同棲
「はい、どうぞなのです」
「ありがとう……」
私はアリサにお屋敷へと招待され、出された紅茶を喫する。
とても香ばしく、上品な味わいだ。高級な物だと察せられて、身体に溶け込むのを感じる。
しかし、脳裏に過るのは街だ。街は地獄だった。紅茶以前に、そもそも飲み水ですら安全かどうか分からないほどに……
「どうしたのですか? まさか、不味かったとか……」
「いえ、ごめんなさい。とても美味しいわよ。それよりアリサは今までどうしていたの?」
「……イロハと暮らすために働いていたのです」
「私と……」
イロハとは私の名前なのだろう。正直、馴染みのない名前だったのでむず痒く思ったが、言える筈もなく、ただ気持ちを押し殺す。
私は彼女の中のイロハという人物を演じる、いや戻らないといけない。
「イロハこそ何処にいたんですか? 私、ずっと心配で、心配で、寂しかったのです」
「ご、ごめんなさい。じ、実はね、旅に出ていたのよ。マッサージ師になるためにね」
「……せめて一言残して欲しかったのです」
「本当にごめんなさい」
思わず肩を落とす。
アリサはずっと私を待っていたのだろう。その気持ちはひしひしと伝わってきて、だからこそ余計に落ち込んでしまった。
「それにしてもどうしてマッサージ師なんですか?」
「そ、それは……ほら! 働いているアリサを癒してあげたかったからよ」
美少女の身体を弄りたいとは口が裂けても言えない。
「そうなんですか? なら、今、お願いしようかな? どうすればいいのです?」
まさか本当にマッサージを求められると思っていなかったが、私は美少女の身体に触れごほんっごほんっ……癒すために本気でマッサージを勉強した身である。その辺は抜かりなく、きちんと身体の隅々まで気持ちよくしてあげよう。それこそ天に翔けるように。
その意気で私はアリサをソファーへと寝かせた。が、アリサは何故か言われるまでもなく薄着になってうつ伏せになっている。
(な! まさか素肌を晒すなんて……微かに見える頬は赤くなっているし……もしかして誘っているの!? 据え膳なの!?)
私は興奮しつつも彼女の背中に触れた。その瞬間、感度が良いのかビクッと反応してアリサは恥ずかしそうに身を捩った。
正直、堪らない。このまま襲いたいと思った。私は美少女好きだが、それとは別に、純粋に彼女のことがもっと知りたかった。身体の隅々まで観察したかった。
(……あれ? 私、変態的な思考になっているのに、どうして紳士モードは発動しないのかしら……)
消えた訳ではないだろうし、考えられるのは対象がアリサだから? つまり紳士モードはアリサを認めているのか? ダメだ。分からない。
分かっているのは私にとって彼女は特別であり、それは紳士モードにも除外されるということだ。
(ちょっと待って! それじゃ、このまま本番になだれ込めるの? ――みたいなことできるの!?)
此処に来てR18的な展開が起きてしまうのか。私としては願ってもいないことだ。元より美少女と性的関係になれるのは望んでいたこと。しかし――
「まだなのです?」
純粋無垢な彼女は私の下心に気づくことなく、ただじっとマッサージされるのを待っている。ただの馬鹿のように見えるが、そこがまた可愛らしくて私は煩悩を祓おうと壁に頭をぶつけた。
「い、いきなりどうしました!? 大丈夫なのです!?」
「え? えぇ! 大丈夫よ! あと百七回ぶつければ大丈夫!」
「それは大丈夫じゃないですよ!」
古から日本では人間には煩悩が百八個有ると伝えられている。そして年末になると除夜の鐘をその数だけ鳴らし、新しい年に煩悩を持ち込まないようにしている。
つまり、私がこうも変態的な思考に走っているのは、きっと頭の中の百八個の煩悩が抜けきっていないのだろう。一足早い大晦日だ。
なにせ自分がここまでときめきを抱いた美少女。ガラス細工のように扱わないと罰が当たりそうである。
それから、私は無を意識しながらマッサージを施した。勿論、手を抜かずに彼女の身体を真剣に解した。だらしのない表情を浮かべるアリサを襲いそうになったが、その度に頭をぶつけていた所為か、白い目で見られているのは気のせいと思いたい。
「そういえばイロハは此処に住むのです?」
「え? それは願ってもないことだけど……いいのかしら?」
「勿論なのです! さっき言ったように、この牧場は元々一緒に暮らすために建てたのですよ?」
「ならお言葉に甘えようかしら?」
私の返事が余程嬉しかったのか、アリサは屈託のない笑みを浮かべると腕に抱き着いてきた。私も自然と頬が緩んでしまい、彼女の頭を優しく撫でる。これからの生活が一段と明るくなった。
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