オリジン世紀195年 晩秋

空白の三ヶ月

「まったく……貴方という人は変態ですか? 平和を望むのは殊勝な心掛けです。美少女を優先するのもまあいいでしょう……でも、その下心はどうにかなりませんか? 年がら年中盛って獣ですか?」


「あ、あのぅ……」


「なんですか? 説教の途中ですよ?」


「誰?」


「な!?」


 私が尋ねると、くどくどと説教を唱える彼女は目を丸くした。


「薄々気づいていましたが、私のことを憶えていないと? まあそれも仕方ないでしょう」


「へ? え?」


「しかし、彼女は、――は忘れていけません。貴方は私であり、貴方は――を――ているのです」


「あれ? なんだか途切れて……」


 悲しそうな表情を浮かべる彼女を見つめていると、段々と視界がぼやけてくる。やがて視界は真っ暗になり、耳元で「またね」という声だけが響いた。






 家族は大事だ。唯一無二の血縁者であり、そうでなくてもその絆は深いはずだ。

 私は後者だったが、誰にも負けないくらい家族を愛している。家族であるナインスと友達のアゲハを守って力尽きた。それが証拠だろう。

 何なら好き過ぎるあまり結婚したいと思っている。いや、その場合ナインスやエインス、テンスとも結婚しないといけないので重婚になるのだろうか? いや、そもそもこの時代は同性婚の扱いはどうなっているのだろう?


(っていうか、此処は何処なのよ?)


 さっきから適当なことを考えて現実逃避していたが、妙に息苦しい。意識が覚醒するほどはっきりとしていて、目を開けても視界はぼやけている。身体が鈍く、まるで縛り付けられているように動かない。


(って! なんじゃごりゃあああああああ)


 そこで漸く私は気づいた。

 どうやら此処は水中らしい。道理で視界がぼやける訳である。

 呼吸器が取り付けられているようで、何とか息は出来る。しかし、パニックになるのも仕方ないだろう。

 暫く、水中で溺れた蛙のように暴れていると、段々と水位が低くなった。


「ごほっ! ごほっ! 此処は……?」


 私は床へと落ちた。咳き込んで気管に入った水を吐きながら振り返った。

 そこには卵型のガラスケース。もしかしなくても私は此処に入っていたのだろう。辺りは如何にも研究所といった風で、机の上には謎の液体が入ったフラスコやメスシリンダー。精密な機械が沢山置かれ、奥には大量のモニターがあり、それを監視している人がいる。


「うっ……あ、くっ……」


 身体がズキズキと痛み、よく見てみると身体中に管が刺さっている。その事実に身震いしつつ、一つ一つ丁寧に取っていく。痛い。


「目覚めは悪そうだな」


「そりゃそうでしょ? これじゃあまるでモルモットよ」


「いいじゃないか。貴様らは元よりモルモットだろう」


 ずっと気になっていたが、やはり椅子に座っていた人物はマチルダだったようで毅然とした、あの態度で接してくる。


「憶えているか? フォースはテンスの狙撃を受けた。アゲハとナインスを庇ってな……」


「ええ……狙撃と言ったらもっと落ち着いたものを想像していたのだけど?」


「ふふっ……テンスはああ見えてもムーンノイドだ」


 脳裏に過るのは会議室を飲み込むくらいの極太ビーム。ムーンノイドというのは答えになっていないだろう。


「それで私を助けてどうするつもりよ?」


「そりゃあ仲間になってもらうのさ。拒否するなら……私が命を握っていることくらい分かるだろう?」


 酷い脅しだろう。しかし、幼女に命を握られていると思うと興奮する。

 いけないいけない。早く冷静にならないとまた紳士モードにやられてしま……ん? そういえば私って裸だ。いや、それだけでなくマチルダに見られてしまったのか? 身体の隅々を観察されて、――から――まで見られてしまった?


「責任取ってくれる?」


「は?」


「だから責任取って、私を貰ってくれるの?」


「えっと……もちろんだが、別の意味に聞こえるのは気のせいだろうか?」


 困惑しているが言質は取った。


「やった。ごめんなさいエインス、ナインス、テンス……私、マチルダと結婚します……」


「いや、待て待て。どうしてそうなった?」


「だって! 私の裸を見てるじゃない。現在進行形でも。責任取って、私を嫁にもらってくれないと……」


「いらん!」


「本当は欲しいんでしょ? 私はマチルダと結婚したいわ」


「欲望に忠実だな! この変態めっ!」


「な!? わ、私は変態じゃないわ! ただマチルダと合体――い、いたたっ! 嘘だからやめてっ!」


 相変わらず紳士モードに邪魔されてしまった。もう、これは呪いの域に達しているのではないだろうか?


「と、兎に角、フォースは私のモノになってもらう!」


「……私にメリットはあるのかしら?」


 個人的にマチルダの味方になるのは嫌ではない。しかし、ムーンノイド至高主義は私のポリシーに反している。ムーンノイドが戦争に介入した時点で、泥沼化するに決まっているのだ。


「メリット? 情報を得られるくらいじゃないか? ナインスやエインス、気になるだろう? なにせ、あれから三ヶ月が経過しているからな」


「さ、三ヶ月!? 嘘でしょ!?」


「本当だぞ。フォースはテンスの狙撃を諸に喰らって焦げていた……死亡扱いされるほどだ。それでも治療してやったんだから感謝はして欲しいな」


「ありがとう……でも、それとこれとは別よ!」


 三ヶ月だ。三ヶ月といえば一瞬だが、その間気を失っていたとなれば話は別だ。


 ナインス、エインスはどうなった? アゲハはどうなった? 戦況はどうなっている?

