第1話

 人類の中から出た冒険者たちが地球を飛び出してから、200年余りの時が過ぎた。初めに資源を求めて木星への植民を始めた人類は、木星から火星土星、その後は金星水星と居住範囲を広げていった。それは寄る辺なき者たち同士の協力無くしては起こり得なかった発展である。

 ならば、今はどうか?人類は150年以上をかけて、ついに冥王星にまで進出できた。今や太陽系の惑星全てに、人類の拠点がある。しかし、太陽系を席巻した人類たちは割れている。


「そうだ、割れているのだ、ランブルク提督」

「はっ」

 冥王星国家「プルート帝国」軍事庁。胸に勲章をいくつも付けた老いた男性が、精悍な顔つきの壮年の男性に語りかけている。

「我々が地球との争いを嫌って、木星から離れて50年。争乱は収まるどころか、我々をも巻き込んでしまった」

「はい…」

 老人は冥王星にやって来た、最初期の開拓メンバーである。木星で宇宙海賊から商船を守る警備会社を営んでいたことから始まったキャリアは、今や「プルート帝国」軍事長官の地位に至った。そんな彼の憂慮は深く、長い。

「我々が終わらせねばいかん。でなければ、人類は滅亡だぞ」

「しかし、積極的に打って出るのはどうかと思われるのです」

 ランブルク提督は、その日一番長いセリフを述べた。

「そうだ。我々は専制君主を戴くが、争いは好まない。あくまでも木星から攻められたから追い返すだけ。それで良かった」

 だが、と言葉に力を込める。

「見たか?こないだの事件を?」

「は…」

 こないだの事件とは、「イトカワの悲劇」の名が付された、民間船撃沈に関する一連の事件である。木星国家「ジュピター資源採掘共同体」の警備艇が、条約で認められた捕虜輸送船に停船を求めて発砲、撃沈させたのだ。復員する捕虜1000人を輸送して地球方面に向かっていた戦時徴用の優良民間船「イトカワ」は、跡形も残さずに爆発四散したという。

「恥ずべき事件だ。暴力装置が、抑えの利かない暴力装置など危険物でしかない」

「は…」

「それに対しての地球側の対応も、また…」

 老人は目頭を抑える。彼はある時期から怒りを感じると頭痛がするようになったらしい。

「ああ、苛立ちもしようよ。なにせ、イトカワを発端として10年続くはずの休戦協定が2年で破れたのだ。しかも、イトカワの捕虜たちには過酷な労働の証拠もあったという。外交では紛糾しているらしいな」

「閣下、お時間ですが」

「ああ、そうかね…」

 老人はランブルクを連れ、部屋を出た。


「臣民の皆さん、軍事長官、シュトゥットガルトです」

 老人はヨハン・シュトゥットガルトという。彼は今、帝国全土に向けての光通信放送で演説を行っていた。

「イトカワの悲劇に端を発した戦争は、この1か月で既に10万人の命を吸い込んだ。生きとし生ける者を刈り尽くすまで、その戦火は止まらぬでしょう」

 目頭を抑える。彼のこの仕草は「賢人のポーズ」と呼ばれ、親しまれている。どんな時でも理不尽に対して怒りを抑えているとわかるからだ。

「私たちは、この戦争を早期に終わらせ得る新兵器を開発しました。既に、彼の兵器を中心とした編成に切り替え、訓練を経ています」

 シュトゥットガルトは息を吸い込んだ。

「地球と…特に木星の好戦主義者どもに告ぐ。即刻、戦闘を止められよ。さもなくば我ら帝王の降らす稲妻が、艦隊を焼くでしょう」

 この日、冥王星国家「プルート帝国」は地球国家「ガイア共和国連邦」と木星国家「ジュピター資源採掘共同体」に和睦を提案。2星間の争いは、新たな局面を迎え、急展開していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る