第16話 辰巳の試合



 中郷真心にわいせつな行為を強要した加害者である生徒たちへの処罰は正式に受理され、彼らは一週間の謹慎処分となった。さらに反省文を100枚書かされることになったらしい。報告書を受け取った際に枚数について尋ねたら、茶介が『枚数の桁、間違えちゃった!テヘ!』と言いながらあくどい笑みを浮かべたため海矢はそっとファイルを閉じた。

 だが彼らが受ける処罰は表向きのものである。本当は風紀委員でどんな尋問を受けたか、どんなことをされたのかは一般の生徒には知られていないのだ。風紀委員の方で会議をした際謹慎とは軽すぎると意見を述べた者もいたらしいが、彼らが謹慎処分を受けることは一般の生徒に周知されることになり、彼らは学校生活を送りにくくなるだろう。それもまた、罰なのだ。

 反対に、被害者である真心の名前は漏らされないよう徹底される。この案件に関わった者、生徒会や委員会の役員会などには守秘義務があり、事件に関わる際に契約書に署名をしてそれを破った場合も見合った処罰を受けることになる。だからといって被害者の生徒が特定される場合もある。それは加害者が言いふらすなどによるが、今回は風紀委員が加害者たちに重々忠告し署名をさせたため滅多なことがない限りは安心できると海矢は思う。


「よ、真心」


「先輩!!」


 図書室に入り棚を見渡していると、何冊かの本を抱えパタパタと小走りで本を片付ける真心の姿を見かけ声をかける。真心はそれに反応し顔を上げ、輝かしい笑顔で駆け寄って来てくれた。目は以前の1.5倍ほど大きく見開かれており、口も大きく曲線を描いている。その明るい顔と、軽やかに駆けてくる元気な様子に思わず海矢にも笑みがこぼれた。


「こないだ真心が紹介していた本、面白かった。やっぱり真心の紹介文は上手いな」


「そんな・・・・・・!ありがとうございます」


 照れて頬を染めながら恥ずかしそうに髪を耳に掛けると、耳たぶまでが赤く染まっている。あせあせと照れを隠すように仕事に戻っていく真心のちょこまかという動きに可愛らしいなと思った。昨夜愛海と映画を見ていたときに、愛海が肩に寄りかかってきて『兄ちゃん、真心くんのこと、ありがとう』と静かに嬉しそうに言ったのを思い出し、事情を知らないはずの愛海がわかるほどに真心が明るくなったことがわかって、改めて自分の仕事の意義を感じた。

 中郷真心は本来愛海の相手候補となる攻略対象者の一人であり、愛弟である愛海を奪われて溜まるかという海矢にとっては敵も同然の存在である。今回起きた一連の流れが小説の中でも登場していたのかは定かではないが、何にしても今回海矢がしたことは敵に塩を送る行為であるだろう。しかし、敵であったとしても彼は生徒会長として責任を持って接するべき一人の生徒であり、守る対象なのだ。それに何となくだが、海矢は真心が愛海に恋愛的な好意を寄せているとは思えないのである。愛海を見つめる瞳がどこか寂しげであるのも気になる点だが、愛海が入学してから明らかに狙っている者どもと接し方が異なるからだ。昼食を共に摂るときなども観察しているが、愛海と近くにいても危機感を抱くことはなかった。

 やはり人は実際に接してみなければわからないものだな、と海矢は思った。


 ********


「テニスの大会?」


「そうっ!辰巳、出場するんだって!!」


「まだ入って間もないだろ?あれ、あいつってテニス経験者なんだっけ?」


「ううん、バリバリの初心者らしい」


「だよな。すごいな・・・」


 一難去った後の穏やかなある日の朝食。愛海と眉を下げながらも魚と格闘しながら会話をしていると、愛海の口から辰巳の話題が出た。辰巳は高校に入ってからテニス部に入部したようだが、なんでも器用にこなせるためか一年であるにも関わらず大きな大会に出場させてもらえるらしい。その試合が今週の土曜日にあるのだという。

 海矢は感心しながら愛海の分の皿洗いも請け負うと、愛海を洗面所へと促す。歯磨きを済ませた愛海が二階へ上がると入れ替わるように海矢が歯を磨き、余熱を取っていた弁当の蓋を閉めそれぞれランチバックへとしまい、サイドテーブルの上に並べる。海矢はすでに制服に着替えているため、鞄に弁当を入れ玄関で愛海を待っていた。しばらく待っていると愛海がバタバタを階段を駆け下りて来て、忘れずに弁当を入れるように言うと慌てて鞄の中にしまう。首元のネクタイは初日よりはマシな形だが、まだ少しぐしゃりと歪んでいるのが気になったため手を伸ばして整えてやった。


「ん、ありがと」


「おっ、まり兄ー、愛海ー、おはよー!」


 にこにこと顔を見合わせながら扉を開け自宅を後にする。一歩踏み出すと隣の家からはちょうど辰巳が出てきたようで、自分たちの存在に気がついた彼はまるで尾を振る犬の如く元気に手を振りながら走って来る。


「「おはよう」」


 海矢の隣に並ぶと腕を引き、『一緒に行こうぜ』と朝から爽やかな笑顔を見せる。


「そう言えば辰巳、お前テニスの大会に出るらしいじゃないか。すごいな」


「え、えへへ・・・・・・」


「辰巳、なんでもできちゃうもんね~」


 海矢は今朝愛海に聞いた話題を振りすごいと思ったことを素直に伝えると、辰巳は明らかに照れたように頭を掻いて恥ずかしそうに『まり兄に見に来てもらいたいな・・・・・・あ!忙しかったら全然いいからっ!!』といじらしいことを言う。


「いや、見に行くよ」


 楽しみだ、とほぼ自分と同じ高さにある頭を撫でると、横から『あっ、辰巳ずるーい!』という愛海の声が聞こえ愛海にも同じようにわしゃりと髪を梳いてやる。満足そうに笑う愛海とは反対に、辰巳の顔は先ほどよりもさらに赤みが増しており、高校生にもなって頭を撫でるのは子ども扱いしすぎたかと少し反省した。

 辰巳とは本当に昔からの付き合いなので、彼は海矢にとって弟同然だった。小さい頃から愛海と同じように接すると非常に喜び、頭を撫でられるのも好きだったので、今でも時々癖で撫でてしまうのだが、もう嫌なのかもしれない。


「悪い・・・。嫌だったか・・・・・・?」


「え!?嫌じゃないよ?その、う、嬉しくて・・・・・・」


 素直で可愛い辰巳にそうか!と安心してさらにぐしゃぐしゃとかき混ぜ、学校に着くぐらいには辰巳の頭は乱れに乱れていた。校舎練が異なるため下駄箱で辰巳と別れ、海矢は愛海と今週の土曜日のことを話し合った。冷たい飲み物とタオル、あとは何を持って行くと良いのか・・・などと打ち合わせをし、各自教室へと向かって行った。












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