第17話 南校の犬君



「おーやってるやってる」


「人がいっぱいだねぇ~」


 人とぶつからないよう愛海を自分に引き寄せながら人の間を歩く。すでに試合が行われている会場は人で溢れており、波を縫っていかなければ今行われている選手を目に入れることが難しい。


「うわっ、人多すぎてヤバい・・・・・・それに日差しも強いし」


「日差しで熱い・・・・・・。でもこういうの初めてで楽しみです」


 なんで俺も・・・とぶつぶつ言っている竜と、目をキラキラさせて頬を紅潮させている真心は、照れて来なくても良いと言う辰巳よりも愛海が強引に誘い、連れてきた形になっている。


「真心、大丈夫か。どこか休む場所探すか?」


「大丈夫です。ちょっと熱いだけなので」


 楽しみだからなのか熱いからなのかわからない赤い顔をしている真心に、抱えている鞄から冷えた飲み物を取り出して差し出すと、礼を言ってこくりと一口飲み下した。それにしても、人が多い。今日は海矢たちが通う学校、通称“北校”とそれと並んで有名な“南校”の公式試合のため注目度が高いようだ。

 辰巳が出るのは昼過ぎだというので、海矢は早起きして愛海と共に弁当を作り持ってきた。


「まり兄、愛海、竜と真心も!来てくれてありがとな!!」


 辰巳はどこにいるのかとうろうろしていると、人垣を分けるようにして真正面から小走りで近づいてきた。上は長袖のジャージを羽織っているが、下はハーフズボンでしなやかながら逞しい足が露わになっている。まだまだ寒い時期ではあるが今日は比較的暖かいため、あまり寒そうだとは思わないが朝などは寒そうである。普段の制服姿ではよくわからなかったが、こうやって辰巳を見ると適度に日に焼けているなと感じた。元から健康的な色ではあったが、少しだけその色が濃くなっている。

 愛海が掲げた弁当の入っている鞄に、辰巳は嬉しそうに一度荷物を取りに行くと走って戻ってきた。今は昼前で、昼に一度設けられる休憩の前の人が混んでない間に昼食を摂ってしまおうという算段である。


「うっま~!!」


「美味い・・」


「美味しいです!」


「でしょでしょ!?これも食べてみて!!」


 綺麗な芝生に大きなレジャーシートを敷いて、その上で弁当を広げて皆で頬張る。皆口に入れた瞬間頬を緩めて口々に『美味い』と言い、それを聞いた愛海は嬉しそうにしながら自身もおにぎりを頬張った。海矢は愛海が作った小さなおにぎりを口に入れながら、彼らの微笑ましい様子を眺める。


「そういえば、南校の方も一年生が出るらしいよ。俺と当たる奴らしいけど」


「そう言えばさっき人が話してるの聞いたなぁ。確か・・・“いぬぎみ”って人?らしいよ」


 おかずを口いっぱいに頬張ってもごもごしながら話す辰巳によると、対戦校の方にも一年生が出場し辰巳と戦うことになっているという。辰巳も噂になるほど上手いらしいのだが、相手の選手も一年生で出場する点でも相当強いのだろう。

 選手の名前は犬君いぬぎみはやとというらしい。愛海の言葉を聞いてハッとした後に苦虫をかみつぶしたような顔になった竜に真心が遠慮がちにどうしたのか尋ねると、どうやら彼の知り合いであるらしいのだ。犬君の父親も有名なグループの創始者で、父に連れられて参加させられたパーティーなどでよく顔を見合わせる相手であるのだという。父親同士の腹の探り合いや、まるで自分の子どもと比べられるかのような品定めのような場が嫌いだった竜は始終不機嫌であったが、隼は反対に仮面を被っているかのように笑顔を振りまいていたという。小さい頃から見知った中ではあるが、何に関しても竜と張り合ってくる面倒くさい奴なのだそうだ。犬君という男はずいぶん勝ち気そうな奴だなと、海矢は竜の話を聞きながら思った。


「あいつ根性悪いからな・・・。辰巳、顔とか気をつけろよ」


「えっ、いくらなんでもそんなことしないだろ・・・・・・」


 竜から飛び出した言葉に皆一様にギョッとし、しばらくの間無言になる。辰巳は『冗談だろ?』と笑ったが、竜が無言のままでいると苦い顔をして『マジかよ・・・・・・』と呟いた。海矢は、もし相手がそんなことをする奴ならば許さないと思いつつも、辰巳ほどの運動神経があるならば余裕で避けられるとあまり心配は抱かなかった。竜の忠告で少々不安げな表情になった辰巳の頭にポンと手を乗せ、優しく数回撫でる。


「大丈夫だ。辰巳ならケガしないよう避けられるだろ?しかも、相手も一年で出場するなら上級生の顔に泥を塗るような真似はしないさ」


「そうだよっ!辰巳くん、頑張って!!」


 真心もハムスターのように頬を膨らませながら、両手をぐっと握りしめて胸の前に掲げた。辰巳は深呼吸をして落ち着くと、『うん!ありがとう!』と快活に笑っていつもの調子を取り戻したようだった。


 ********


「勝者、北校!」


 午後のプログラムも終了し、結果辰巳のチームが勝利した。午後一番に行われた期待の一年生同士の闘いでは、接戦の末辰巳が勝利した。試合前、相手に疑惑を抱いていた海矢だったが、二人の試合は正々堂々としたものであり、とても真剣なものであった。実際実力が拮抗している辰巳と隼の試合は一番盛り上がった試合だった。


「辰巳、お疲れ様」


「みんな!ありがとう」


 海矢がタオルを渡すと汗だくになっていた辰巳が助かるという風に受け取り、首にかけて額の汗を拭った。愛海は冷やしたスポーツドリンクを差し出し辰巳に押しつけている。もう試合は終わり、その後のチームでのミーティングも終わったため、あとは各自で解散となったようで皆帰り支度をしている最中である。辰巳は汗が引いてから着替えに行くと言ったので、それまで話をすることになった。

 海矢は皆と自分の分の飲み物を買いに行こうと荷物を愛海たちに任せ、自販機を探しに行くことにした。辰巳が、確かトイレの方向にあったような気がすると言ったので、その方向へと歩いて行く。


「うわっ!」


「っと・・・・・・」


 角を曲がったらトイレだというところで角の向こうから人が来るのが感じられたが、曲がる直前だったことからぶつかってしまい、相手が勢い余って後ろへ倒れそうになるのを瞬間的に腰に手を回して身体を支えた。


「大丈夫ですか・・・・・・?」


「・・・・・・」


 見ると話題の人であり、先ほど辰巳と対戦していた隼だとわかった。彼は目を見開き口を開けたまま固まっている。


「あのー・・・大丈夫、ですか?」


「ンン゛ッ!!!」


 未だ止まったままの心配になる反応を続けるため、海矢は隼の顔の前で頭を傾げて覗き込んだ。左手で腰を、右手で彼の腕を掴んでいたため顔で覗くのが手っ取り早いと思ったのだ。すると隼の口からは聞き慣れない音が発された。心なしか顔も赤くなってきている気がする。


「だっだだ、大丈夫ですっ!!ありがとうございましたっ!」


 もしかしたら熱中症かもしれないといよいよ心配になってきた海矢が再び声をかけようと口を開きかけると、隼が早口に礼を言って体勢を整え逃げるように走って行ってしまった。

 大丈夫・・・・・・ならいいが・・・と、海矢は彼が去った方を見やり、やや心配を残しながら見つけた自販機で人数分の飲料水を買って待たせてる弟たちの元へと帰っていった。










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