救難信号

 無謀とは、よく考えずに軽率な行動にでることである。世間では馬鹿とされ、あまり良い意味ではない。

 私も、無謀というものは嫌いだった。大事な事に手をつけるならきちんと情報収集して、作戦を立てるべきだろうし、実力が伴っていないなら出直すべきだ。これは逃げではない。戦術的撤退というものだ。


 え? 普段から美少女に無謀なアタックをしているだって?


 あれは勝算があると思っての行動だ。私がナインスやエインスにセクハげふんげふん……するのは彼女たちもまんざらでないと思っているからだ。本当に嫌がっているならとうの昔に止めている。まあ無理矢理襲おうとしても紳士モードに邪魔されるのだが……


 で、だ。どうしてそんな話をするのか? 答えは簡単で、無謀というものに片足を突っ込んでいるからである。


「マチルダのやつ……私に死ねと言っているのかしら?」


 一応、あんな幼女でもムーンノイドの最高権力者である彼女は『地球へ降下し、フリューゲルの攪乱を命令する』と淡々とした様子で言ってきた。

 正直、聴いたばかりではよく分からなかったが、鑑みるとやばいだろう。何故なら、単身で敵の陣地に乗り込むのだ。しかも、その手段や具体的な策は全て自分で考えろと、丸投げである。


「あー……どうしようかしら……」


 いっそ逃げてしまおうか? ……しかし、マチルダは気になることを言っていた。


『もしも裏切ったりしたらドカン! と一発、な?』


 推測するにドカンとは爆発だろう。私の中に爆弾が埋め込まれているか、それとも何処かを爆破するのか……想像したらゾッとした。

 しかし、従うにしても程があるだろう。ムーンノイドは地球に戦略的価値を見出せずに、オーダーへの攻撃を強めている。つまり地球方面に戦力は最低限しか展開していないのだ。

 フリューゲルと敵対しているためマスドライバーを使えず、移動用として旧式の戦闘機を渡されて宇宙へと放り出されたが、これは期待されているのか。いや、マチルダのことなので単なる嫌がらせだろう。


 兎に角、作戦のためにも、今は地球へ降りなければいけない。

 一番の問題は大気圏だ。こんな旧式の戦闘機では大気を突破できる筈もなく、現地で地上へ降りる術を探さないといけないが、実質一択しかないだろう。

 盗むのだ。制宙権を取っているのはフリューゲルかオーダーから、大気圏突破能力を持つ兵器を盗む。実に簡単だが、されど難しいことだ。けれどやるしかない。


「ん? 救難信号?」


 不意にキャッチしたのはムーンノイドの救難信号だが、訝しく思ってしまう。

 この辺りはフリューゲル、オーダー、ムーンノイドが睨み合っているが、形だけの軍が駐屯しているだけだ。戦闘で得られるメリットは少なく、緩衝地帯のようなものだろう。

 誰もが分かる筈なのに、その無意味な戦闘が起こっている。その証拠に目視で光芒が見え、何かが爆発している。


「不気味だけど行くしかないわね……」


 ムーンノイドに忌避感を抱いているとはいえ、今は立派な仲間だ。助けなかったら後でマチルダに非難されるかもしれない。


 戦闘機を反転させ、少し逸れた方向へと走らせるとそこはもう戦場だった。

 ガラス越しに見えるのはハチたちの死体。ロボットというのは本当のようで、中身の機械が見えて、血液のようなオイルを漂わせる。バチバチと電気を出して、作り物の目が飛び出していた。

 宇宙戦の主力は戦闘機である。いや、であったと過去形の方が正しいだろう。

 今はムーンノイドが作り出したハチたちが戦場を掌握している。

 ハチは量産型のロボットだ。魔力出力が8888という、戦闘機に引けを取らない数値で、その機動力は戦闘機以上に多様性がある。身体中に付けられたスラスターで姿勢を制御し、この宇宙空間で蝶のように舞えるのだ。上下左右にしか動けない戦闘機とは天と地ほどの差がある。

