第2話

「緊張してんな?新兵」

 その新兵は…あおい・シラカワはギクッと振り返った。彼女は確かに緊張している。

「大丈夫だって、アオイ。敵は鈍重な戦艦と戦闘艇だよ。私たちの敵じゃない」

 振り返った先には男女のベテラン兵。両者ともに二等飛行兵曹の階級章が肩にある。彼ら3人とも、プルート帝国宇宙軍の飛行兵だ。飛行兵は初等飛行兵からキャリアが始まり、上等飛行兵から幹部見習いとして三等飛行兵曹にステップアップする。碧は初心者の初等飛行兵だ。

「でも、敵を撃つというのは…死んじゃうんでしょう?」

「まあ、そうだね…」

 彼らは頭を抱えた。新兵なら誰でも抱える葛藤に、有効な答えはない。

「そうやって悩んだ奴から死ぬぞ」

 男性二等飛曹は事実を指摘する。彼らの新兵時代から、迷いを払拭できない者から真っ先に死んでいた。

「はい…」

「大丈夫よ、アオイ!私たちの後を追いかけてきたらいいの!敵は私たちがクリアしていくから、航跡を辿って飛べばいい。初陣はそれでいいの」

「そうだな。次の経験値になればそれでいい」

 そう慰められている内に、アラートが鳴った。敵艦隊が近づいてきている。

≪戦闘想定宙域まであと100分。総員、戦闘配置≫


 搭乗員控室のプロジェクターに艦隊司令官の姿が映し出される。

≪諸君、ランブルクである≫

 アヒム・ランブルク宇宙軍中将。碧らの属する新編艦隊を率いる提督であり、今回起こった木星による侵攻から帝国領域内最大惑星である海王星とその宙域を守るために派遣された。

≪木星は、和平を破ってこの度の戦争を引き起こした。我ら皇帝陛下の思し召しにより、提案された和睦も黙殺。全く遺憾なことだ≫

 ランブルクは多くを語るのが苦手なので、短く区切りながらなんとか繋いでいく。

≪そして、木星は我らの領域にも牙を剥いた。この期に及んではもう容赦できん。諸君らの『新しき翼』にて、討ち果たしてもらいたい≫

 新しき翼。冥王星国家の新兵器・新戦術を表すものだ。

≪『コメート』にて、敵を討ち果たす。今回は搭乗員たちが主役だ。砲手たちよ、舵手たちよ。今回は、彼らを助けてやって欲しい≫

「おし!」

 男性二等飛曹、シュナイダーは膝を叩いて立ち上がる。女性二等飛曹、リーラは静かに碧の肩に手を置き、微笑んだ。

「私たちが連れて行くわ」

「はい!」

 若い碧は演説の文言に当てられ、さっきまでの消極的な態度はどこへやら。やる気だ。彼らが直属する母艦はベルリン級宇宙母艦「アルトナ」。1隻の宇宙母艦=宙母には10機程度の新戦力が配備されている。元はと言えば宙母も新開発。まさに、新編艦隊の格となる戦力だ。

「よぉし、野郎ども!並びに女傑たち!機体に向かえ!各小隊長は動きを見直しておけよ!」

 飛行隊長のアンスガー・ベーメン中尉。3機1隊の小隊が3つに彼が1機で戦場を飛び回ることで指揮している10機の艦載機部隊、その飛行隊長である。

「よし、行くぞお!」

 腕をぐるぐる回して乗機に向かう碧を、飛行隊長が引き留めた。

「おう、碧坊」

「はい?」

 何か!と敬礼して復命する碧。新兵と中尉にはそれくらいの差がある。

「いや、なんてことはないんだ。シュナイダーの奴を信じて帰って来いよ?」

「はい!わかっています!」

 ベーメン中尉はこの素直な予科練出を好んでいた。学校を出たばかりの女子兵と聞いた時は大丈夫かとも思ったが、飛び方も素直で上司の命令を守るにはどうすれば良いか、考える頭もある。

「ならいい。行け」

「はい!」

 碧は乗機に向かい、コクピットハッチを降ろした。

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