第4話 旅行〈前編〉
「もう着くよ~」
葉子の声に隼人は瞼を開いた。車窓から外を見ると地平線の彼方まで一面真っ青な光景が見える。海だ。そして雲一つない青空が、素晴らしい。
窓を開けると潮風が、ブワッと髪をはためかせる。いかにも海に来たって感じだ。
だが、そもそも二人が何故、海にいるのか?その理由は数時間前にさかのぼる。
二日前の夜19時。ちょうど晩御飯の最中に起こった。
「ねぇ、隼人。海行かない」
「え、海?」
「そうよ。たまには気分転換にと思って」
葉子が、こんな事に誘うときは大抵何か良いことがあった時だ。
...仕事で何かあったのかな?...
「いつ行くの。と言うか大丈夫なの仕事?」
「唐突に、休みが入っちゃてね~」
「ふ~ん」
「今週の土日を使って行きましょうか」
隼人は、安心した。来週の土日など言われたらどうしようかと心配したがそれは不要だった。
「どこ行く?」
「茨城県の水族館」
ちょうどお隣の県だ。
「オッケー、準備しとく」
「ちゃんと、薬も入れときなさいよ~。後で確認するから」
「はいよ~」
現在二人は今とある水族館に来ていた。理由は、葉子曰く「魚が食べたい気分だから」らしい。それなら、寿司屋にでも行けばいいと思った。そんなんで、今回宿泊する宿の夕食に魚なんか出てるようもんなら皮肉もいいところだ。
車から降りると目の前に水族館、右には地平線の向こうまで海が広がていた。そして、海に重なるように葉子が立っていた。服装は、白いスキニーに、ロゴ付きの黄色い半袖Tシャツ、手提げのバックと言う感じだ。対して隼人も半袖に短パンに、サイドバックと両者ともフラットな印象が見受けられる。
葉子は齢50歳とわいえ、体つきが細身でスラっとしていて年を感じさせないことから、身内からは妖精さんなんて言われている。中身はただのオニババであるが。隼人も体つきが良く、特に胸板は、浮かび上がっており、いかにも「アスリートです」っと言わしめるスタイルだ。
訪れた水族館は比較的大きい方でサメが名物らしい。中に入ると、円柱の長い水槽が天井から床に向かって縦につながっていてその中を、小魚達が泳いでいた。
そこから、さらに奥に向かうと壁一面に大きな水槽が現れた。まず目に留まったのは、ジンベイザメだ。
...大きい...
こんなのが魚なのかと言えるぐらい、大きい。それにサメと言うには、とても愛らしい見た目だ。幼い時なんかは、これをクジラと勘違いしていたのは良い思い出である。
周辺には、サメやマグロ、エイ、小魚などなど、たくさんの生物が優雅に泳いでいた。
...良く、食物連鎖がおこらないよな~...
前にサメなどは満腹な状態にしてあるので基本他の魚を襲わないということを聞いたことがある。だが、実際あげなかったらどうなるか見てみたいと思うと余計面白くなりそうなので想像に楽しい。
奥に進むととマンボウが大量にいる水槽、様々なサメがいる水槽などがある。近くには、タツノオトシゴのも水槽あった。
ベビーカーにいる赤ちゃんが、水槽をとんとんと、叩いている。なんとも微笑ましい。
...そこは叩くところじゃないぞ...
さらに奥に進むと次はタコやイカ、など魚類以外の生き物たちが展示されている。
隼人はイカのいる水槽に顔を近づけまじまじと見つめていた。
「あんた、そう言うゲテモノ系好きだよね」
...失礼な、形が奇妙で面白いんだよ...
と言うか、
「タコ類、イカ類をゲテモノ呼ばわりするのは、初めて聞いたよ。せめてウミケムシにしとけな」
「なんそれ?」
「調べればわかるよ~」
葉子は、スマホを取り出し、ササっと調べる。
「うわ、気持ち悪い」
「ゲテモノってそういうもんだよ」
「私からすれば、どっちも同じだよ」
...ほんと、イカに謝れ...
雑談をしつつ、二人は階段を下りいくと少し暗い空間に入った。そこは、深海の生物が展示されている場所だった。
「クラゲだ~」
横長の人間一人分ぐらい余裕で入るぐらいの大きさの水槽に、大量のクラゲがふわふわと舞っていた。
葉子は、ササっと水槽に駆け寄った。
「クラゲかよ」
隼人は、嫌そうに水槽から顔を背ける。
「あんた、そういえばクラゲ嫌いだったわよね」
「うん」
隼人は、小学生の海水浴でクラゲに刺されたことがあり、蚯蚓腫がトラウマなのだ。
「今でも見ると、幻肢痛がするわ」
「あらそう、残念」
「つか、クラゲのどこがいいのさ」
「可愛いじゃん」
「そんだけ?」
「そんだけ」
よくわからね~な、そうつぶやくと隼人は、他の水槽に目を移す。他には、タカアシガニやダイオウグソクムシ、サメ類、タイ類etc。深海生物はとても興味深い姿をしていて、飽きることがない。そして、この静かな空間が、より心を落ち着かせる。このぼーっとする感覚がいつまでも続けばいいのにな~と、そう感じるのであった。
二人は水族館内を一通り回ると、館内のレストランで昼食をとった。食事は、まさかの海の幸が豊富な海鮮丼だった。隼人は複雑な感情に襲われる中、葉子は、天ざるそばを食していた。何とも、おいしそうに食べるのだなと内心思った。実際に、海鮮丼はとても美味でマグロの脂の乗り具合は絶妙だ。
「はい」
葉子が、海老天を差し出してきた。
「その分、マグロ少しちょうだい」
「ええよ」
葉子は、マグロの刺身を数切れ、自分のさらに取った
隼人は、どんぶりに置かれた海老天を一口頬張った。
「美味しいな」
臭みがなく、それ故に甘い。レストランで食べるよりも、とても脂がしっかり乗っている。
「てか、良かったの?」
「何が?」
「食べたからいうのもなんだけどどさ」
「うん」
「何で海老天くれたの?一番いいやつじゃん」
「だって、好きでしょ」
「うん、でも」
「つべこべ言わないの」
「...わかった」
隼人は、葉子のこの気づかいに少しイラっとした。普段から自己犠牲かのように、生活をしている彼女に対し少しは自分を大切にして欲しかった。しかし、葉子はその気持ちを、無視するかの様に振舞う。それが、気に入らなかった。
...少しぐらい反応してもいいじゃないか...
隼人は、感情任せに海老天の残り半分に一口でかぶりつく。
「ぐふ!」
一口でいったせいかえび天がのどに詰まった。ドンドン!胸を叩きながら、食堂に詰まりかけた物を水と共に流す。
何してんの?と葉子は、ニヤけながらハンカチを差し出す。
隼人は、手のひらを葉子に向け静止を促した。
「いや、大丈夫」
「そう、でも一応もっておきなさい。どうせ、また忘れたんでしょ」
...バレた...
「あんたが、忘れた時ように準備はできてるわよ」
葉子はバックを抱えるとポンポンと叩く。
「ホントその四次元ポケットからは何が詰まってるんだか」
葉子のバックには、必ず何かしら入っている。困っている時に頼むと、必ず望むものが入っていて今まで何度も助けられたことがあった。そんなことから隼人曰く、「四次元ポケット」らしい。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「うん」
昼食を済ませると、午後のイベントのイルカショーを観賞した。その後、水しぶきで服がビショビショになると思っていなかったのは、隼人にとって誤算だった。その後、少し早めに御土産を買って二人は水族館を後にした。
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