第5話 旅行〈後編〉

 水族館を後にした二人は、周辺の繁華街を散策した。市場やデパート、商店街。行けるとこはすべて足を運んだ。気づけば、赤みがかった夕焼けが空を染めていた。


 「もう5時だよ、早いね~」


 二人の手には、お土産がぎっしりと詰まった袋がに握られていた。葉子は、満足そうに笑みを浮かべる反面、隼人はげっそりしていた。


 ...3時間立ちっぱなしは、さすがにキツイ...


 水族館を出た後はひたすら歩きっぱなしで、ほとんどが葉子の買い物だった。特に母の大好きな、猫のグッズ売り場なんかは、1時間近く滞在していて気が遠くなるほどだった。脚の筋肉は痛いぐらいに張っていて、歩くたびに膝に痛みが走る。


 「そろそろ、宿に行こ。チェックインの時間に間に合わなくなっちゃう」


 「その言葉を待ってた」


 「何言ってんの、あんた運動部でしょ。しっかりしなさい」


 葉子は疲れを感じさせない、軽やかな足取りで先へ行ってしまった。


 ...いい年して体力バケモンかよ...


 何とか追いつこうとするも、膝の痛みと痺れで足が


  駐車場に着くと、駆け込むように車に飛び乗った。今まで、座り慣れたシートが今では極上のベットのように感じるのは、気のせいだろう。隼人はそのまま押し寄せるし睡魔に身を任せた。

 


 ググっと揺れた音とともに、目を覚ます。見たところ宿の駐車場に丁度到着したところだった。身を起こし、荷物をまとめると宿に向かった。外観はいかにも和風と言う感じだ。中に入ると、左に大きな日本庭園が見えた。これは、宿の名物らしく、これを見に来るために宿泊する人もいるのだとか。それに、宿が海沿いなこともあって、部屋の場所によっては海を見渡せる部屋もある。


 二人の部屋は、ちょうど海が見渡せる部屋でありなかなか幸運であった。和室だが、二人部屋とは言えない程広く、3LDKぐらいはあるのではないだろうか。手前にはテーブルと椅子があり、奥には、布団が2つ敷かれていた。海を見渡すための窓は大きく、逢魔が時であるため赤色の太陽を境に海が黄金の絨毯の様に見える。

 

 「綺麗ね~。写真撮っとこ」


葉子はポケットからスマホを出すとパシャパシャと撮影を始めた。


 「よかったね、ここで」


 「うん、ありがとう」


 今回この宿は、隼人自身が選び予約したものだった。費用も隼人持ちであるが、これに関しては元々葉子が払うつもりだったのだが隼人が「今回は俺が払う!」とこれを拒んだのだ。葉子にとっては、不安でしかなかったのだが、後日に費用につい本当に大丈夫か再度確認したところ、自慢げに財布中身を見せられた。中にはぎっしりと詰まった福沢諭吉がそこにあった。それに納得し、今回は隼人に任せたのである。


 「ご飯何時からだっけ?」


 部屋の時計を見ると午後 18時を回ろうとしていた。


 「確か19時からだから、あと1時間くらいあるね」


 「じゃあ温泉入ってくる」


 「わかった。私も行くわ」


  2人は準備をすると宿にある、温泉へと向かった。


  温泉内は、石造りの和風な造りになっていて、竹で加工された壁が印象深い。


  ササっと体を洗うと湯船に浸かった。


 「ふぅ」

 

 疲労困憊の体もみるみる癒されていくような感じがして清々しい。


 「来週は、歩美とお出掛か~」

 

 今まで、女子とまともに話すことが殆どなかった隼人にとって、またとない機会である。そして、相手は神薙歩美。直接的に話すのは中学校以来であり、話しかけられた時は驚きはしたが我に帰るととても面白く思った。


 「あの、歩美がここまで可愛くなるなんて誰が予想したよ」


 中学の時とはまるで別人っといっていいほど様変わりしていて再開した時なんか一瞬見分けがつかなかった。体も一段と女性らしい体つきになって、異性の目を引くには十分だった。だが雰囲気で歩美だとすぐに気づいた。


 ...慣れていたはずなのに、外見が変わるとこうもドキドキするのか...


