休戦条約 sideナインス

 休戦条約。その名の通り戦争や武力紛争を行う双方の勢力が戦闘を停止することだ。間違ってはいけないが、決して終戦ではない。


(この会議に意味はあるのか……)


 休戦期間を設けるか、否かを、話し合う交渉が今、正に行われている。双方のお偉いさん方が訪れ、それもナイフで殺し合えるような位置で話し合う。毒のような緊張感が辺りを張り詰めていた。

 罠かもしれない。死ぬかもしれない。

 上辺では椅子に鎮座しているが、内心はそんな恐怖に耐えながら、休戦のためにも、軍に良い結果を持ち帰らないといけないのだ。この会議に出ている軍人たちは人柱とも言えるだろう。

 黒檀を模した人工樹脂で出来た長方形のテーブルを囲む精悍な面構えの男たち。その中には紅一点らしい女性がいた。

 彼女こそ、オーダー代表アースリーの代わりを務めるアゲハ・ユイだ。


(私には関係ないか……)


 お金の欲しさに護衛として雇ってもらったが、それ以上の働きをするつもりはない。この休戦協定が締結されようが、されまいが、私にはどうでもいいのだ。戦争なんて心底どうでもいい。


「さて、我々オーダーはこうしてお呼ばれした訳だが、正直なところ懐疑的です。休戦をしたとして、私たちに何の利点がありますか?」


「お互いに疲弊している状態。先日の我が新兵器に苦汁を飲まされたでしょう? オーダーも少なからずダメージを負った。民衆の戦争への忌避感は日に日に高まっている」


「つまり休戦をして、安定してきたらまた戦争をしましょう? ということでしょうか?」


「いいや。私は、そのまま終戦へ持っていきたいと思っている」


「ほう?」


 アゲハは興味深そうに相槌を打った。

 私は顔には出さなかったが、内心は動揺していた。

 あのフリューゲルだ。オーダーへの憎しみの炎を燃やしている彼らが、休戦だけでなく、終戦まで求めているのだ。魚が空を飛ぼうとしているようなもので、私は信じられない。どうせ、何かの罠に決まっている。

 仮に休戦が決まったとしても、それを次の戦争への糧にするつもりなのだ。破壊のための創造……そうに決まっている。


「人類は愚かだ。我々フリューゲル……そしてオーダー……どちらも人間なのに、何故殺し合わないといけない? 全人類が手を取り合えば平和になって、地球寒冷化問題にも対応できる筈じゃ」


「理想だな……私たちは殺し合いをし過ぎた。今更歩み寄るのは難しいだろう。それに……私個人としてもフリューゲルは嫌いだ」


 苦虫を噛み潰したような表情でアゲハは言い、前を見据えた。


「しかし、それはフリューゲルも同じだろう? オーダーを憎んでいる者は多いはずだ」


「そうだな……だからこその休戦じゃないか? 此処で戦争を終わらせなければ、本当に人類は滅んでしまう」


 フリューゲルの総帥は真摯な瞳でオーダー側を見つめている。ひしひしと本気と伝わってきて、私は段々と会議に引き込まれていく。


「……本当に休戦を結ぶつもりなら、粛清の蛹計画とはなんですか? 彼女、ナインスは貴方たちにとって何を意味する?」


 会議の人たちは私に注目する。今はオーダー軍の制服を着ているためか、何だか落ち着かない。


「彼女たちは希望です」


「希望? オーダー兵だけでなく民間人も殺しています。滅茶苦茶だ。そんな彼女たちが希望だと?」


「そうじゃ。実際、彼女たちの存在がなければフリューゲルはずっと劣勢だった……そんな時に休戦交渉を申し込んでも受け入れてくれないだろう?」


 確かにその通りだろう。交渉は同レベルの相手に通じるものであり、私のような存在が無ければフリューゲルはただ弾圧されていた。

 刹那、席に座っていた名も知らぬオーダー要人が立ち上がった。憎しみに満ちた顔で叫ぶ。


「ふざけるな! 貴様らディクラインの所為で私は家族を失った! その命で償ってもらう!」


 明らかに錯乱している。ただ復讐心に駆られ、胸に隠していた銃を発砲した。

 狙いはフリューゲル総帥だったが、横にいた側近であろう人物が庇った。当然の行動だが並大抵の勇気ではできないものだ。

 鉛玉が側近の胸に貫通し、血が噴き出る。


「な!? 貴様らッ! よくも閣下をッ!」


 そんな地獄のような光景に、反応したフリューゲルの兵士が発砲した。仲間を殺されたからか、それともディクラインという蔑称で呼ばれたからか、どちらにせよ報復攻撃は成功し、銃を取り出していたオーダー要人は撃ち殺されてしまった。脳天を一発だ。

 一方で私はその光景をただ見ていた。少し驚いてしまったが、私の仕事外だろう。私の仕事はアゲハの護衛である。


「静粛に!」


「止めろっ!」


 漸くトップの二人が止めに入った。

 両勢力とも、やるせない表情をしていて、誰もが良い気分をしていなかった。ただただ不快であり、アゲハは行き場のない怒りを机へとぶつけた。


「私の部下が失礼をした。このような行為で交渉が消失するのは望んでいない」


「こちらこそすまなかった。撃ち殺す必要はなかったな……」


 当たり所が悪かったとでも言いたいのだろうが、実際にそうだろう。いくら経験を積んだ兵士とはいえ咄嗟の銃撃、それも一発で脳天を撃ち抜けるのは奇跡に近い。

 これは痛み分けだろう。両軍とも要人が殺された。具体的な損害は違うだろうが、命の灯が一つずつ消えたことに変わりない。

 殺伐とした空気は、さらに苛烈を極めていた。


「今のこともある。やはり休戦すべきだと私は断言する」


「…………」


 アゲハの顔色を窺ってみると、未だに怪訝に思っているらしい。腕を組んで、顎を上げて熟考しているようだ。


「ユイ家の名を恥じぬような判断をしてほしいな」


「何故それを?」


「かつてユイ家は平和主義を訴え、ディクラインとオーダーの懸け橋になろうとしてくれました」


「……私はユイ家であってユイ家ではありません。あの思想は継いでいない。兎に角、休戦に関しては保留でお願いします。一度、この話を持ち帰って本部で話し合わないといけません」


