第12話 呉下の阿蒙にあらず(一)

 その日は朝から雨が降っていた。

 心地いいノイズに機織りの音が混ざる。


 呂琳である。

 結婚した途端、女性らしいことに興味を持ち始めた。


 門を叩く音がする。

 呂琳の手が止まった。


「誰かしら?」

「俺が見てくる」


 呂青が対応に出ると、笠をかぶった呂蒙が立っていた。


「当然、申し訳ない」

「いかがされた?」

「実は……」


 なぜか切り出しにくそうにする呂蒙。


「とりあえず中へ入られよ」


 呂琳に頼んで温かい飲み物を淹れてもらった。


「呂青殿にお願いがあります。同姓のよしみで聞いてくれないでしょうか」

「私にできることでしたら」

「先日、揚州軍の面々で飲み食いする機会があったのですが……」


 その場には孫策、周瑜、魯粛、周泰などがいた。


『呂蒙は文字の読み書きができねぇからな〜』


 酔っ払った孫策がいつもの調子で小バカにした。

 これは許せる、孫策は上司だ。


 周瑜と魯粛も笑ってきた。

 まあ、二人は地元の金持ちだ。

 ギリギリ許せる。


「周泰まで俺のことを鼻で笑った。それが許せないのです」

「周泰殿は学問ができるのだろうか?」

所詮しょせんは武だけの男です」


 とはいえ周泰も読み書きくらいはできる。

 要するにマウントを取られて悔しいのだ。


「私が直接教えてもいいが、近頃は忙しいからな」

「師を紹介していただけないでしょうか?」

「ふむ、学問の師匠か」


 呂琳を見た。

 う〜ん、ないな。

 間違った知識を教えそう。


「念のために聞くが、相手は誰でもいいのか?」

「もちろん文句は言いません」

「途中で投げ出したり、反抗的な態度を取ったりしないか?」

「師の言うことには従います」

「ふむ……」


 呂青は立ち上がった。


「着いてきなさい。ちょうどいい人物が一人いる。その人なら授業料もいらない。頭の良さは私が保証する」


 向かったのは実家である。

 侍女の黒(かつての董白)がいたので声をかけた。


「白はいますか?」

「自室で書写しております」


 部屋に入ると机に向かう呂白を見つけた。


「白、作業中すまない」

「ああ、兄上ですか。そちらの方は?」

「呂蒙殿だ。実は白に頼みがある。呂蒙殿の師となって、学問を基礎から教えてやってくれないだろうか」


 呂白はまだ子供である。

 歳だって呂蒙の五つ下だ。


 しかし呂蒙は不満そうな表情を浮かべることなく、


「どうかご教授ください」


 と辞を低くして頼み込んだ。

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