Ep.3 CAMERA EYE 2

 フェイド・イン――


 この黒い画面は暗闇か……

 と、なんとか判別できたと思ったとたん、プツッと小さな音がして、こんどこそまったく何も映し出されていないブラックアウト状態になる。


 こんなことはかつてなかったはずだが、いくら待っても映像は復旧しない。

 だが、無機質な画面のむこうに、かすかにだが何かの物音が聞こえる。そこでボリュームを思い切り上げてみると――


 コツ、コツ、コツ……


 ドアごしらしくひどくくぐもっているが、どうやら階段を昇ってくる靴音が大きな空間に響いているのだとわかる。


 マイクだけはかろうじて生きているようだ。しかも、これは超高感度のマイクで、それこそ、心の中のつぶやきでさえ聴き取ることが可能だ。


 ところが、つぎに入ってきた音声は、当人にさえ聴き取れるのかと思うくらい低くひそめられた声で、年齢や性別はおろか、単独か複数なのかも定かでない。


〈織倉美保だな

〈やっぱり気になって寮内を見回らないではいられないのか――

〈やけに慎重な足の運びは……

〈そうか、子どもを背負っているのだ

〈舎監室に残してこなかったのは、子どもにグズられたか……

〈それとも片時も離したくないほどかわいいということかな。甘いな、フフフ

〈……いや、独りにして娘が襲われてはと警戒しているのかも


 足音は廊下の向かい側で止まり、ドアをノックする音がして部屋の中へと消える。


〈たしか、最年少で白雪の四人めの仲間に加わった女だったはず。やつらの中ではいちばん平凡そうで非力に見えるが、油断は禁物……

〈そう、氷を使ったトリックも、あっさり見破ったくらいだし

〈それに、あの白雪が、ほかの者をさしおいて学園長の地位を与えているのだ。堅実さや事務能力を評価しているにしても、ただのお飾りということはあるまい

〈すると、寮生を一人ひとり尋問して、事件の真相を探り出そうというのか……


 その疑問を証拠立てるように、閉じたドアはなかなか開こうとしない。


〈無能な舎監の教師なら、事後報告ですまそうとする程度のイタズラにすぎないだろうが、学園長自身がまさに居合わせたところで起こった出来事なのだ

〈見過ごしにはできないと考えたっておかしくはないか……


 そのまま数分が経過し、廊下にふたたび現れた足音は別の階へと向かっていく。


〈やはり、尋問を始めたようだな

〈女生徒どもを決定的に震え上がらせようと氷のトリックを仕掛けたつもりだったが、どうやらヤブヘビだったか……

 声は悔しそうにさらに低められ、そのまま深い沈黙へと落ちていく。


 階段ホールを移動する同じ足音は、一〇分ほどずつの間隔をおいてくり返し聞こえてくる。

 二階から四階へ、四階から三階へ、また四階へ上がったと思うと二階へもどり、ふたたび三階へと上がって別の部屋へ向かう。

 不規則な移動をくり返した後、ついに暗転した画面の部屋の前へとやって来る。


 コンコン――

 ひかえめなノックの音が部屋の中に伝わると、一呼吸おいてカチッという音がする。ベッドサイドのライトが点灯されたのだ。


 それがカメラのスイッチでもあったかのように、同時に映像が復活する。

 窓の外からの青白い薄明かりで、ベッドから立ち上がる髪の長い少女のネグリジェ姿がとらえられる。


 視点はその人物の視線に切り替わる。掛け金を外してドアを開くと、廊下には眠った子どもを背負ったスーツ姿の女性が立っている。


「ごめんなさい。もうお寝みだったみたいね」

「いいえ、かまいません。どうぞお入りください」

 招き入れる少女の動作に合わせて、カメラが横に振られる。

 天井の明るすぎる照明はつけず、机のスタンドだけを灯す。

 ベッドサイドのライトと合わせ、深夜らしく落ち着いた淡い光が部屋の中に漂うように広がる。


「まあ、さすがに最上級生のお部屋ね。きれいに整頓されているわ。空いているほうのベッドに娘を寝かせていいかしら? すっかり眠り込んでしまったのよ」

「ええ、どうぞ。よかったら、膝掛けの毛布も使ってください」


 子どもを横たえると、女性はイスを引き寄せて座り、もう一方のベッドに腰かけている少女のほうに向き直る。


「事件の調査ですか?」

「いえいえ。〝事件〟とか〝調査〟とか、そんな大げさなことじゃないのよ。ただ、みんな不安がって、部屋に閉じこもってしまっているでしょ。思っていることや言いたいことを一人ずつ聞いてあげれば、すこしでも気が楽になるかと思ったの。そもそもの原因だって、きっとちょっとした出来心とかイタズラにすぎないにきまってるもの」

 視線の少女は素直に同意してうなずく。


「おかしなことが起こりはじめたのは、どうやらおとといのことらしいわね」

「ちょうど今残っている七人になってからです」

「そうね。あなたも含めて、全員が何らかの被害にあっていることになる。じゃあ、その間のあなたの行動と、気がついたこととかを教えてもらいたいんだけど……」


 型通りの質問がひととおり終わると、女性は大判の手帳に小さな文字でビッシリと書き込まれたメモを見つめ、フウーッと困惑のため息をつく。


「やっぱりわたしなんかではダメね。姫……白雪先生なら、これだけの手がかりがあればアッサリすべての謎を解いちゃうんだろうけど。かえって混乱するばかりだわ。それに、よく考えてみれば、複数の人がウソをついたり仕返しし合ってたりしたら、整然とした推理なんて成り立ちっこないんですものね」

 慣れない尋問などをつづけた疲れがにじみ出て、ふだんの温厚な表情が翳っている。ざっくばらんな口調になっているのも、そのせいかもしれない。

 しかし、ほおに手を当てて考え込むその様子を見つめる少女の視線には、どんな変化も見逃すまいという緊張感が満ちている。


 女性がふと眼を上げ、正面からカメラをのぞきこむと、いかにも思いついたようにたずねる。

「ねえ。どうしてあなたの部屋を最後に訪ねることにしたか、わかる?」


 その質問はなぜか少女の不意をつき、画像がグラリと揺れる――


「そ、それは……」

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