第11話 決め手の特産品

 郭淮は飾ったところがなく純朴そうな青年だった。


「新しい職場はどうですか、郭淮殿」

「いや〜、長安は広いですから。職場どころか長安に慣れるのに一苦労ですよ」


 隣の部屋にいる呂蓮がクスクスと笑った。

 郭淮は気づかなかったらしく、そのまま話を続ける。


「これはお土産です。大したものじゃないですが」

「おお、黒酢ですか」


 あまり特産品のない并州であるが、お酢の生産には力を入れていた。

老陳醋ろうちんさく』といえば自称天下一の名酢である。


「ありがたく頂戴します。妻も喜ぶと思います」


 やがて人が入ってくる。

 侍女に変装している呂蓮だった。

 二人分の飲み物を置いてそのまま退室する。


「今の女性は并州の方ですか?」

「そうです。どうして分かったのですか?」

「直感ですよ。言葉を交わさなくても同郷の人は分かります」


 面白い人だな、と呂青は思った。

 物事をよく観察する性格なのだろう。


 たっぷりと会話した後、


「ちょっと退席させてください」


 といって郭淮を一人にする。


「どうだ、蓮。郭淮殿が相手なら話せそうか?」

「はい、おそらく」

「郭淮殿も年頃の女性と話すのは得意じゃないかもしれない。まずは蓮がきっかけを与えるのだ」

「きっかけ、ですか?」

「蓮には音楽の才能があるだろう」


 呂青は部屋に戻った。

 すると笛の音色がした。


「この笛は?」

「うちの妹が遊びにきています」

「ほう……」


 郭淮を廊下まで案内した。


「真ん中の妹です」


 庭のところで呂蓮が演奏している。

 風が着物を揺らして幻想的なシーンを生み出す。


「あっ! さっきの侍女殿は⁉︎」

「ちょっとした遊び心です」


 呂蓮がぺこりと一礼する。

 すると郭淮は庭に降り立った。


 呂蓮の髪に花びらが付いている。

 郭淮がそっと取ってあげる。

 二人の笑い声が重なった。


「蓮も一緒に話すか。郭淮殿も并州人だ」

「はい、お邪魔でなければ……」

「よろしいですか、郭淮殿?」

「もちろん」


 呂蓮は愛くるしい。

 頬に赤みが加わるとより一層。


 三人で盛り上がっていると、バンッ! と扉が開いた。

 息を切らした呂琳だった。


「兄上! 父上がお呼びです! 早く、早く!」

「おっと、すまない。少し二人で話していてくれ」


 呂蓮と郭淮だけを残す。

 これは呂琳の計略である。


 呂青は三十分くらいして戻ってきた。

 二人はすっかり意気投合していた。


 郭淮が帰った後……。


「ありがとうございます、兄上、姉上。素敵な殿方と巡り会えました」

「何か決め手はあったのか?」

「郭淮殿は黒酢を持ってきました。郷土を大切にしている証拠です」

「分かった。俺から郭淮殿に伝えておく」


 もちろん郭淮からも色よい返事が届いた。


 ……。

 …………。


 後日、郭淮と呂蓮の婚姻が発表された。

 長安には大きな衝撃が走った。


『郭淮とはどこの匹夫だ⁉︎』という反応が多かった。


 呂蓮は以前、皇后になると目されていた。

 それが無名の官吏に嫁いだのである。


 その後、郭淮は功績をあげてトントン拍子に出世したから、呂蓮に人物眼があるのは確かだった。




《作者コメント:2022/05/20》

史実の郭淮は前出した王淩の妹を娶ったそうです……。

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