 それなのにどうしてこうも一方的にハチがやられているのか……


「魔力感知……ハチのものとこれは……戦艦? いや……」


 見る限り艦艇は近くにない。あるのは破壊されたムーンノイドの巡洋艦だけだ。しかし、レーダーには艦艇並みの大きな魔力がある。


「そうよ……これは!」


 私は敵の正体を、誰よりも知っている。

 あまりの興奮から我を忘れ、戦闘機を捨てて宇宙へと飛び出した。

 相変わらず慣れない無重力空間。スラスターを噴かせながら、魔力反応があるスクラップと化した巡洋艦に接近する。

 刹那、視界の片隅から翡翠色の閃光が走った。エメラルドの神秘的な輝きに見惚れている暇はなく、咄嗟にマギアソードで防御する。

 ガキンッ! という金属がぶつかり合う嫌な音が響き、鍔迫り合いに陥った。


「ふふふ……やっぱり! 新しい妹かしら? それともお姉ちゃん?」


「何を言っている? そうか、お前は裏切りの四号機か……オレは五号機のファイスだ。しかし、だからといって手加減はしない!」


「なっ!」


 粛清の蛹計画の五号機。名前はファイスというらしいが、今はそれ以上に考えられない。

 何故なら、急激にファイスの力が強くなり、私のマギアソードは弾かれてしまったのだ。晒される無防備な身体。


(不味い!)


 このままでは身体が斬られてしまう。最低限の受け身から死なないだろうが、それでは大ダメージを受けるのは確実。

 ファイスの魔力が宿った刃は私の首を捉えた。世界がスローモーションのように感じ、死ぬつもりはないが、死神が忍び寄ってくる。そして、鎌が私の首に掛かった。


「ッ! スクラップ風情が邪魔をするなッ!」


「あっ……」


 絶体絶命の状況を救ったのは半壊したハチだった。

 ハチは私とファイスの間合いに割り込み、私を庇って斬られてしまった。量産型とあって装甲が薄いのか、いとも簡単に一刀両断されてしまった。


 どうして私を助けた? 彼女たちに感情はないので、きっと友軍である私を助けるようにプログラムされていたのだろう。しかし、私にはエインスが庇ってくれたかのように思え、潰れてしまったハチがエインスに見えた。


「よくもエインスを、ハチを殺したわね。おしおきしてあげる!」


 そう思ったら、胸の奥からマグマのような怒りが湧いてきた。相手がファイス、妹であろうと一発殴ってやらないと気が済まない。


「はっ! オレは最強だぞ! オマエより魔力出力が高いんだッ!」


 ファイスはマギアソードを薙いだ。乱暴だがしっかりとした太刀筋だ。

 それを躱すと、彼女はブーストを目一杯に噴かせ、私の周りをぐるぐると回り始めた。緑色のオーラを纏った刃が流星のように見えて、そこで私はマチルダとの会話を思い出した。


『一応、忠告しておく。現在、地球の制宙権内には翡翠色の流星と言われる怪物が居る可能性が高い……え? 正体はなんだって? 自分で調べろ。精々気をつけるんだな』


 マチルダは冷たく忠告してきたが、正にその翡翠色の流星はファイスのことなのだろう。その二つ名にぴったりの印象だ。


「しまった! ちぃっ!」


「なっ! 無茶な姿勢を取るとは!」


 追想が隙となり、ファイスは背後から奇襲を仕掛けてきた。

 右足のスラスターを噴かせ、斜めに身体を翻して刃を避けて、その勢いでファイスの鳩尾を蹴り上げた。が、装甲が厚いのか、ファイスは苦痛に歪まない。


「オレは負けない! オレが最強なんだ! 誰が何と言おうと! オレは最強だ!」


「知らないわよ! 兎に角、一発殴らせなさい!」


「なッ! 消えた! うぐっ……」


 紙一重で刀を避けて、インビジブルモードへと移行。戸惑うファイスを見据えて、その頬に平手打ちした。

 パチンッ! と軽快な音とは裏腹に、実際は力の籠った一撃だ。ビンタとは思えない威力で、ファイスは吹っ飛ばされて艦艇へと頭から突っ込んだ。


「あっ……やってしまったわ……」


 ファイスは強かった。今まで戦ってきたどの敵よりも強くて、だからこそ熱くなって我を忘れてしまった。


「美少女に手をあげてしまうなんて……こういう時に紳士モードは発動しないのかしら?」


 私の下心ばかりに反応する役立た――い、いたたたっ! こ、こういう時に反応するのは卑怯だろう。

 痛む胸を抑えながら気絶しているファイスへと駆け寄った。

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