第6話 流されるのも才能だ

「それで? 詰まるところ、お前は何がしたいのだ?」


 盧植は肉と酒を頼むと、健啖家けんたんからしくパクパク食べた。


「俺にやりたいことなんてないよ、先生」

「やりたいことがない?」

「生まれてからずっとそうさ。親戚のおじさんに背中を押されて先生の学舎に通った。雲長と益徳に誘われて義勇兵に参加した。周りに流されてばかりの人生。浮き草みたいにフラフラしている」


 劉備はそっと箸を伸ばして盧植の肉を横取りする。


「でも、お前は主君だろう。食客として招かれることはあっても、一度も誰かの風下についた経験はない」

「そりゃ、耳カスくらいの誇りはあるからな。こんな俺の体にも高祖や世祖の血が流れている」

「ふむ……」


 盧植はテーブルに金を置いた。

 五人の飯代を払ってもお釣りがくる金額だった。


「明日、もう一度この店に来い。お前に渡したいものがある」

「まさか引導を渡す気じゃねえだろうな⁉︎」

「アホか。年寄りが若者の将来を奪ってどうする」

「若者って……俺はそろそろ四十歳だぜ」

「四十より下は全員若者だ」

「あはは……先生には敵わないや」


 盧植が残していった酒は張飛が飲み切った。


 ……。

 …………。


 そして翌日。

 盧植が持ってきたのは印綬と手紙だった。


「陛下からだ」

「ヘイカ? 天子様ってことか?」


 太守の印綬である。

 涿郡に空きポストがあるから『劉皇叔おじさん』に任せたい、と手紙にはしたためられていた。


「運がいいな、劉玄徳。よりによって涿郡に空きがあった」

「どうして陛下が⁉︎ もしかして同姓のよしみなのか⁉︎」

「だろうな。お前の姓が袁とか曹なら縁がなかったかもしれぬ」

「うおぉぉぉ! 劉姓に生まれて良かった! ありがとう、父ちゃん! 祖父じいちゃん! その他のご先祖様!」


 関羽、張飛、趙雲らも抱き合って喜んだ。


「皇叔だってよ! 劉皇叔! 頼りにされたら燃え尽きるまで働くしかねえな!」


 苦労人の目から嬉しい方の涙がこぼれる。

 その肩に盧植は手をのせる。


「流されてばかりの人生、大いに結構ではないか、劉玄徳。それもお前の才能だ。この際、徹底的に流されてみろ。いずれ大きな海に出るかもしれない。多くの人を救うかもしれない。行け、止まるな、もっと流されろ、それがお前の天命だ」


 劉備は床に膝をついた。


「先生、本日までありがとうございます。不肖の教え子ですみませんでした。このご恩は一生忘れません」

「良い報せを期待している。俺も歳だ。あまり長くは待てんぞ」


 劉備、関羽、張飛の三人は涿郡へ向かった。

 仁政を施して戦乱で傷ついた土地を大いに回復させた。


 後世の記録によると……。


 三人は七十過ぎまで仲良く暮らした。

 時々、趙雲が遊びにきたらしい。

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