第20話 とある継母の悔恨

 彼女は、特別に悪い人間だった訳ではなかったし、強い女性でもなかった。

 強いて挙げるならば、運は悪かったかもしれない。


 最初は親が見つけた相手との結婚で、娘を二人産んだが男児には恵まれず、肩身の狭い結婚生活だった。

 夫の母に嫌味を言われる毎日だったが、娘達のことは幸せにしたくて、どこに出しても恥ずかしくないレディに育てようと努力した。

 そんな中、夫が流行病で呆気なくこの世を去り、夫の弟が爵位を継ぐこととなった。


 男児を産めなかったせいで、針のむしろだった。


 そんな時だった。

 アリソン伯爵と出会ったのは。


 同じ病で家族を失った者が、互いを慰め合う集まりで、彼と会った。

 話す内に打ち解けて、彼女の境遇に、彼は心を痛めてくれた。


 彼とだったら、もしかしたらやり直せるのかもしれないと期待した。


 再婚話はとんとん拍子にまとまって。彼女は娘二人を連れて、アリソン伯爵夫人となった。

 伯爵家には、前妻との間に産まれた娘が一人いたが、互いに打ち解けようと、努力はした。


 人形姫の噂は、彼女も耳にしたことがあったのだ。

 そして、人形姫の母であるアマンダは、彼女の憧れの人だった。


 生まれ持った美貌。

 人を惹き付ける、天賦の才。


 人形姫は、それらをしっかりと、母親のアマンダから受け継いでいた。

 愛さずにはいられない子だった。


 だからこそ、余計に妬ましかった。


 自分が愛さずとも、人形姫は多くの愛を手にしていたのだ。それなら自分は、己の娘にこそ愛を注ぐべきだと思った。



 そうしてまた、運の悪いことに夫が亡くなった。



 乗っていた商船が転覆して、アリソン伯爵は、帰らぬ人となった。



 そこからまた、どんどんと、彼女の人生は転がり落ちていく。


 妊娠が発覚して、守るものが増えた。

 他人の子供など気にしていられない。自分の娘二人と、お腹の中の子で手一杯。


 あの子は、一人でも大丈夫。


 アリソン伯爵の先代は既に他界していて、頼れる人もなく。夫の商売のことなど全くわからない。

 遺書が出てきたが、人形姫はまだ未成年。

 伯爵夫人である自分が、何もかもをやらなければならない。


 お腹の子。彼との子。

 守らなければ……どうすればいいのか。どうすべきなのか。


 お茶会やパーティーのことしか、彼女にはわからない。

 人脈を広げようと、パーティーを頻繁に開いた。

 澄んだアメジストが、彼女を見ていた。

 まるで責めているようだった。


 極限の精神状態で、笑っている自分に違和感を抱く。

 何故こうなったのか。

 そうだ。全てはあの子のせいだと、責任転嫁した。

 それが、彼女が己を守る、唯一の方法だったから。


 人形姫は、疫病神。

 人形姫さえ死ねば、全てはうまくいく。


 産まれた子供は男の子。

 ますます、人形姫は邪魔だった。


 伯爵家は、既に彼女のもの。

 鍵を手に入れることは簡単だった。

 無意識に子守唄を口ずさみながら、鍵を開けた。

 暗がりの中ベッドへ歩み寄り、ナイフを突き立てた。

 あまりにも軽い感触に、首を傾げる。


 人形姫は、そこにはいなかった。


 代わりにベッドにいたのは、あの子によく似た人形――。


 彼女は、全ての感情を、その人形へぶつけた。




 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!

 私が何をしたというの? 私はただ、幸せになりたかった! 愛されたかった!

 どうして死んでしまったのよ、ジョシュア……私はこれから、どうすれば……貴方に愛されていると……貴方なら私を愛してくれると、思っていたのに……!




 まさか、隠れた人形姫が全てを聞いていたとは思わず、彼女はひたすらに泣いた。

 溜め込んでいた感情を爆発させた。


 ふと我に返り、己の行いに恐怖した。


 自分は子供に、何て事をしているのか――。



 人形姫が彼女の部屋を訪れて、とある提案を持ち掛けて来たのは、その出来事から、しばらく経ってのことだった。




   ※




 一人の女性が墓前に佇み、子守唄を口ずさむ。

 その腕には、金髪とアメジストの瞳の、愛らしい人形が抱かれている。

 白髪交じりの髪をした女性は人形へ視線を落とし、優しく微笑んだ。


「あら大変。ジェレーナ、泣かないで? お母さんがついてますからね」


 そんな女性に一人の青年が歩み寄り、そっと、肩を抱く。


「母さん」


 女性は青年を見上げると、ほっとしたように笑みを滲ませた。


「ああ、ジョシュア。どこへ行っていたの?」

「母さん、ここは冷えるよ。家に帰ろう」

「ナンシーと、ジュエルはどこかしら?」

「姉さん達は、随分前に結婚して、家を出たよ」

「ジェレーナは……? 大変、私は、あの子になんてことを……っ」

「大丈夫だよ、母さん。彼女は……リディアさんは、幸せに暮らしてるから」

「リディア……? 誰のこと? 私が言っているのはジェレーナよ! ああ……っ、なんてこと! このお墓! 私があの子を殺してしまったのね!」

「違うよ、母さん。大丈夫。大丈夫だから」


 泣き崩れる彼女を抱えた青年は、従者と侍女の手を借り、来た道を引き返す。


 向かう先。アリソン伯爵邸には、青年の愛する妻と子供たちが、二人の帰りを待っていた――。

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