マチルダの野望 sideナインス
「嘘……こんなの嘘……」
何者かの狙撃、いや砲撃だろう。
会議室に光の筋が突き刺さり、もはや建物は半壊している。生き残ったのは私とアゲハだけだ。
アゲハは顔色を悪くしていて、今にも泣きそうになっていたが、オーダーの指揮官でもある。ぎゅっと唇を噛みしめて辛さを隠し、主に外で待機していて生き残った部下へ命令を出していた。
「くっ……フリューゲルの総帥はどうなった?」
「そ、それが……見る影もありません」
「そうか。なら怪我人を救護室へ……クソッ!」
そうだ。砲撃に巻き込まれた人はもはや人かも分からない。黒焦げになった死体が転がっていて、そのうちの一人を私は抱き締めた。
「お姉ちゃん……」
まだ綺麗な死体だろう。他と比べると変身していたお陰か、顔ははっきりとフォースのものだと分かった。苦痛に歪まず、まるで眠っているかのように穏やかな表情だ。
「そうか……やはり死んでしまったか……」
いつの間にか近づいてきたアゲハは悲しそうな声で呟いた。
それが目の前で起こっていることは現実だ、と知らしめてくるようで苛立ちから肩が震え、同時に涙腺が緩む。胸にぽっかりと穴が空いたような喪失感。胃から込み上げてくる吐き気。私は現実を受け入れたくないようだ。
だが、それは正常な感性ではないか? 誰だって姉を、家族を失うのは悲しいものだ。お姉ちゃんはもう帰って来ない。あの微笑みは見られず、私は姉の死を一生引きずっていくだろう。
「こんなこと……昔にもあった気がする……」
何故だか分からないが、そんな気がした。
しかし、今はそれについて考える暇はなく、ただフォースを、お姉ちゃんを抱き締めていたかった。
「これはどういうことだ! 総帥が死んだ! お前らオーダーの仕業か!?」
「な!? 違う! そちらがアゲハ様を消すために仕込んだ罠だろう!」
生き残りのオーダーとフリューゲルが喧嘩を始める。いや、喧嘩という範疇を超えて、これは戦争だろう。お互いに銃を構え、正に一触即発だ。
刹那、会議室にあったモニターが点いた。どうやら奇跡的に無事だったそれは豪華な椅子に座った白衣の幼女を映した。
「あーあー、マイクテス、マイクテス……私はマチルダ。名誉あるムーンノイドである」
「なんだあれは! 誰の放送だ!」
「ムーンアリアから全世界へ向けて発信されています!」
マチルダと名乗った幼女は誇らしそうに言って、前髪を弄っている。此処にいる全員、いや世界中が彼女に注目していた。
「地球に巨大な隕石が衝突して寒冷化が始まった。そうして人類が移住したのは月である。月は前線基地として扱われ、コロニーを作るのに貢献し、火星の発展、グローマーズの発見にも関わった。そうして今はオリジン世紀195年。人類が宇宙に進出してもう200年近くになった今でも、ムーンアリアは重要な役割を担っている」
教科書に載るような常識である。私も、研究所で習っていたので特に疑問には想わなかった。少し大袈裟のようには感じたが……
「そう、ムーンノイドこそが優良人種なのだ! 時代に乗り遅れたフリューゲル、腑抜けたオーダーとは違い! 我らムーンノイドこそが有能と断言する! そして、人類はこのムーンノイドによって管理運営されるべきなのだ!」
「何を……言ってるんだ……」
誰かの呟きは、正しくこの場にいる全員の心境だった。
マチルダは人差し指を差して、如何にも指導者といった雰囲気を醸し出しているようだが、私には背伸びをしている子供のようにしか見えない。
「ムーンノイドを代表してオーダー、フリューゲルへ宣戦を布告する。そのための布石は打った。今頃、オーダーとフリューゲルの要人どもはテンスの狙撃によって息絶えているだろう」
「くそっ! 卑怯な!」
「あいつら! 我々を裏切ったのか……」
ムーンノイドはオーダー、フリューゲルの両勢力を敵に回してしまった。休戦条約の交渉場所を提供したにも関わらず、そこを襲おうだなんて卑怯だ。まるで野蛮人だろう。
マチルダが子供だから道理が通用しないのか……いや、そんなことはどうでもいい。
「テンス……許さない……」
私は密かに決意を固めた。
テンスは私より二つ後の十号機のことだろう。情報としては知っていたが、まさか彼女がお姉ちゃんを殺した犯人だと分かったのは僥倖だ。
「この手で……ぐちゃぐちゃにして殺してやる……」
ああ、ここまで人を、家族を憎んだのは初めてだ。
たとえ、この身が朽ちようとも、テンスだけは生かしておけない。絶対にお姉ちゃんの仇を取ってやる。
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