 「駄目だ。考えたらまた熱くなってきた」

 

 恥ずかしさと照れから体が急に火照りはじめ、隼人は湯船から身を起こし、温泉を後にした。






 温泉から戻り、夕食を済ませると時間はあっという間に21時を回ろうとしていた。隼人は、外の空気を吸うために宿の下にある浜辺に足を運ぶと、設置されている椅子に腰を下した。


 今夜は満月であたりが月明りで輝いている。海の涼しげな波音が、頭の中の邪念を

取り払い、心が穏やかになっていくのを感じる。


 「こんな所にいたんだ」


 振り向くとそこには、葉子がいた。片手には2本のラムネが握られている。


 「はい、どうぞ」


 「ありがと」


 葉子は隼人の横に座ると、ラムネを開けグイッと口に注いだ。


 「今日は、熱くなってないんだね」


 「そうね~、考えるものが傍にないらかもしれない」


 「俺はどうなの?」


 「もう慣れたから、そこまで心配してない」


 「そっすか」


 ...なら、いつものオニババを今日は体感しなくていいのか...


 「声に出てるわよ」


 「あ、やべ」


 「私だって、怒りたくて怒ってるわけじゃないの。するなっていう事をやるから毎度怒ってんでしょうが」


 「ごめんなさい」


 シュンとした隼人に葉子は一呼吸置き話を続けた。


 「確かに今まであんたには散々苦労かけられた。おかげで恥も捨てたよ」


 確かに今まで隼人を庇い泥を被ってきた人だ。家族揃って周りから白い目で見られるなど日常茶飯事だった。


 「だけどね、私にとってあんたは可愛い息子だから。だから、今まで育てられてきたんだ思う」


 隼人自身、幼いころから物忘れが多く感情の起伏も激しいことから周りに迷惑ばかりかけてきた。それを抑えるために薬を服用しているのだが、如何せん人間である以上失敗はしてしまうものである。だが、隼人はそれが許せなかった。 

 

 「これから、就職するのか進級するのか分からない。ただね、私の前では愚痴だったり、日ごろ鬱憤は吐き出しときな」


 「え?」


 「最後に子供の味方になってやれるのは親だからね」


 目頭が熱くなるのを感じた。直ぐに、両手で涙を拭うとラムネを一気に飲み干す。

葉子にとって隼人に対するする愛情は、決して消えるものではなかった。隼人の心は感謝と嬉しさで胸が一杯になった。


 「うん、有難う」


 「そう、じゃあ私はトイレ行ってくるから」


 「じゃあ、ラムネお代わり」


 「その分、お小遣いから引くけどいい?」,


 「え゛、まじか」


 「ふふ、冗談よ」


 そう微笑むと葉子は宿に戻っていった。


 隼人は、少し体が軽くなる感じがした。心に伸し掛かった重りがなくなったような気分だ。涼しげな波音と月光が輝く中で、カランっとラムネのビー玉が静かに鳴ったのだった。


  




 葉子を待っている間ボーっと空を眺めていると、妙な違和感を見た。月に小さなな黒い点が現れたのだ。見間違いかどうかは、分からない。しかし今日は満月、月光が一番強い時だ、見間違えるはずがない。そして黒点は、少しずつであるが大きくなっているような気がしていた。大きくなるごとにゴーゴーと言う重い音を発していく。


 こっちに近づいている?隼人は直感でそう感じた。


 ...飛行機か?...


 飛行機にしては主翼がないように見えた。とてもシンプルな円柱のような形だ。


 だが、その直感は明確のものとなった。直前、肉眼ですぐに白い物体が確認できたからだ。音も先ほどよりも大きく騒音どころか轟音にないた。


 「!?」


 ...まさか!本当に!...


 ドッッカアアアアアアアアアン!!!!


 次の瞬間、その物体は途轍もない衝撃と共に宿泊する宿に墜落した。





 



 



 


 



 





 

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