「それでいい。良い結果を期待している」


 休戦交渉は保留。アゲハがこの話をアースリーに持って帰るとなると、決裂するにしても、締結するにしても、もう少し時間が掛かるだろう。

 役目を終えたアゲハが立ち上がった。

 私の仕事は彼女の護衛なので隣へ移動して、恨めしそうな瞳のディクラインたちを睨みつけて牽制する。変な事をされては仕事が増えるのだ。

 刹那、オーダー兵士が扉を大きく開けて、慌てた様子で入ってきた。


「報告します! 何者かがこちらに高速接近! それも魔力数値が4444万です!」


「その数値はまさか!」


 アゲハは歓喜に満ちた様子だ。

 駆逐艦並みの魔力に、4444万という桁が揃った魔力出力。ここに近づいているのは間違いなくお姉ちゃんだ。


「直ぐに避難だ!」


「もう間に合いません!」


 会議室のステンドグラスが破られ、辺りにガラス片が散乱する。神々しい光と共に現れたのは予想通りお姉ちゃんで……


「やっと見つけたわ!」


「お姉ちゃん!」


 待望のお姉ちゃんだ。離れてからまだ一日も経っていないが、それでも私には久しぶりに思え、仕事を忘れて腕を伸ばした。お姉ちゃんが近い。私を迎えに来てくれた。探しに来てくれた。


「アゲハ! 此処は危ないわ! 逃げましょう!」


「は? 侵入してきて早々何を言ってるんだ!」


「え……」


 お姉ちゃんは部屋を見回して、アゲハへと駆け寄った。

 私は眼中にないようで必死にアゲハの腕を引っ張って、この場から離れようとしている。

 今はオーダー軍の制服を着込んでいるため、一目で気づかないのは仕方ないが、反応を見る限り私を探しに来た訳ではないらしい……そう思えば黒い感情が胸の内を渦巻くのを感じた。  

 ああ、また嫉妬だ。私はアゲハに嫉妬している。お姉ちゃんを独り占めしているアゲハが憎い。


 この感情を晴らすためにはどうしたらいい?


 簡単だ。アゲハがいなくなればいいのだ。この世から消えてくれたら私はお姉ちゃんに甘えられる。


「アゲハ……ここで死んでもらう」


「な、ナインスッ! どうして此処に!?」


「貴様っ!? フリューゲルに寝返ったのか!?」


 マギアソードで二人の関係を割き、私はアゲハを睨みつけ、お姉ちゃんを一瞥した。


「お姉ちゃん……そいつは敵だよ。私たち家族の敵……」


 エインスのような家族でないなら殺しても構わないだろう。

 私は魔力出力を高めた。このオーダー、フリューゲルに囲まれた中だ。さっさと決着をつけたい。

 オーダー軍は担いでいたライフルを発砲してくる。が、そんなもの変身した私には通用しない。一番装甲が薄い部分に当たっても、精々輪ゴムを当てられているようなものだ。


「い、いいから聞いて! アゲハの命はムーンノイドに狙われているの! だから安全な場所に逃げないと!」


「な、なんだと!? それは本当なのか!?」


 ざわつき始めた会議室。だが、私にはどうでもいいこと。

 今がチャンスだと思い、ブーストを目一杯噴かせた。軽快な勢いでアゲハに斬りかかった。


「危ないっ! ぐッ……」


 しかし、血を流したのはアゲハを庇ったお姉ちゃん。背中を斬りつけてしまい、いくら変身しているといっても痛いだろう。


「あ、ああああああああああっ!」


 お姉ちゃんの鮮血で私の視界は赤く染まる。

 信じたくなかった。私が、この手でお姉ちゃんを斬ったのだ。誰よりも大事なお姉ちゃんを、この手で傷つけてしまった。


「レーダー魔力感知! 何者かがこちらを狙っています!」


「なにっ! 退避だ!」


「間に合いません!」


 オーダー軍の会話に耳を傾けていると私は光に包まれた。いや、会議室全体が包まれたのだろう。

 直感で分かった。これは死の光だ。天国といった神々しいものではなく、地獄へと誘うかのような絶望的な光芒。

 この場から離れないと死んでしまう。

 しかし、それもいいだろうと思った。お姉ちゃんを傷つけてしまった罪を、死んで償うのもいい。寧ろ、本望かもしれない。


「ナインスッ!」


「お、ねえ……ちゃん?」


 朦朧としてきた意識の中、突如聴こえたのは大好きなお姉ちゃんの声。同時に心身ともに優しさに包まれる。不思議な安心感に身を委ねてしまう。

 ふと横を見てみるとアゲハがいた。生身の人間だというのに破壊の光から耐えているらしい。いや、お姉ちゃんが守っているのだろう。私とアゲハを守っている。

 それを理解した時、弾けたように思考が闇に包まれた。

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