第13話 呉下の阿蒙にあらず(二)

「いいですか、呂蒙さん」


 今日から呂白の授業が始まった。


「文字を覚えるには反復練習です。ひたすら繰り返すのです。声に出しながら手を動かしてください」

「後ろから監視されるとやりにくいです、師匠」

「だから効果的なのです」


 呂白の手には棒が握られている。

 呂蒙が間違えるたびペチペチと叩いた。


「あ〜、全然ダメです! 文字が汚いです!」

「どうしたら上手くなりますか?」

「一字一字ゆっくり書いてください。故郷の母に手紙を送るつもりで丁寧に」

「私の母は文字を読めません」

「…………」


 呂白の棒がしなった。


「コホン……師の揚げ足取りは禁止です」

「はい……」


 呂蒙は何一つ文句を言わなかった。

 次回からのレッスンに遅刻しなかったし、呂白から与えられた課題は全部こなした。


「家でも勉強しようと思います。書物をお借りしてもいいですか?」

「どうぞ、ご自由に」


 すっかり師と弟子が板についてきた。


「なあ、白。呂蒙殿の調子はどうだ?」

「メキメキと上達しています。乾燥した布が水を吸うように知識を吸収しています」


 呂白は辛口である。

 それが褒めるということは相当努力している証拠だろう。


 ……。

 …………。


 別の回のレッスンにて。

 呂白に急用ができてしまった。


「すみません、呂蒙さん。私が戻ってくるまで自習しておいてください。質問は後で受け付けますから」

「かしこまりました、師匠」


 呂蒙は古典を開いた。

 冒頭から音読していくが、ちょくちょく詰まってしまう。


「失礼します」


 入ってきたのは黒。

 飲み物を持ってきたのだ。


 呂蒙が苦戦しているのに気づいた黒は、やや躊躇ためらいがちに『そこの読み方はですね』と教えてあげた。


「もしや⁉︎」

「あ、すみません。余計なことを」

「そうじゃありません。黒殿は文字を読めるのですか」

「ええ……呂白様のお手伝いをしていますから」

「もしかして貴殿は高貴な生まれですか?」


 黒は虚を突かれたようにハッとした。


「今は途絶えてしまった家ですが」

「そうでしたか。気分を害されたのなら謝ります」

「いえ、平気です。ここの皆様は優しく接してくれますから」


 しばらくして呂白が帰ってきた。

 すると呂蒙の横には黒がいて、代わりに勉強を教えていた。

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