手に入れたのは、思いを晴らす機会1

 帰郷が決まったからといって、すぐには仕事は休めない。

 何よりイグナスは、つい最近長期休暇を取得したばかり。休暇は労働者へ与えられる当然の権利だが、周囲との兼ね合いも大事なのだ。


「イグナスなんて、爆発しろ!」


 何より近頃、同年代の騎士からの風当たりが強いように思えた。


「社交界で頑張っている俺たちには、まだ相手が見つからんというのに」

「仕事ばかりでパーティーには一切行かなかったお前が、先に結婚が決まるとは」

「世の中理不尽だよな!」


 訓練中、徒党を組んだ同僚から集中攻撃を受けることもある。


「イグナスなんて、完璧なのは見た目だけのくせに!」

「存外ポンコツのくせに!」

「昔は俺たちより弱っちい、お坊ちゃまだったのによ!」

「性格も目付きも怖いのに、何故モテるんだ?」


 最後には「おめでとう。幸せになれよ」と続くのだから、悪い奴らでも、仲が悪いわけでもないのだ。


「イグナス。少しいいか?」


 同僚からの妬みの集中攻撃をあしらい、訓練を終えたイグナスへ掛けられた声。

 イグナスのみならず、騎士の誰もが尊敬する上司――近衛騎士団の団長を前に、イグナスは姿勢を正した。


「新居を探しているそうだな?」


 問われ、イグナスは首肯する。


「はい。色々と見てはいるのですが、条件に合う物が中々見つからず……」


 言葉尻がすぼんでしまったのは、悩んでいたからだ。


 リディアの希望は、小さな家。

 使用人を雇わずとも、自分たちで管理できる家が良いのだと、彼女は言う。

 だが、それでは防犯面が心許なく、イグナスとしてはある程度の人数を雇って、彼女と家を守りたい。

 仕事柄、家にずっといることはできないから、余計に安全は大事だと考えている。


 安全を考えれば、貴族の屋敷が立ち並ぶ地域に、それなりの家を建てたいというのがイグナスの希望。


 現実を考えて、二人の稼ぎで維持できて互いの職場へ通いやすい地域を生活の拠点としたいというのが、リディアの主張。


 二人の間でも条件のすり合わせが大変なのに、周囲も様々な意見を出してくる。


 王太子は、王太子宮にある部屋を使えば良いと言い。


 イグナスの父は、自分が出資するから、ウォルシュ子爵家のタウンハウスのそばへ新居を建てろと主張する。


 リディアの伯父であるコルソン侯爵は、執務室へイグナスを呼び出したかと思えば、コルソン侯爵家の別邸を譲渡する準備があるなどと言い出した。


 どう収集を付けるべきか、頭を悩ませる日々である。


「貴族の子息たちは親から屋敷を与えられることが多くて、使うのは平民出の騎士ばかりなのだがな。騎士団には、家族向けの物件がある。お前と婚約者殿が嫌でなければだが、安全面では、どこよりも優れているぞ」


 良かったら一度見に行ってはどうだと薦められ、イグナスは二つ返事で頷いた。

 団長は、イグナスの婚約者の事情を把握している。そんな彼が薦めるのなら、選択肢に入れるべきだろうと思えたからだ。


 近々、見学へ行きたいと申し出れば、資料を渡すから後で取りに来るよう言われた。



 訓練着から近衛騎士の制服へ着替え、団長室へと向かう途中――


「イグナス!」


 背後から駆け寄って来た人物に呼び止められる。


「団長からの預かり物だ。団長は急ぎの用事で席を外すってさ。んでお前は、これから俺と書類仕事〜」


 相手は先輩の近衛騎士で、入団当初から世話になっている人物だった。

 渡された「団長からの預かり物」は、騎士団が所有する家族向け物件の資料。イグナスは礼とともにそれを受け取ってから、先輩騎士へ尋ねる。


「団長が動く急ぎの用事とは、何か問題でもあったのですか?」

「いやぁ、いつものだよ。皇太子夫妻のお忍びデート。我が国は平和だよな〜」


 話しながら、先輩騎士の太い腕がイグナスの肩へと回された。

 肩を組まれて連行されるスタイルは、多くの騎士が書類仕事を嫌うからだ。イグナスにとって特に苦にならないそれは、体を動かすことを好む他の騎士達にとっては苦痛でならないらしい。


「お前さ、俺のご近所さんになるのか?」


 投げ掛けられた唐突な質問に一瞬首を傾げ、イグナスはすぐに思い至る。


「ご家族で、住んでらっしゃるんですか?」


 手の中にある家族向け物件の資料を示せば、首肯が返された。


「家賃補助があるし、何より家族の安全を考えるとな。騎士ってだけで、恨みを買うこともあるだろ?」

「そうですね……。三人目は、女の子でしたか?」

「待望のな! かっわいいぞ〜! お兄ちゃん達も妹にメロメロでさぁ」


 彼は平民出身で、数年前に幼馴染みと結婚して、子供は三人。上二人は男の子、一番下は産まれたばかりの女の子。

 書類仕事を片付けながら、物件についての情報や互いにのろけ話を披露し合う時間は穏やかで、思いの外、有意義なひと時となった。

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