一筋の希望 sideアゲハ

 暗殺されかけたあの日から世界は一変した。

 オーダーとフリューゲルの戦争に、ムーンノイドという月の民が参戦。元はどちらにもつかない中立地帯だったのに、とんだ野心を孕んでいたものだ。


 フリューゲルは殆ど形骸化としている。大将がムーンノイドに狙撃され、筆頭を失った彼らはただのゲリラに成り下がっている。元より国ではなく、主にディクラインで構成された組織だったが、悪い方向に拍車が掛かっただろう。


 現在、戦況はムーンノイドが優勢だ。機械人形なるエインスの量産型……彼女らの出現が今までの戦場での常識を覆してきた。

 無重力で地獄のような環境の宇宙でも、地上のような、いやそれ以上に性能を発揮してくる。彼女たちは戦闘機よりも細かい動きを再現でき、宇宙だというのにその身を思う存分に動かしていた。


「艦長。これからどうしていくのですか?」


「このまま此処で防衛線を張り続ける。奴らの機械人形が幾ら強かったとしても使用されているのはグローマーズだ。このままグローマーズを守っていれば消耗戦に入り、いつか奴らの兵器も尽きるだろう。それに……我が軍でも対抗兵器の目処はついている」


 まだ量産されていないが、機械人形と同じ土俵に立つための兵器が本国で開発されている。それが流通すればムーンノイドも終わりだろう。元より我らオーダーの国力の方が数十倍優れているのだ。

 今は反撃の機会を待ち、耐え忍ぶしかない。あのような蛮族に負ける訳にはいかないのだ。


(フォース……私を導いてくれ……)


 脳裏に過るには愛おしい友。

 彼女は最後まで優しかった。死ぬ寸前まで私と家族を庇った。華奢な身体で死を浴びた。

 あの光景を思い出すと今でも胸が痛くなる。もしも、彼女が生きていたならば、今度は正式にユイ家を継いで――


「報告します!」


「……なんだ?」


「フリューゲルに忍び込んでいたスパイから……その……ああっ!」


 歯切れが悪い部下に苛立った私は紙束を奪い取った。


「これは……」


「事実の確認は起こっていませんが……どうやら翡翠色の流星にフリューゲルの太陽電池が襲われたようで、そこにフォースが居たと言っています……」


「言っているだけか?」


「三枚目の紙に監視カメラの映像が載っています」


 言われてページを捲ると、ダブルピースをしている少女が写っていた。確かにこれはフォースだろう。


「生きていたのか……」


 捏造の可能性もあるが、態々スパイがそんなことをする理由はない。これがフォースという確証もないが、少なくとも私は本物だと思った。

 何故なら、彼女の死体は何者かによって奪われたのだ。死亡は確認されていたが、何者かによって生き返った。希望的観測かもしれないが、そう考えれば気持ちが楽になった。


「偽物かもしれませんよ?」


「分かっている……しかし、これが仮にフォースだとしたら地球へ向かうのか?」


「はい。その可能性が高いです」


 写っているフォースが乗り込んでいる機体は大気圏を突破するためだけに作られた簡易的なシャトルだ。随分と旧式だが、無事に地球へは降りられる能力はあるだろう。

 正直、判断しかねる案件だ。私としては今すぐにフォースの後を追いたいが、此処で防衛線を張っている以上、それは叶わない。現場を放棄してしまうとオーダーはムーンノイドに負けてしまう。

 それはナインスも同じだろう。彼女はオーダー軍へ入隊して、フォースの仇を討とう狂奔している。私が情報を与えると真っ先に地球へと降りてしまうだろう。そうなれば最前線が崩壊しかねない。


(そもそも本物かも分からないし……まずは断定だな……)


 本人確認は大事だろう。できればぬか喜びにしたくない。


「その者がフォースか否か、調べ上げろ」


「はっ! あの……一体誰が?」


「その情報を送ってきたスパイだ。現状、私たちの戦力を割いている暇はないし、此処から地球に行くのは困難だろう?」


 理解を示した部下は敬礼をすると、ブリッジから出て行ってしまった。


「フォース、か………」


 生きているならば、どうして地球へ向かうのか……私へ会いにきてくれないのか……

 もどかしい気持ちを積もらせた。

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