは正反対にある森だ。とても自転車で入られない上、私にはまだ配達が残っている。

 あーあ、と独りごちて踵を返した。



 ギリギリで配達を終え、屋敷へと帰ってきた。私を出迎えたのはフリルが施されたエプロンを身につけたアリサだ。後ろで束ねた茶髪を揺らし、満面の笑みで「おかりなさい!」と抱きつかれた。まるでご主人様の帰りを待っていた犬のようだろう。

 私は「ただいま」と一言。彼女の頭を優しく撫でると、手を引かれてリビングへと誘導される。


「今日はオムライスを作ったのです!」


「へぇー美味しそうね」


 チキンライスにふんわりとした卵が乗せられて、その上にはケチャップでハートマークが描かれている。

 いつものことなので特に気に留めずに「いただだきます」と食べ始めた。


「そういえば○○番地の○○さんがね――」


 食卓の場では私が話題を振るのが定番になっており、今日仕事をして遭遇した出来事を面白おかしく語る。

 アリサは楽しそうに聴いてくれて、それだけ私は満足だった。


「あ、そういえば私の妹たちはどうしているのかしら? 少し心配だわ」


 名前を伏せて、私は主にナインスやエインスのことを追想した。

 ナインスの動向はマチルダに軽く聞かされていたが、エインスについて全く分かっていない。本当なら私は此処にいるべきではなく、彼女たちを探すべきなのだろう。


「妹……一体誰ですか? イロハは孤児でしたよね?」


「へ? え、ええっと……」


 物思いに耽っていたが、不機嫌そうにジト目で睨んでくるアリサによって現実へと戻された。


「ほ、ほら? 私って旅をしていたじゃない? その時、成り行きというか、妹が四人も出来てしまったのよ」


「ふーん……その妹たちと私、どっちが大事なのです?」


 意地悪な質問だろう。どうやらアリサは妬いているようである。

 そう、アリサは嫉妬深く、束縛が激しいのだ。俗に言うヤンデレに近いだろう。今まで離れ離れになっていた反動か、確実に私に依存している。

 二日前ほどだっただろうか。配達中に痴漢に遭い(手を触られそうになったが直前で反撃した)、その事を報告すると目から光を失った。あっという間に手を取られ、何度も布で拭かれた。「汚い……私以外の人に触られるなんて……大丈夫かな? やっぱり私色に染めないと……」と譫言を吐きながら、ごしごしとされて痛かったが、狂気を孕んだアリサに言える筈もなく、私は唖然とするしかなかった。


 閑話休題。

 今はアリサの質問だ。

 本音を言えばどちらも大事なのだが、こうなってしまった彼女は大体納得してくれない。だから、答えは応えないに限る。いや、正確にははぐらかす、だろう。


「はい、あーん……」


「え!? あ、あーん……」


 私があーんをすると、部屋の空気はピリピリとしたものから甘々としたものに切り替わった。ふふふ、計算通りだ。これで苦しい境地は切り抜けた。

 アリサは私のあーんがとても嬉しかったのか、それとも私の分のオムライスが特別美味しかったのか、頬を朱色に染めて俯いてしまっている。が、直ぐに顔を上げると再び口を開いた。


「それで、どっちが大事なのです?」


「ファッ!?」


「いつもはぐらかされているので、今日こそちゃんと答えてもらいます!」


 Oh……この世に神はいないのか。まさか反撃されるとは思っていなかった。


(どうしようかしら……正直に答えれば包丁で刺されるかもしれないわ)


 今はまだ隠れている狂気。それに当てられた日には生きている保証はない。

 しかし、その狂気を受け止めるのも私の仕事じゃないだろうか? 記憶がないにしても私が失踪したのが原因で依存しているならば、私が責任を取らないといけない。


 一体、私はどうして失踪したのか……


「だんまりですか……そうですか……それほど妹たちが好きなのですね」


「アリサ……アリサは、どうして私をそこまで……」


「だから言ったのです。ずっと待っていたんですよ? それなのに知らない女に靡いて……お仕置きしてもいいのです?」


 狂気という名の凶器(洒落ではない)を向けられた私は背筋がゾクゾクとした。それと同時に興奮してしまい、嬉しく思った。何故なら、私は好みの美少女にこんなにも想われているのだ。これほど嬉しいことはない。

 純粋にアリサの気持ちに応えたいと思った。確かに私は妹たちが好きだが、それと同じくらいアリサも大好きなのだ。


「お仕置きねぇ……それを受けるのは誰かしら?」


「へ? ひゃわっ!」


 私はアリサの頬にキスをするとソファーへと押し倒す。

 これから何をするのか?

 やはりアリサには紳士モードが発動しないようで、このまま本番になだれ込むのはいいが、それは依存を深める行為になるだろう。

 ここはぐっと我慢をして、健全なマッサージへと取り掛かる。


「ひゃっ! そ、そこは触っちゃだめなのです!」


「え? そこってどこかしら? ここ? それとも……」


 アリサは人に見せられないような蕩けた顔を晒しているが、健全なマッサージである。何度でも言うが健全である。

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