 疑問ばかりが脳裏に過り、私は軽いパニック状態に陥った。


「あれから何があったのよ! 早く教えなさい!」


「おお、怖い怖い。脅しに屈しないぞ? 此処は私のラボだ」


 マチルダは余裕があり、去勢を張っているようには思えない。

 正直、今、此処で変身すればマチルダから情報を引き出すくらい簡単だ。しかし、この胸のざわつきはなんだろう。マチルダはなにか企んでいる上、私の命を掴んでいるのは明らかだ。


「フォースを従わせる事くらい朝飯前なんだよ」


 狂気に満ちた三日月型の笑いを見せたマチルダ。

 唖然としていたら、不意に背後から殺気を感じた。咄嗟に変身して距離をとる。


「いきなり攻撃するなんて卑怯――なっ!? エインス!?」


「違う。こいつはムーンノイドである私が開発したロボットで、型番はS88……エインスの量産型だ。魔力出力は8888で、オリジナルには及ばない」


 目の前のロボットは見るからにエインスだ。違うところを上げれば髪型がショートになっているのと隈がない点だろう。それ以外はほぼエインスで、そもそもロボットのようには見えない。

 マチルダはエインスの量産型と言っているが、それならナインスの量産型もいるのだろうか? とても厄介だ。


「どうだ? 粛清の蛹計画はコンセプトごとの五号機から十号機を開発する計画だった。尤もフリューゲルからしたら、ただ強い兵器を作ると思っていたらしいが愚かな考えだろう。ムーンノイドの目的は兵器の量産。この機械人形が正解だ! 機械人形は戦闘機並みの力を持ちながら人間のように戦闘を行える。これだけで戦況を一変させることができる! オーダーとムーンアリアでは国力の差が歴然だが、それを埋められる!」


 確かに合理的だろう。ロボットなので替えが利き、戦死者は減る。エインスやナインスを量産することが出来れば、この戦いを有利に進めることができる。

 しかし、だからといって納得できない。いや、エインスが増えること自体は嬉しい。ロボットとはいえ、元が良いおかげで美少女に成っている。

 もしや、これはハーレムを作れるのでは? と邪悪な考えを抱いてしまう。


「何をニヤニヤしているのだ? お前は追い詰められているのだぞ?」


「ハッ! 頭の中がエインスでいっぱいになっていたわ……えっと、貴方が私の耳をはむはむしてくれるのかしら?」


「いい加減それから離れたらどうだ? 変態」


 マチルダに蔑まれているが、今は気にしないでおく。

 私としては量産型エインス……ハチと呼ぼう。ハチの反応を見るための冗談だったのだが、感情がないように見える。ただ手に持った銃をこちらに突きつけていた。瞳は曇っていて、光が見えない。


「……わかったわよ。マチルダに従う。これで文句ないでしょ?」


 ここは大人しく従うのが吉だろう。相手の土俵にいる以上、負ける可能性だってあるし、なるべく情報は得たい。いくら量産型とはいえハチを殺すような真似はしたくない。


「本当は私のモノになって欲しいのだが、取り敢えずはそれでいいだろう」


 少しだけ不服そうにしたマチルダはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。そして、一枚の新聞紙を私に投げた。


「おっとっと……これはなによ」


「フォースの欲しがっていた情報だ」


「新聞紙なんて一億光年ぶりに読ん――ちょっと! これはどういう意味よ!」


 私が声を荒げるとハチは謹厳にもまた銃を構える。が、そんな脅しに構っていられないほど、私は動揺していた。

 新聞紙に載っていたのはムーンノイドの宣戦布告。フリューゲル総帥の暗殺。戦争は三つ巴の地獄に突入したという記事。

 結局、戦争は起こってしまったのだ。いや、起こっていた戦争が泥沼化したといった方が正しいだろう。


「そこに書かれている通りだ。私たちムーンノイドは優勢を保っている」


 新聞紙にはムーンノイドの新兵器が戦争を掌握したと書かれており、それは目の前にいるハチのことを指しているのだろう。

 ハチは相変わらず無機質な瞳で、ただ私に銃を構えている。


「エインスやナインス、アゲハはどうなったの!」


「アゲハとナインスはオーダー軍へ。エインスの行方はこちらでも分かっていない。生きているだろうが……」


「もっと詳細な情報はないの?」


「それはフォースの働き次第だな」


「くっ……」


 足元を見られ、私は顔を顰めてしまう。

 やはりこの場で強行突破するのが得策か? いや、無謀な賭けに出るより、マチルダに従ったほうが良いだろう。あの様子じゃ、何か私が手を出せない策を打っている筈だ。


 決して、私は懐柔された訳ではない。私がマチルダを懐柔するのが運命であり、いつかその日を訪れるまで気持ちを殺しておこう。ふふふ、私が牙を剥く時、マチルダの反応が楽しみである。


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