翡翠の瞳

 取り敢えず、一息つきたかった私は轟沈したムーンノイドの戦艦へと入った。尤も、フリューゲルたちの主力になっている戦艦の色を変えただけの鹵獲品なのだが……兎も角、戦艦の一部ではまだ空気が残っており、私はそこで妹であるファイスの看病をしていた。

 ファイスは私の妹だけあって美少女だ。異名の通り、翡翠色の髪は腰まで伸び、エメラルドグリーンの瞳は見ているだけで引き込まれる。


 正直、我慢できなかった。目の前に気絶した美少女がいるならば悪戯をしないと却って失礼ではないだろうか?


「そうだ。白雪姫は王子様の接吻で目を覚ましたのよね? なら私も、ファイスと……」


 これは飽くまで医療行為だ。決して、下心で行動している訳じゃない。


 ほら、その証拠に紳士モードが発動しな……あれ? 目が開いて――


「き、気持ち悪い!」


「いたっ! ひ、酷いじゃない! 気持ち悪いだなんて! 私は貴方を助けるために!」


「だからってなんでそんなに顔を近づけた! びっくりするに決まってるだろッ!」


 なんだろう。純粋に気持ち悪いと言われて心に傷を負った。具体的に言うなら変態と罵られる百倍は痛い。


「うぅ……まあ元気そうで良かったわ」


「そんなことよりどうしてオレを助けた? 答えろ!!」


 ファイスは逆上して、私を壁へ追い詰めた。俗に言う、壁ドンという行為だろう。

 眠っている時は白雪姫のように美しかったが、実際は尖った目つきをしていて口調といい不良のようだ。美少女でイケメン属性を兼ね備えているようで、私は虜になった。


「家族だからに決まっているじゃない。あたしはフォース、貴方はファイス。ほら、妹でしょう?」


「ふざけるなッ!」


「ぐっ……」


 気に食わないことがあったら暴力を振るう。典型的な不良だ。率直に嫌いである。


「乱暴ね。貴方もフリューゲルかしら?」


「オレはどこにも属さない。オレ自身が正義だ。悪と思った奴らを討つのみ……」


「悪、ねぇ……果たして何が悪なのかしら?」


 差別をするオーダーが悪なのか?

 非道な実験をするフリューゲルが悪なのか?

 宣戦布告するまえに攻撃を開始したムーンノイドが悪いのか?

 それとも、そのムーンノイドに従って地球へ降りようとする私が悪なのか……


 ファイスは私の疑問に答えることなく、近くにあった自販機を潰してジュースを確保していた。


「ほら、やるよ」


「ありがとう……お金はいいの?」


「こんなところで払っても意味ないだろう。そもそも金など持っていない」


「そういえば私も持っていないわ」


 マチルダのやつ、金から何まで全て現地調達しろと命令してくるのだ。頭のネジが一本、いや数十本は外れていそうである。


「助けられたとはいえ、オレはオマエに負けてしまった……」


 今までファイスは無双していたのだろう。翡翠の流星という異名がつくほど、各勢力に影響を与えていた。しかし、私がボコッてしまったため、プライドが圧し折られたといったところだろうか。

 今のファイスはとても悔しそうにしていて、ドライフラワーのようにしんなりとしている。さっきまでの覇気が嘘のようだ。


「敗者は勝者に従う。さっさと望みを言え」


「へ? なんでもしてくれるの!?」


「……いや、なんでもはしない」


 私の興奮気味の姿を見て、嫌な予感がしたのかファイスは弱弱しく言った。


 くそっ……なんでもしてもらえるなら――をして、――を舐めてからの――なのに!


