第7話 これぞ我が白眉!

 呂青には野望が一個あった。


 尖った才能を見つけ、食客として置くのである。

 中でも白眉と呼べるのが馬均ばきんだった。


 元々は長安近くの寒村で暮らしていた。


『足踏み式水車を発明した人がいる』

 そんな話を小耳に挟んだので、視察がてら足を伸ばしてみると、まだ十代の馬均少年と出会った。


「俺のところで発明家にならないか」

「発明家……ですか?」

張衡ちょうこうみたいな人をいう。天下のために知恵を絞るのだ」


 馬均の両親を説得して連れてきたわけである。


「君の作った水車はいずれ中華全土に広まるだろう」

「あんなものが、ですか? 村の人々を助けるために作ったのですが……」

「そのうち分かるさ」


 馬均の武器は集中力だった。


 道具と場所さえあれば朝から晩まで熱中している。

 声をかける時も五回くらい名前を呼ばないと反応しない。


「変な人」


 呂琳はそう言った。

 奇才というのは理解されにくいのが常だ。


「できましたよ、先生!」


 馬均が嬉々として走ってくる。

 ちなみに先生とは呂青のことだ。


「ほう、新型のか」


 当時の弩はあまり性能が良くなかった。

 壊れやすい。

 命中精度が低い。

 リロードに時間がかかる。

 威力もイマイチ。


 でも弩にはメリットがある。

 新米の兵士でも扱いやすいのだ。


「前のより軽いな」

「はい、素材を工夫してみました」


 試しに一発撃ってみた。

 正規兵の使っている鎧を貫通した。


「大した威力だな。相手を引きつけてから放てば鎧の上からでも倒せる」

「もう少し改良してみようと思います。一発撃つと次の矢が自動で装填されるようにします。まずは三本。それが終わったら五本。最終的には十本を目指します」


 すでにアイディアの原型はあるらしい。


「分かった。研究費を増やそう。これとは別に依頼したいことがあるのだが……」

「何でしょうか、先生」


 呂青は壊れた鎧を指差す。


「この弩でも貫通できない新型の鎧を発明してほしい。兵士の生存率を引き上げたいのだ」

「う〜む……分かりました! やってみます!」


 新しい試行錯誤が始まった。


 ……。

 …………。


 それから数ヶ月後。

 鎧が完成した、と馬均から報告があった。


「見てくださいよ!」


 馬均が弩を射る。

 しかし新型の鎧には突き刺さらない。


「これまでの鎧は方形の板をつないでいました。新型の鎧は魚のうろこのように半円の板をびっしり並べています。隙間がないから剣にも弓にも強いです」


 さすがは馬均だな、と舌を巻く。


「感謝する。いずれ正規軍の装備として採用されるだろう。路銀を与えるから、たまには故郷へ帰ったらどうだ」

「いえいえ……」


 馬均は弩を持ち上げた。


「今度はこの鎧を貫通できる弩を発明しようと思います。私の発明は私が超えてやります」


 呂青は苦笑する。


「終わりがないのだな」

「いずれ弟子を取ろうと思います。私の残した発明だって、やがて彼らが超えるでしょう」


 後年、発明家のための部署が新設された。


 馬均の登場から十年で正規軍の強さは一段と向上した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る