第3話 とある義姉の懺悔

 王城内の一角。

 騎士団の詰め所にある応接室に、貴族の女性が二人。出されたお茶に手を付けることなく、緊張した面持ちでソファへ腰掛けていた。

 身を寄せ合い、膝の上で固く手を握るその様子は、まるで判決を待つ罪人に似ている。


 ノックの音が響き、扉が開けられた。

 入ってきたのは、きらびやかな白の騎士服を纏った男が二人。


 一人は、栗色の髪にアンバーの瞳を持つ体格のいい男で、扉のそばの壁に背を預け、腕を組んで立った。

 もう一人はすらりと背の高い黒髪の男で、夜空色の瞳は険しく、二人の女性を見据えている。


「彼は私の同僚で、口の硬い男です。妙な噂でも立てられたら堪らないので、同席させます」


 向かい側に座ると同時、冷たい声音で告げられて、女性二人は顔色を悪くしながらも頷いた。


「当然の対応ですわ」

「貴方が、わたくし達をよく思われていないことは理解しております」


 彼女達は、よく似ていた。

 茶色の髪に同色の瞳。血の繋がった姉妹なのだから、当然だろう。


「わたくし、結婚が決まりましたの」


 姉のほうが告げて。


「それで、荷物の整理をしていたら、あの子の物が出てきて」


 妹のほうが、震える声で来訪の目的を告げる。


「貴方へお返しするべきかと。こうして、お届けに参りました」


 扉のそばに立つ栗毛の男は静かに、同僚の後ろ姿を見つめていた。


「……何故、ジェレーナの持ち物が、貴女がたの荷物から出てくるのです」


 黒髪の男が発したのは、怒りを押し殺したような声だった。

 姉妹は震えながら、互いの身を更に寄せ合う。


「あの子、全てを処分して逝ってしまったでしょう? あの時は貴方へ渡せる物が何もなく、申し訳なく思っておりました」

「手紙を盗んでいたこと、あの時は言えなくて……。だってまさか、死んでしまうなんて!」

「ジュエル!」


 姉に鋭く窘められ、妹は身を竦めた。


「…………手紙? ……盗んだ?」


 地を這うような声が、空気を揺らす。


「こ、これですわ」


 慌てた様子で妹が、脇へ置いていた箱を取りテーブルへと置いた。


 震える女の手が蓋を開け、中を見た男が、掠れた声で呟く。


「ジェレーナの字……? 俺が出した、手紙……?」


 口調が仕事用から素のものに戻っていることに、男は気付いていない。


 ゆっくり、手紙の山へと手を伸ばす。


「彼女は、俺に手紙を?」


 姉は憮然とした様子で黙り込み、妹が、何度も頷いた。


「あの子が手紙を書いて出す度、貴方へ届かないように盗みました。貴方からの手紙も、あの子には届かなかった。わたくしと姉で、盗んでいたから」

「……何故、そのようなことを?」

「だってーー妬ましくて」


 堰を切ったように、言葉が溢れだす。


 それはまるで懺悔のようで、自分の気持ちを、軽くしようとしているかのようだった。


「人形姫なんて呼ばれるぐらい、あの子は綺麗で、みんなに愛されていて。貴方みたいな素敵な婚約者までいて……! アリソン伯爵は、母のことは愛していたわ。でも姉とわたくしは、ただのお客様。良くしてくださったけれど、彼の本当の娘にはなれなかった! 愛されなかった! あの子は全部持っていて、わたくし達は、わたくしには何にもないのにっ! ちょっとした嫌がらせのつもりだったんです。あの子も孤独を知ればいいと思ったの。でも……だけど、死んでしまうなんて……。あの子は、貴方にあんなにも愛されていたと知らずに死んでしまった。……ごめんなさいっ。ごめんなさい……」


 泣き出した妹の肩に手を触れて、姉は、無言のまま手紙を読み進めていた男へ視線を向ける。


「確かにお渡ししましたよ。もう三年も前のこと。忘れてしまっても、いいはずよ」

「……忘れる? 俺がジェレーナを忘れることなんて、有り得ない」


 出て行けと、静かな声が告げた。


「二度と、俺の前に姿を見せるな。俺が貴女がたを赦すことは絶対にないと、理解しておけ」


 泣き止まない妹を姉が促し、二人は逃げるようにして退出する。

 それを見送ってから、黙って全てを見届けていた栗色の髪の男が、口を開いた。


「イグナス」


 呼ばれ、持ち上げられた夜空色の瞳は、涙で濡れている。


「アヴァン。彼女は俺に、助けを求めていたんだ。早く迎えに来てほしいと、何度も書いてある。だけど……っ」


 震える手で、手紙を抱きしめた。


「最後の手紙には、俺が、ジェレーナを忘れてしまったのかと……疑って……。あい、愛して、いると……いつまでも俺を、あいしていると」


 声を殺して泣き崩れる友の肩に触れてから、何も言わずに、栗色の髪の男は退出する。


 一人になった部屋の中、彼は泣く。


 墓前では泣けなかった。

 三年間、泣くことができなかった。

 彼女が死んだことを、受け入れられなかった。


「ジェレーナっ……俺も、いつまでも君を愛しているよ」


 届くことのない想い。

 誰にも聞かれることなく、静かな室内に溶けて消えた。

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