「それなら私を地球に降ろすのを手伝ってくれるかしら?」


「地球? あんな辺鄙な場所に何の用だ?」


「それは秘密……と言いたいところだけど家族だし教えてあげるわ」


「家族じゃないんだが……」


 不満を漏らすファイスを横目に、私は今までの経緯を語った。因みにジュースはオレンジ味で普通に美味しい。


「そうか……裏切り者のフォースはムーンノイドへと入ったのか……」


「棘のある言い方ね……第一、なんで裏切り者のフォースなのよ……」


「知らん。オレたちはフォースについてそうインプットされてるんだよ」


 記憶があれば何か分かりそうだが、生憎何も思い出せない。そもそも忘れている気すらせず、目を覚ましたあの日より前は存在するのだろうか? ゲームのセーブ、ロードのようにあの日から世界が始まったと言われても信じてしまいそうだ。


「地球に降りるか……方法は三つある。一つ、この辺りを航宙しているオーダーやフリューゲルの艦艇から大気圏突破能力のある兵器を奪う。二つ、轟沈しているスクラップの中から使えそうな物を探す。三つ、フリューゲルの支配下にある太陽電池を襲い、大気圏突入能力を持った兵器を奪う」


「質問! 太陽電池ってなに?」


「そんなことも知らないのか? 地球は寒冷化していて日光が届かない。だから宇宙に大量のソーラーパネルを設置しているんだ」


「へぇ……確かに効率が良さそうね」


 環境に優しいエネルギーだろう。さぞかし莫大なエネルギーを得ているに違いない。それでもグローマーズの有用性の足元に及ばないだろうが……


「で、どうする? おすすめは三つ目だが?」


「それはどうしてかしら?」


「簡単さ。太陽電池なら場所、敵の数も大体は分かっている。一番、安全で確実だ」


「そう? ならそれでいきましょう」


 ファイスのお墨付きとあれば乗らない訳にはいかず、私は即決した。







「どうしてこうなった?」


 私は後悔から口を滑らした。

 真下に広がっているのは海のように大きい無数のパネル。そう、此処は太陽電池の真上であり、少し視線を逸らせば爆発がちらほらと見える。

 もしかしなくてもファイスが戦っているのだろう。彼女の強大な魔力がひしひしと肌に伝わってくる。


「こんなことなら一人で来れば良かったわ」


 本当はひっそりと潜入したかったのだが、性に合わないと言ったファイスは自分が陽動すると言い出したのだ。要は囮になっている間に大気圏を突破しろという脳筋策である。


「はぁ……何が安全かしら? いや、一番安全といっただけで、完全に安全とは言っていないわね……」


 視界の片隅に見えるのは豆のような粒。それは大きくなって機影となった。フリューゲルの戦闘機である。

 ファイスの陽動は完璧ではないのだろう。私も変身しているので当然レーダーに引っかかる。そうなれば迎撃に出てくるのは当たり前だ。


「無駄な殺生は嫌なのよ!」


 戦闘機は機関銃をまき散らしながら私に接近し、超えたところで旋回してまた狙ってくる。

 当たったら痛いだろうが、まあ当たらない。私、フォースからすれば戦闘機は旧式で低性能なゴミと言っても過言ではないのだ。


「そこで大人しくしていなさい!」


 周りを飛んでいた二機の翼を切り落とした。爆発の危険はないだろうが、機体の性能を百パーセント使えなくなった。

 ここは不利と判断したようで戦闘機は蛇行運転しながら太陽電池の方へ帰っていく。


 さて、これで私も無事に太陽電池へと入れる訳だが……どこに大気圏突入用の兵器があるのだろう。太陽電池といっても中は大きめの宇宙ステーションのようでさっぱりだ。

 しかし、ある程度予想はつく。何処にあるかは分からないが港、出撃用のハッチにあるのだろう。となれば地球に近い下の方が正解か……


「あったわ! これで地球へ降りるのね!」


 僥倖にもカタパルトで待機状態になっていたのは少し見慣れない飛行機。大気圏突入用のシャトルだろう。事前にファイスに教えてもらっていた特徴と一致していた。


「誰かが脱出しようとしていたのかしら? まあ有難く使わせてもらいましょう」


 置かれていたマニュアル通り計器を弄り、設定を地球への降下にする。余裕がないのでコースは適当である。


「これでおーけーね。いざ地球の美少女を探しに!」


 目的が変わっているが、その方が私らしくてやる気が出るものだ。

 カタパルトで地球へと打たれる寸前、防犯カメラの存在に気付いた私は取り敢えずダブルピースをしていた。


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