第8話 ボディガードは眠らない

 呂青のところへ兵士が相談にやってきた。

 宮廷の衛兵だった。


「典韋殿が寝ていない?」

「そうなのです。ご自身が夜間の任に就いておられます」

「ふむ……」


 典韋は今、劉協の身辺を守っている。

 重大なミッションではあるが、天下の情勢は落ち着いており、ピリピリするような空気ではない。


「人間なのだから少しは寝るだろう」

「はい、昼間に少しだけ」

「丸一日休んだりしないのか?」

「私の知る限り、一日も欠かさず働いておられます」


 典韋が奮起している理由。

 それは若手の育成だった。


 近衛長である自分が模範となることで周りの空気を引き締めたいらしい。


「俺たちは典韋殿に休んでほしいのです。呂青殿が説得してくれませんかね」

「う〜む……典韋殿は誇り高いお人だからな。俺から話したところで……」


 ふと怪力の持ち主の噂を思い出した。


 ……。

 …………。


汝南じょなんの地まで出張ですか?」

「すごい怪力の持ち主がいるらしい。典韋殿とどちらが強いのか、陛下は非常に興味があるそうだ」

「はぁ……負ける気はしませんが」


 呂青は典韋と対面していた。


「男の名を許褚きょちょという。力比べして噂の真偽を確かめてくれ。もし使える男なら連れ帰ってほしい」

「分かりました。陛下のご要望とあらば」

「典韋殿が留守の間、私が陛下をお守りする」


 しばらくの間、呂青は宮廷警護を代行した。

 兵士らに声をかけて典韋の仕事ぶりを聞いて回る。


「とても尊敬できる方です。寡黙で責任感があります。俺たちも典韋殿を見習っています」


 どれも似たような感想だった。


 一足先に汝南の順風隊から報告が入った。


「典韋殿と許褚の力比べはどうだった?」

「白熱しておりました。腕力は拮抗しており、甲乙がつけられません」

「噂以上かもしれないな」


 バトルする内に二人は仲良くなった。

 歳上の典韋が兄、歳下の許褚が弟として義兄弟の契りを結んだらしい。

 つまり許褚は長安へ向かっている。


 それから数ヶ月後。

 例の兵士が呂青を訪ねてきた。


「呂青殿、ありがとうございます。典韋殿が人並みに寝てくれるようになりました。許褚殿なら安心して任せられると判断したようです」

「それは良かった」


 呂青も何回か許褚を見ている。

 重量だけなら呂布以上だった。


「陛下も毎夜ぐっすりお休みになられることだろう」


 後世の記録によると……。

 典韋と許褚のコンビを目にした天竺の僧侶は、二人の巨漢を牛頭ごず馬頭めずになぞらえた。

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