第4話 とある少女の日常

 朝日と共に目を覚まし、身支度を整えたら軽い朝食を取る。

 朝食は大抵、前の晩の残り物。

 朝食を終えると一階へ降りて店の掃除。時間になったら店を開け、別の場所に家がある店主が出勤してくるまで店番をする。


 王都の商業区にある帽子屋が彼女の職場で、二階にある作業部屋の一つが、彼女の住処だ。


「おはよぉ、リディア。今朝も腹が立つほど可愛いわね〜」

「おはようございます、グウィニスさん。今朝もびっくりするぐらい、色っぽいですね」

「この色気は、あんたには身につけられない女の武器かもね~」

「私だって、あと数年すれば大人の色気むんむんの予定です」

「キスもまだの小娘が、なぁに言ってんのよ」


 出勤してきた店主に教わりながら帽子を作り、訪れる客の注文を受けるのも、彼女の仕事。

 昼が近付けば買い物に行き、二人分の昼食を作って、店主と共に食べる。


「あんた、ここに来て何年になるっけ?」


 唐突な店主の問い掛けはいつものこと。

 彼女は視線を左上に向け、記憶を辿りながら答えた。


「三年、ですかね」

「てことは、もう十八?」

「そうですよー」


 昼食のサラダを口に運ぶ彼女を見つめ、店主は頬杖を付きながら、手にしたフォークの先端を彼女へ向ける。


「次の恋を見つけるべきよ」

「次の恋、ですか?」

「だって、まだ会えてないんでしょう? グリーンなんたらって騎士に」

「グリーンシールズですよ」


 パンをちぎって口に入れ、ゆっくり咀嚼して飲み込んでから、ため息を吐いた。


「お城の中に引きこもってる王子様を引っ張り出すのって、どうすればいいんでしょう?」

「あんたのは、王子じゃなくて騎士でしょうに」

「私にとっての王子様です」

「あー、はいはい。門前払いで、手紙を出しても見てもらえてないんじゃ、どうしようもないわね」

「彼のファンの手紙に紛れちゃうみたいなんですよね」

「噂では、顔はいいけど終始仏頂面で人間味のない男だなんて聞いたけど。とにかく顔はいいから人気なのかしら?」

「笑顔が可愛くて、優しい人なんですよ。私も、その仕事モードの彼を見てみたいです」

「恋する女はなんとやら、ね。どうして門前払いなの? 知り合いなんでしょう?」

「直接会うまで、彼には、私が私だって気付けない魔法が掛かっていて」


 マグカップを手に取ってお茶を飲む彼女に、店主が怪訝な顔を向ける。


「あんた、魔女だったの?」


 静かな笑みを漏らし、彼女は首を横に振った。


「比喩です。でも、直接会っても、もう気付いてもらえないかもしれません。三年も経っちゃいましたから。完全に、忘れられちゃったかも」


 ここまで会うのが難しいのは想定外だった。

 静かに吐き出された弱音を聞いた店主は、同情の視線を彼女へ向ける。


「社交界のパーティーにでも潜り込めたら、会えるんじゃない?」

「貴族には近付けません。そういうアレルギーなんです」

「あんたの王子様だって、貴族でしょうに」

「イグナスはいいんです」


 呆れのため息を吐いて、店主は食事を再開した。


 しばらく無言で食事を続け、食べ終わる頃に、ぽつりと呟く。


「……騎士が集まる酒場があるらしいんだけど、行ってみる?」


 既に自分の分を食べ終えて、ゆっくりお茶を飲んでいた彼女は、パッと顔を上げた。


「行きます!」


 途端に輝いた彼女の顔を見て、店主は苦笑を浮かべる。


「絶対に一人では行かないって約束できるなら、連れて行ってあげる」

「します、約束! グウィニスさん、大好きです!」

「一人で行くのは絶対になしよ。夜だし、酒の入った男って危ないんだからね。あんたなんてペロリよ」

「ペロリは怖いです」

「それに、引きこもりの騎士様が来るとは限らないのよ」

「わかってます。でも、何もしないでいるより、ましですから」


 可愛い妹でも見るように目を細め、店主は「さてと」と言いながら立ち上がる。


「そうと決まったら、さっさと今日の仕事、片付けるよ!」

「はい! 師匠!」

「普段は師匠なんて呼ばないくせに。調子がいいんだから」


 そうして帽子屋の師弟は、夜の街へと繰り出すことが決まった。

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